第92話 ここから始めるスローライフ<下>
エリア3は既に大混戦となっていました。
ボスエリア前にたむろしていたプレイヤーが早速チャージシープをトレインして引っ張っていますね……あ、別方向から来た別個体に跳ね飛ばされてしまいました!
大変……どうやら一命はとりとめたようですが見ていてあぶなっかしいですね。
「おい、お嬢ちゃん、そんなとこ突っ立ってるとあぶねーぞ!」
どこからか声がかけられてますが無視します。それよりお目当はそろそろ引っかかってもいい頃でしょうに。
無駄にその場で屈伸したりして注意を引いて……
と、ようやく釣れましたね。
私目掛けてチャージシープが一直線に駆け寄ってきます。
それに気付いた……さっき声をかけて来た人でしょうか……が、私とチャージシープの間に割って入って来ました。まぁ、前が全く見えません。困りました!
「ほら言わんこっちゃない。こっちは引き受けるから早く逃げな!」
「ああ、いえ。お構いなく。こう見えて私結構強いですから」
「そうは見えねーけど、そこまで言うんならお手並み拝見といこうかね」
その人はまるで私を駄々っ子でも嗜めるようにして、いつでも援護に入れる位置をキープしつつ場所を開けてくれました。
目の前には見上げるほどのチャージシープが肉薄している真っ最中。
今なら逃げきれますが、私の目的は距離を縮めることでしたのでこれで良いのです。タコ糸の飛距離が伸びない限りは私の戦闘位置はあまり変わりませんので。
では少々失礼しまして……
腰に装備した包丁を握り込み、数センチ程抜刀……切り取りラインが視認できましたね、では行きますよ!
シュピン!
狙いを定めて場所にタコ糸が絡みつき、そのまま寸断していきます。
分かたれたのは頭を含めた首……これは要らないのでそのままポイ捨てします。
胸と腹、前足と後ろ足をそれぞれ別の加工でまとめて、そのままアイテムバッグへ圧縮保存。
カチン、と包丁を納刀してはいおしまい。
後からドサドサと不要パーツだけがその場に残されている状態ですね。
あーこの方法は楽チンで良いです。
不法投棄? いやいや……土に返してあげてるんですよ。
今度ジドさんを連れて来て穴を掘ってもらいましょうかね。
そんな事を思ってホクホクした顔で助けにきてくれた人へと振り返ります。
「ふふ、どんなもんです?」
「あはは……ここまで強いとは思わなかった、人は見かけによらないもんだ」
「この程度実際大したことではありませんよ?」
その人はなんだか面食らったようなかおで私と後ろのチャージシープだったものを見比べていました。
「では私はもう少し素材を集めて周りますのでこれで」
「ああ、すまないな。完全に余計な世話だった」
「あ、もしよければこの先で炊き出しをするのでお暇でしたらお越しになられませんか?」
「この先? ボスエリア前か?」
「はいはい、そこです。多分ですが1時間後には始まると思います」
「分かった。時間が合えばフレンドを誘って行ってみるよ」
「はい。ではそこでまたお会いしましょう」
「ああ、またな!」
なんと言いますか気持ちの良い方でしたね。
やはりいつまでも初心者装備のままというのが周りに余計な心配をかけてしまうのかもしれませんね。
そこは後で少しクロウと相談しましょうか。
さて、ぱっぱと終わらせちゃいましょうか!
終わらせました。
切断してから加工すると一瞬で終わるのがいいですね。新しい発見です。
今までは加工してから分断してましたけど、こっちの方が効率的で実にいいです。
バッグにたっぷり詰まった素材にホクホク顔で待ち合わせ場所へと戻ると、何かを言い合っているクロウとジドと、椅子に座って暇そうに足をバタバタさせているローズが迎え入れてくれました。
あー、この子またサボってるなー。
「おや、私が一番乗りですか?」
「おかえりー。ゲンさん達はちょくちょく帰って来てはバッグ開けてダッシュで往復してるよ」
割と周囲の状況を気にしているローズが私に報告をしてくれます。
「あら、それは大変ですね」
「全然大変そうに聞こえないけどね?」
「そんなことありませんよ。やはり数の有利は侮れませんし」
「とか言って……リアさん余裕そうじゃない?」
「そのようなことは……さてローズさん」
「なんでしょうリアさん」
「またバーベキューの幹事をお任せしても?」
「あー……うーん……」
「なんです、歯切れが悪いですね?」
ローズは胸の前でうつむきながら人差し指同士をくっつけたり離したりして、ジドの方をチラチラと見ていました。
ハハーン、もしやこの子……
「ジドさんの前ではとてもじゃないけどあのような真似はもう出来ないと?」
「その通りでございますお嬢様」
「却下です。それに今更取り繕ったところでローズさんの評価は地の底まで落ちきってるんだからとっととやりなさい。なんだったらジドさんと一緒にやってもいいから、ね?」
「なんだよなんだよ、リアさんのケチンボ! もう少しダーリンと堂々とイチャイチャさせてくれる時間作ってくれたっていいじゃないのさ!」
この……まだイチャつき足りないと申すか、この子は。
「もう充分でしょ? 私なんてねぇ、お昼からずーーっと邪魔されてばっかり! ねぇ、いつになったらクロウさんとイチャつけるの? ねぇ? 教えてよローズさん!」
「ちょ、肩掴んでガックンガックン揺らすのやめて~ ちょ、力強っ。痛い、痛いってば!」
ちょっとストレスがたまっていたのでローズの肩に爪が食い込むほど力を発揮してしまいましたが、私は悪くない。
悪いのはこのぐーたらおっぱいおばけだ! このまま死ねぇ!
