第91話 ここから始めるスローライフ<上>
よし、これで大体の工程は終わりです。あと残すのは盛り付けのみとなりました。ゲンさんの方も大体終わった様ですね。シグルドさんも片付けに移ってるようです。
「ローズさん、お待たせしました。そろそろ出来上がりますよ~」
「リアさーん、待ちくたびれたよ~」
ローズさんはテーブルの上にぐでっと突っ伏して唸ってました。あらあら、お行儀の悪い。ジドさんはそのあまりにぐうたらとした態度に焦ってますね。
そういえば普段は家で猫をかぶってるんでしたっけ?
残念ながらその子はそれが素なんですよ。ジドさんはこれから大変ですね。
「もう少し待ってくださいね。盛り付けに入りますから」
「生殺しだ~」
「ほらローズ。皆さんにだらしない格好見られてるぞ? しゃんとして」
「いいもん、あたし見られたって平気だもん!」
強がるローズさん。
しかしジドさんは困った表情を作り、何を言っても聞かない妻を諭すように説得するようです。
「妻がだらしないとオレが困るんだよ。それともローズはオレを困らせたいの?」
「じゃ、じゃあ辞める」
「そうしてくれると助かるよ。ありがとうな」
「えへへ……」
ジドさんの頭なでなで攻撃にローズさんはあっけなく破顔し、幸せそうにしています。
いいですね、あれ。クロウさんはああいう事を滅多にやってくれませんから。
チラチラと視線を送りましたけど、当の本人は難しい顔をしながら頭の上にクエスチョンマークを浮かべただけでした。
はぁ、鈍感なのはわかっていましたけど……まぁいいです。
ローズさんがいい子になった事でジドさんも安心したのでしょう。私の方へと歩みを進めてきました。
どうやら人手が足りないのを察してくれたようですね。その気遣いがとても嬉しいです。
それに気づいたクロウもまた、慌てたようにガタッと席を立ち上がります。
「ユミちゃん、配膳を手伝うよ。何か持ってくものある?」
「ユミ、僕もてつだおう!」
言葉を被せるようにしてクロウさんがジドさんに食ってかかりました。どれだけ負けたくないのでしょうか?
「良いからお前は座ってろ。オレが気づかなきゃ一生座ったままだったろ? それで愛妻家とか聞いて呆れるぜ」
「うるさいぞジド。お前の方こそ座ってろ。俺の完璧な配膳を見せつけてくれるわ!」
そんな奪い合わなくてもいいと思うのですが、我先にと割って入るようにしてクロウさんがジドさんの前に出てきます。
口では悪口を言い合ってますけど何だかんだと仲いいですよね、この二人も。
「まぁまぁ。持っていくものはたくさんありますから。クロウさんはこちら。ジドさんはこちらをお願いしますね?」
にこやかに微笑みかけて、熱々の鍋を手渡していきます。
「りょーかい。どこに置けばいいとか要望ある?」
「こちらは鍋敷きが引いてあるところに。ローズさん、ジドさんを手伝ってあげて!」
「ほいほーい。じゃあダーリン。こっちに持ってきてー」
「よし来た!」
「ユミ、僕はこれをどこにおけばいい?」
「それは中央のテーブルにお願いします。できればみなさんが手に取りやすいようにしていただけると幸いです」
「心得た」
クロウさんはジドさんにすぐに張り合おうとしますが、何だかんだとその過程を楽しんでますよね。
そういう意味では張り合おうとすらしないローズさんの動向が気にかかります。
旦那様が鎬を削ってる横で何ボーっとしてるんですか?
あなたですよ、あなた。
もう少し自分から私を手伝ってくれてもいいのですけど……ここは旦那様に良いところ見せる千載一遇のチャンスなのですよ?
