13.図書室と先輩
「……それで私が委員会で汗水流して花壇の掃除をしている間に月城先輩とイチャイチャして、ついでにお願いも聞いたというわけですか」
「いや、それは違くてだな」
「何が違うんですか?」
月城先輩が嬉しそうにスキップをしながら図書室を去ってから既に数十分、図書室には委員会を終えた四葉がきていた。あらかじめ月城先輩との出来事を彼女に話してしまったのが悪かったのか、現在彼女はかなりご機嫌斜めである。
「仕方なかったんだ。先輩に脅されてな」
「だったら先輩はどんな脅しをしたっていうんですか?」
「それはちょっと言いにくいことというか……」
「言って下さい!」
四葉は『さぁ早く』と圧力をかけるようにすぐ近くまで迫ってくる。漂ってくる女の子特有の良い匂いのせいか、それとも恐怖のせいか分からないが俺の心臓はバクバクと激しく鼓動する。
そんな状況に耐えきれなかった俺の口からは自然と言葉が漏れていた。
「お願いを聞かないと服を脱ぐって言われたんだ。仕方ないだろ」
「そうですか。それは確かに断れないかもしれませんね」
四葉が何か考えるように俯いて一歩後ろに下がったのを見て、これで納得してくれたとそう思っていると彼女は再び顔を上げ、それから少し顔を赤らめて自らのブラウスのボタンに手を伸ばす。
「だったら私もお願いです。月城先輩のお願いを断って来てください。でなければ私も先輩と同じく服を脱ぎます!」
四葉はどうやら本気のようで手始めにとブラウス一番下のボタンを外す。
「おい、ちょっと待ってくれ!」
流石にこれはまずいと思い、彼女に止めるよう言うが彼女は聞く耳を持たなかった。
「ま、待ちません! や、止めて欲しかったら月城先輩のお願いを断るよう私に約束してください!」
四葉は顔を赤らめながらもそう主張していて引き下がる気配はない。彼女の脱衣を止めさせるには最早月城先輩のお願いを断るしか方法がなさそうだった。
「わ、分かった。断る、月城先輩のお願いはすぐに断るから。それ以上はどうか……」
出来るだけ穏便に済ませようと勢いだけでそう約束をすると、四葉は若干拗ねたように顔を背ける。
「そうですか、そんなに見たくないんですね」
「……見たくないって?」
「何でもないです! とにかくもう帰りましょう。結構遅い時間ですし」
それからは四葉と一緒に帰路に就いたのだが帰宅するまでの間、彼女の機嫌が悪そうに見えたのはきっと気のせいではないのだろう。
それにしても四葉に月城先輩のお願いを断ると約束してしまったがどう断ろうか、それを考えると胃が痛くなった。
◆◆◆
とある日の昼休み、月城先輩から『図書室に来て欲しい』というメッセージが携帯の通知欄に届いていた。こちらも用事があるのでちょうどいいと図書室に向かったのだが、そこには誰もいなかった。
「……てっきりもう待ってると思ったんだけどな」
まだ来ていないのかとなんとなく本棚に並ぶ沢山の本を見て歩いていると、ふと本棚の反対側にこちらと同じ動きをする誰かがいることに気づく。気になって本を一冊手にとってその隙間から本棚の反対側を覗けば、向こうの誰かもこちらと同じ行動していたようでその人と目が合った。というかその人は……。
「こんにちわ、今日は良い天気ね。後輩君」
「今日は曇りですよ、月城先輩」
月城先輩だった。いたのなら俺が図書室に来た時点で声をかけて欲しかったのだが、男性恐怖症である彼女にそれを言うのは酷なことなのだろう。
「そういえば先輩……」
「なにかしら? 後輩君」
「今先輩と普通に近距離で会話してますけど、大丈夫なんですか?」
ふと今、月城先輩と普通に話せていることを疑問に思い聞いてみれば、彼女はなんだそんなことかとでも言うように息を吐く。
「まさか私を心配してくれていたなんてね。ありがとう、でも心配しなくてもいいわ。今は目の前にある本棚のおかげで平気なのよ。ほら目の前に本棚があるとすぐには私に襲いかかれないわよね?」
「襲いかかるって誰がですか」
月城先輩の最後の言葉が気になって聞き返すと彼女は俺を見たままニコリと笑う。俺が心配せずとも一応男性恐怖症は通常通り発動していたようだった。
「ところで別の話なんですが今日は少し先輩に用事がありまして……」
「用事? もしやもう私の体質を改善する案を考えたのね。やるじゃない! それでどういう案なのかしら?」
「……いやそういうことではなくてやっぱり先輩のお願いは聞けないというか、聞いたら四葉が大変なことになるというか」
「つまりそれはこの間のことをやっぱり無しにして欲しいということかしら?」
「そういうことになります」
「そう……」
月城先輩は途端に表情を暗くする。少し先輩に悪い気もしたがこれは四葉のため、仕方のないことなのだ。
「祝さんに何か言われたのね。それで私じゃなく祝さんを選んだと……」
「すみません」
「それとも後輩君は私と脱衣プレイがしたいのかしら?」
「それは違います」
そう言い切ると月城先輩はふっと笑う。まるで先程の暗い表情が嘘だったかのように笑う彼女に少々面を食らっていると、彼女はそれから『冗談よ』と言葉を続けた。
「分かったわ、そこまで言うなら仕方ないわね。それにそもそも無理にお願いするつもりはなかったの」
脅してきた本人がそれを言うかと思ったが今は黙って月城先輩の言葉に耳を傾ける。
「お願いする立場なのは私の方、この間はちょっと強引なことを言ったけどやっぱり自分でなんとかすることにするわ」
月城先輩はそう言って今まで手に持っていたのだろう本を本棚に戻そうとする。
「ちょっと待ってください、先輩!」
そんな彼女の言動に何か事情があるのかと思った俺は思わず彼女を呼び止めていた。呼び止めるつもりはなかったがどうしても気になってしまったのだ。
「どうしたのかしら?」
「もしかして先輩には男性恐怖症を克服しないといけない理由か何かがあるんですか?」
核心をつくであろう質問に月城先輩は一瞬驚いた顔をしてからボソリと呟く。
「そうね、あるわ。そうしないと私きっと後悔するもの」
そう言う月城先輩の表情はとても真剣で、しばらくの間俺は何も言うことが出来なかった。
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