「イダダダダ……ちょっとリアさん!? リアさん、ギブギブギブ……」
私の本気の羽交い締めにローズさんが降参の意を示すように私の肩を叩きます。
痛っ、痛いですね!
あまりに痛いもんだから余計に締め付けて……何故だか男性プレイヤーが食い入るようにローズの胸を……ハッ、いけないいけない私としたことが。
「こほん、少しやり過ぎてしまいました」
「酷いよリアさん。ちぎれるかと思ったじゃん」
「チッ……そのまま千切れればよかったのに……」
「……え!?」
心で言ったはずの言葉がまるで聞こえていたのかのようにローズさんが驚き目を丸くしています。
そして胸をかばうようにして後退さり。泣きそうな顔をしはじめました。
言っときますけど私が本気出したら微塵切りどころじゃ済みませんからね?
この程度でビビってんじゃないってのよ! ケッ。私の心は今、とてもやさぐれてしまっています。
いいからさっさとやれとばかりにローズの尻を蹴っ飛ばし、バーベキューの準備をさせると、そこへ困惑顔のクロウさんがやって来ました。
「ユミ、もしかして怒ってるのか?」
なんて、
「まさか。この程度は彼女との馴れ合いですよ。ですがダメですね。うっかり気持ちが学生時代に戻ってしまって……これから母親になるというのに、気構えが足りてない証拠です」
「ユミ……」
ふわりと彼に肩を抱きよせられ、その胸板に身をよせます。
「あっ」
そのまま頭をポンポンされ、
「無理をしなくていいから。気付いてあげられなくてごめんな?」
なんてお言葉まで。
思わず込み上げる涙。それを彼のシャツでぐしぐしと拭うようにして、彼の温もりに浸る。
少しして「もう大丈夫です」と顔を上げて微笑みました。
クロウさんも同じように微笑んで、私達はちょっと良い雰囲気でバーベキューの準備を始めました。
少しギクシャクしたけれど、まだ取り戻せる。これから少しづつ一緒に歩いていくんだ。
胸に残ったわだかまりも飲み込んで……
そのあとゲンさん達と合流し、一緒にバーベキュー大会をしました。
みんなが美味しい美味しいと言ってくれたお肉は何だかんだゲンさん達のやつなんですよね。
ゲーム的なシステムでも美味しくいただけますが、彼らのリアル寄りの知恵や一手間が仕事として生きてくるんだなと少し勉強させてもらいました。
夜もとっぷりと更けて、ローズ達と別れます。あとは二人でと粋な計らいをしてくれたのでしょうね。
「クロウさん……」
「なんだい?」
「今日はお付き合い頂きありがとうございました」
「うん……今日はいろんなことがあったね。そしてユミにいつも苦労をかけていたんだと実感したよ。ユミ、これからはもっと僕に頼ってほしい。キミはなんでも自分でできてしまうけど、どんな雑用でも良いから僕を使ってくれないか?」
「クロウさん……それは……」
「すぐにじゃなくて良い。本当なら僕が気づいてあげるべきことなんだろう。けど、親友曰く僕は鈍感らしくてね。キミのわずかな感情の差を感知できないでいる。夫失格だよ」
「そんな事を、そんな事を仰らないでください!」
「ユミ……」
クロウさんは私の顔をジッと見つめ、私もそれを見つめ返す。
不意に私の顔に彼の手が触れた。
カッと頬が火照った。こんな人目のつかない場所で私は一体彼に何をされてしまうのだろう。
期待と不安の入り混じった視線が混じり合い、私は手を引かれて草原の上へと転がされた。
心臓の音がさっきからうるさい。
まさかここで?
いやいや……彼はそこまで獣ではない……筈。
「ユミ……」
私の上に覆いかぶさるようにクロウが上から覗き込む。
心臓が爆発しそうなほどに脈打った。
しかしクロウさんの表情はふ、と和らぎ。
そのままゴロンと隣に寝転がって夜空を見上げた。
まだ胸がドキドキとする。
彼とはすでにやる事をやっているというのに、今更こんなことでびっくりするなんて。
キラキラと輝く星を見ていると、さっきまでの胸のドキドキは嘘のように消えて。そのスッキリとした空間に、彼の言葉が響いていく。
「ユミ……僕はこれからもっと頑張るよ。だから、こんな不器用で頼りない僕だけど、どうか一緒について来てく欲しい」
「はい。貴方とならどこまでも」
心はすでに決まっている。
私の心はこの人に捧げたのだと。
だというのに私は常に不安だった。
不安で不安で仕方なかった。
幸せの只中にいるのに、妊娠して、もうすぐ赤ちゃんと会えるというのに。
彼とのすれ違いの生活を続けているうちに、私の心はどこかで諦めかけていた。
でも、だからこそ。今はっきりとわかる。
彼もまた、不安だったのだと。
私がなんでもやってしまうから、彼の立ち入る場所がなかったのだと。
それを今日実際に体験して、知れた。
だからきっと、私はローズくらい隙を見せればよかったのだ。
あ、でもあそこまでは無理かな?
流石にあそこまでぐーたらするのは性に合わないし……だからと言っても完璧すぎてもダメなんですよね?
難しいなー。
「ユミ……また難しい顔をしてるよ?」
「あ……私ったら、つい」
「ゆっくりで良いんだ。僕たちはまだ出会ったばかりだからね。ゆっくり、ゆっくり」
「まぁ、そんなにゆっくりしていては私はおばあちゃんになってしまいますよ?」
「その時僕は爺さんだ。問題ないだろう?」
「ふふ、そうですね」
「そうだ。だから君ばかり苦労を背負わなくて良い。僕にも、琴子にも君のお手伝いをさせてくれないか?」
「はい……」
私達は二人、夜空を眺めながら今後のことをについてゆっくりと話し合いました。
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