第二十九話『王国の為に』

 排気ガスと汚水に塗れた街。

 見てくれだけは綺麗さを装っている、帝国首都。


 それを、痛みを以た溜息を重ねて見ている、女性の老人が居た。


「この街も、もう終わりですね───」


 ゴホッ、ゴホッ。

 血反吐を伴った咳払いに、とある女性の声が重なった。


「……元から終わっていますよ。この国は」


 それは老人にとって聞き覚えのない声音だった。

 然しその神妙な雰囲気で、老人は悟ったらしい。


「───エクセル様」

「お久しぶりですね。エルシー」


 私は老けた彼女を見つめ、小さく笑った。

 オイル塗れの汚い服。


 それを一瞥し、彼女は目を細めた。


「昨日の基地消滅は、王子がやってらしたのですね」

「ええ。華々しい第一歩です」


 頷き合う私達。

 エルシーは、以前私が帝国に送った潜入捜査員である。


 老けてしまっていると言えど、その実力は見込まれる。

 未だシエルへの献身を抱いているであろう、重要な協力者である。


「……このご老体に、何の御用でしょう」

「ええ。頼みたい事があるのです」

「……頼み事?私に出来ることであれば、お手伝い致します」


 その言葉が出た瞬間、私は深く頷いた。

 ここに良すぎるのも良くない。


 早めに本題へ移ることにした。


「───エルシー。貴方には……私が第一工業高校に入校する為、手を打って欲しいのです」

「……ああ。そう言うことですか。第一王子様は、大変運がよろしい事で」

「……?」

「私、もうそろそろ寿命で。そこの教員をやっているんですが、今月で退職するのですよ」

「それは───偶然ですね」


 エルシーは、優しく笑った。

 そこには、私への献身さに溢れている。


「ええ。明日にでも、帝国の為に反旗を翻しましょうぞ」



 続け様に、彼女はこう言った。

『──────シエル王国の為に』と。

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