第五十話『登壇』

 

 蹴破られた部屋の扉。

 其処から入って来たのは、外套に身を包んだ二人組。


 それは以前の私の様に、フードを被って正体を隠匿してはいたが。

 先の私の行動や言動から、その正体は容易に察せている。


 この場の誰もが。

 其処に居るのはリベンとリーグだと。


 そう、確信していた。

 故に。


「───っ!……何故ここに、居る……っ!」


 息を呑み、顔を擡げ。

 フードを脱いだ先の笑顔に、睨みを飛ばす。


 そこには、


「──────リベンッ!!」


『生身』でそこに存在している、リベンとリーグが居た。


「ああ。改めて久し振り、だなぁ」


 染み入る様に、彼女はユリスを見てそう謳った。

 そこには侮蔑の意しか無いがね。


「リベンさん……」


 その姿を改めて確認したリアルは、狐疑な目でそう言った。

 まぁ説明してあげましょう。私なら答えられます。


「偽の入国証を発効して、帝国軍に顔が利くエルシーを動員させました。

 ……全てはユリス。貴方の為に行った事です」

「───くっ。余計な事を……」


 ユリスの表情が歪んで行くのが分かる。

 その機微を測り、再び笑いながらリベンは言った。


「余計?……いや、彼女は良くやってくれたよ」


 ユリスに歩み寄る。

 懐に手を入れながら、彼女はそのまま。


「何が───」

「……本当によくやってくれた。───これで、お前に罪を認めさせられる」


 彼女は取り出した拳銃を、ユリスのこめかみに押し付ける。

 その口角が、狂ったように歪められていた。


「───っ!!」


 ユリスは逃げられない。

 抵抗不可の彼に死を告げる様な仕草に、リアルは足を踏み出した。


 然し。


 それは、私が防ぐ。

 リーグもその場に留まり、その光景を傍観していた。


「───これは、彼女達の事情で成り立っている。貴方には権利などない」

「……っ!!でも……」

「黙って、リアル。直ぐにこの理由が分かる」


 手でリアルを振り払い、リベン達との接近を阻む。

 そうして、守られた復讐の場には。


「こ、こ、殺す、のか……?」

「……さぁ?ただ、お前にケジメを付けさせたいだけだ」

「そ、そ、俺はそんなので……」

「───答えろ。お前はあたしたちを裏切る時、躊躇を覚えたのかを」

「……」


 リベンは目を閉じた。

 葛藤する様に。同時に、死が迫っている事を知って。


「──────覚える訳が無いさ。……あの時はね」


 己の身の内を、愚者の如く曝け出した。

 彼の表情は、深く強張っている。


 真実なのだろう。その嫉妬心だけは。

 だからリベンは笑った。


 だが直ぐに平静に戻り。

 トリガーを握る指に、力を入れ始めた。


「──────そうか。それは良かった」


 そして発砲する。

 だが。


 ──────飛び散る筈だった脳漿は無く。


 硝煙も無く。

 ただ『弾が装填されていない』と言う事実が判明したのである。


「───何故、殺さない……?」

「馬鹿が。銃なんか持ってくる暇なんて、コッチにはねぇんだよ」


 リベンは握った拳銃を地面に放り投げた。


 そしてそれは、接地した途端に粉々に砕け散った。

 残るは、銃の見かけだけを装わせる石膏のみ。


 つまり、先程の銃は見せかけだけの……玩具だったと言う訳である。

 そりゃそうでしょうね。


 流石にエルシーと言えど、荷物検査は免れない。

 銃などと言う危険物を持ち込む余裕など、元から無いのですから。


「リーグが作った見せかけだ。まんまと騙されたな」


 くすくすと笑うリベンと、私の後ろで安堵するリアル。

 だが、ユリスだけは納得行かない様で。


「でも最初から殺す気なら、ナイフ位は作れるだろ!」


 その訴えに、リーグは笑いを溢した。


「だから。殺す気なんてなかったんだよ、俺達には」

「は……?」

「確かに俺も、姉さんも。お前の事を殺したい位に恨んでたさ」


 重ね。

 リベンはこう言い放った。


「でも最近なぁ。少し聞きたいことが出来てねぇ……リーグ、あれ出せ」

「はいよ」


 リーグの懐から取り出されたは───首。

 いや、生身の人間の物では無く。


 機械兵オートマタの首である。

 それも、見覚えしかないほどの。


「それって……」


 リアルは息を呑み、そう呟く。

 そう、私にもリアルにさえも、見覚えのある品。


 それこそ、


「そう、あたしが工業科の奴らをぶっ殺す為に作った、とあるプロトタイプ。

 この場の誰もが見覚えあるだろ?

 ……特に第一王子に至っては。自分でぶっ壊したやつだし」

「ああ。意外に手強かったね」


 覚えているだろうか。

 レジスタンス達の拠点に入った当初。


 適当に渡された任務の中で打倒した、あの機械兵オートマタ

 凄まじい程の破壊力を秘めていた、あの鉄屑だ。


 あそこに内蔵された部品で、この首筋の機械を作成した。

 ……そんな奴の頭が、ここにある。


 何故銃はダメで首は良いのか分からないが。

 とにかくだ。


「これがあたし達の拠点に、ポツリと廃棄されてた。

 これ程の物が。しかも、だ。

 ──────あたしが作ったプロトタイプは、元々こんな改造されてなかった」

「……っ!」


 そこでユリスは黙り込んだ。

 何か心当たりがある様に、忙しく。


 リベンは続けた。


「元々あたしが作った、ホログラムとかの機構はそのままに。

 人工皮膚やその他いらねぇ機能をつけて、そのまま棄ててあった

 ……なぁ?こんな事、一体全体誰に出来るんだろうなぁ?」


 依然として。

 ユリスは切羽詰まった様に口を噤み続けた。


 だが、リベンは最初から知っている。

 故にその真実を、容赦なく突きつけるのだ。


「ユリス、お前しかいねぇよなぁ?」

「───ッ!……そうだよ」


 唸る様に彼は認めた。

 それに着け入り。リベンは鼻笑いを溢して言い放つ。


「そう。でもおかしいよな」

「……何が」

「そもそも身内切りするくらいあたしを嫌いなら。

 その権化であるプロトタイプを廃棄せずに改造することはない筈だろう?」

「いや、お前をこれで殺す為……かも知れないぞ」

「無いな」


 即答。

 彼女は狼狽えずにそう言い切り、ユリスに動揺を招かせた。


「あたしの勘を舐めないでくれ。

 というかそもそも、あれにはわざと欠陥が仕組んであった。

 元々廃棄させる為に改造したんだろ?

 お前も天才だ、それくらいしない事なんて分かってる」


 また、ユリスは口を噤んだ。

 だが然し。


 その静寂は直ぐに止んだ。

 ……彼自身がそれを途切れさせたからだ。


「本当に嫌いだ。お前みたいな奴は」

「認める、って事と受け取って良いのか?それ」

「……そうだ。───ただ、それに気付いて欲しくなかった」

「どういう事だ?」


 ユリスは一瞬だけ息を飲む。

 そして小さい声音で、話始めた。


「──────俺には、あの時のお前らの表情が、忘れられなかった」


 ……あの時の、暗雲立ち込める葛藤の日々を。

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