12.ちょっとした相談と必死な先輩

「なぁ……四葉って俺のこと好きだと思うか?」


 昼休み、俺の席の目の前で紙パックから伸びたストローを口に咥えながら椅子に座る孝太に聞くと彼はストローを口から離し、俺を変な人でも見るかのような目で見てきた。


「急にどうしたんだよ。もしかして惚気話でもしようとしてるのか?」

「いやそういうことじゃなくて単純に気になったんだよ。他の人から見たらどう見えてんのかなと」


 あくまでも状況把握のつもりだったのだが、孝太からしたらただの嫌みにしか聞こえなかったらしく……。


「それってもしかして彼女がいない俺に喧嘩でも売ってるのか? そんなの絶対祝さんはお前のこと好きに決まってるだろ。寧ろどうやったらあれで嫌われてるように見えるんだよ」


 少々語気を荒めて返事をしてきた。俺だけでなく、どうやら周りから見ても四葉の俺に対する態度はそう見えるようだ。


「それに祝さんの笑ってるところなんてお前といるとき以外他じゃ見たことないしな。一番初めの質問に答えるなら確定で祝さんはお前のこと好きだと思うぜ」

「そうか、そうなるのか……」


 だがしかし、周りからは四葉が俺のことを好いているように見えていても実際に本人がどう思っているかは分からない。もしかしたら四葉の俺に対する態度がただの友人に対するものという可能性もあり得るのだ。結局のところ事実を知るには本人に聞くしかないのだろう。


「……ところでお前はどう思ってるんだよ」


 なんとなく考えが迷走していると突然孝太にそう声を掛けられる。ふと声がした方を見ればそこにはニヤニヤとからかう気満々の彼の顔があった。


「どう思ってるって何がだよ」

「今の話の流れでまさか分からないって言うのか? そんなのお前の祝さんに対する気持ちを聞いてるに決まってるだろ」

「それは……」


 その質問にはすぐ答えることが出来なかった。自分自身、四葉のことをどう思っているのかまだ分からないのだ。だからこそ現状を把握し、頭の中を整理してから答えを出そうと思ったのだが、考えがまとまる前に孝太に聞かれたときた。一体どうするべきかと質問の返答に困っていると机の上に置いていた携帯が小さく振動した。


「噂をすればってやつだな。見ないのか?」

「見る」


 この状況を切り抜けられたことに感謝しながら携帯の画面を見るとそこには一件のメッセージが入っていた。


 画面には『私は何も聞いてませんのでご安心下さい』とだけ表示されたメッセージ。続けてこのメッセージを送った本人である四葉に視線を移すと、彼女はこちらを見ていて、すぐに俺から視線を逸らした。どうやら先程までの会話は全て聞こえてしまっていたようだった。とりあえず気を使わせてしまったことに対して彼女に謝罪のスタンプを返しておく。


「で、愛しのハニーからは何て?」

「言うわけないだろ」

「別に言ってくれたってな、親友だろ?」

「親友でもプライバシーは必要だ」

「まぁそこまで言いたくないんだったら無理には聞かないけどよ……。それより祝さんのことはどう思ってるんだ?」

「まだそれ続くのか?」

「当たり前だ」


 四葉のメッセージのことで上手く回避出来たと思ったのだが、孝太相手だとそう上手くはいかなかった。流石にこの状況がいつまでも続くのは面倒なので孝太を近くまで招き寄せ、小さな声で言葉を発する。


「……まぁまだ分からないっていうのが実のところでだな」


 孝太に嘘は通じないとありのままの本心を話したのだが、彼はあまり本気にしていないようで……。


「……ったくそこまで言いたくないなら仕方ないか。変なこと聞いて悪かったよ」

「……あ、ああ」


 話した後は少し不満げな表情で俺を見ていた。孝太にとっては思い通りの返答ではなく納得出来なかったようだが、俺にとってはこれで良かったのだろう。そんなことを思ったところで昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。


◆◆◆


『今日は委員会なので一緒には帰れないです。遅くなるので先に帰っていてください』


 放課後になって四葉から帰宅を促すメッセージを受け取ったが、どうにも彼女を一人で帰らせるのも心配で一先ず彼女の委員会が終わるまで図書室で時間を潰していたときのこと。


「妙に視線を感じるんだよな」


 図書委員以外誰もいないはずの図書室でふと視線が気になって顔を上げると、視線の先には図書室の本棚から顔を覗かせた例の先輩がいた。なんとなく目を合わせない方がいい気がして視線を元に戻すが、前方からは声が聞こえてくる。


「私のお願いを聞いてくれる気はまだないのかしら? そこの後輩君よ、聞こえているんでしょ?」


 図書室にはカウンターにいる図書委員以外他に誰もいないので確実に声を掛けられているのは俺。流石にスルーするわけにもいかず顔を上げると案の定彼女と目が合ってしまう。


「ようやく気づいてくれたようね、後輩君。今日の朝以来かしら」

「……あのそれ以前にそこで何をやっているんですか? 月城先輩」

「これは後輩君とちゃんと話せるように適切な距離を取っているの。ほら私は男性恐怖症だから近寄るとまともに男性と会話が出来ないのよ」

「はぁ……」


 つまり男には怖くて近づけない、しかし話したことがあるというときには今のように若干遠い距離での会話になるのだろう。なんとも面倒だなと思うもののこれは仕方ないことだと割り切る。


「それでお願いっていうのはあれですか?」

「多分後輩君が思っている通りのことよ、私の体質を治すために協力して欲しいの」

「でもそれに関しては四葉がなんて言うか分からないので」

「私は後輩君に聞いているのよ。なんでそこで祝さんが出てくるのかしら?」


 確かにそうかもしれない。昨日も今日も俺自身ははっきりと断ってないのだ。だからこそ月城先輩も諦めるに諦められないのだろう。

 それならこれは良い機会だ、今ここで白黒はっきりさせておいた方が良い。


「あの先輩、俺は……」


 そう思って言葉を発したのだが俺の言葉は月城先輩の言葉に遮られる。


「あ、そうそう。ちなみに断られそうになったら私は十秒に一枚ペースで服を脱いでいってしまうかもしれないわ。きっと協力してくれたらそんなことにはならないでしょうね」


 月城先輩は俺に斬新な圧力をかけてきた。そんなことをすれば月城先輩はもちろん俺にも校内で脱衣プレイをした変態というレッテルが貼られかねない。どんだけ必死なんだよと思ったが、彼女にそこまですると言われれば断れるはずもなく……。


「……協力させていただきます」


 俺はそう答えるしかなかった。

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