どうやら本人は甘えることばかりに頭が回ってしまっているようでした。
これは擁護しようがありませんね。
◇
こちらの料理は全て揃いました。
そうなると気になるのはゲンさん達の方ですね。チラリと様子を覗きましたらウインクされました。
「こっちも終わったぜ。今持ってく。テーブルは空いてるか?」
「ローズさん、テーブル追加で!」
「はーい」
少しだるそうにしながらも何とか返事を返してきます。
あ、これはそろそろ限界ですね。ゲンさんの料理を見てヨダレが止まらない顔です。匂いを嗅いでから涙目になりながら指を咥えはじめましたよ、この子。
「リアさん、少しだけ味見させて? もうお腹ぺこぺこなの。おねがーい」
擦り寄るように嘆願するローズさんですが、しかし私はピシャリと言い返します。
「ジドさんと一緒に食べるのを諦めるならいいですよ?」
「むきー、リアさんのケチ! 意地悪!」
「それができないのならちゃっちゃと仕事する。終わったら好きなだけ食べていいから。ね?」
「へーい」
少しゴタゴタとしてしまいましたが、料理がテーブルへ全て運び込まれました。
と、ゲンさんが見知らぬ女性を連れていますね……浮気ですか?
確か既婚者でしたよね?
「紹介しよう、うちのカミさんだ」
「ちょっとあんた、もっと他にも言い方があるじゃないの」
っと、早とちりでした。
まさか奥様をお誘いしていたとは。
「はじめまして。ユミリアです。いつもゲンさんには良くしてもらっています」
「はいはいユミリアちゃんね。噂はかねがね。あたしはエルメイア。今はこうして人の姿をしてるけど、こう見えて、メインは精霊なのよ。よろしくね」
エルメイア……どこかで聞いたような?
でも全く記憶にありませんね。
きっと思い過ごしでしょう。
「まぁ精霊ですか……使いづらいとは伝え聞いてますが……いえ、悪口のように聞こえたらすみません。私の知り合いにも精霊の子はいましたので、その子のことを思い出してしまいまして。ふふ」
知り合いも何も自分のことですけどね。それにローズさんも少し前までは精霊でしたし間違ってはいない……よね?
「そうかい。いつかその子と会ってみたいもんだね。同じ精霊同士、苦労も多いことだろうしね」
「まぁ。それはとても素敵ですね。でも、その子でしたら酒場に行けばいつでも会えますよ。彼女、英雄でしたから」
ピシリ、と瞬間空気が凍った気がしました。気のせいでしょうか?
エルメイアさんはふむふむと言葉を飲み込み。そしてすぐに沈黙。
少しして難聴になったように聞き返して来ました。
「……今なんて?」
「ですから英雄でしたと」
「精霊で英雄名乗ってる奴なんて二人しかいないじゃないか!」
その口調はとても慌てふためいたものになっています。あれ? もしかして昔のお知り合いだったり?
「はい。私はその子、ノワールさんと仲良くさせていただいてたんですよ」
「へ……へぇ、いい噂は聞かないけど。そうかい、あの子もそういえば一般プレイヤーだったね、すっかり忘れてたよ。って、あたしはあんな大物と比べられるほど大した精霊じゃないよ!」
驚いたように顔の前で手を振るエルメイアさん。
ですが奥の席でクロウさんは顔中に汗をびっしょり掻きながら私の方をじっとみていました。
どうしたんでしょうか?
「クロウさん、どうされました?」
「……あ、いや。なんでもないよ。はは、随分と懐かしい名前を聞いてね」
「まぁ、クロウさんもノワールの事をご存知でしたか? あの子暴れん坊だったから随分と手を焼かされたでしょう?」
少し当時を思い出し、くすりと笑う。
対してクロウさんとジドさんは引きつった笑みを浮かべていました。
もしかしたら何かの被害者だったのでしょうか?
でしたら少し苦い思い出かもしれませんね。私ったら後先考えずに語り出して悪い事をしてしまいました。
ですがそんな時も一人空気を読まない人が。そう、ローズさんです。
子供のように「まだー?」と食器をかちゃかちゃ鳴らして催促していました。
もう、お話をする余裕もないんですか? お行儀の悪い子ですね!
◇
『いただきます!』
テーブルに座る全員の声がハモり、各々の箸が想い想いの料理へと向かう。
「お、これうめぇな」
声をあげたのはシグルドさん。
手にしている料理はレンゼルフィアの特製出汁スープですね。
「お褒め頂きありがとうございます。こうして美味しい素材になってくれたことで、星になった多くの命も救われることでしょう」
「え? つかぬ事をお聞きするけど、これ材料何?」
同じスープを口にしたエルメイアさんがぴたりと動きを止めました。
「はい、先程仕留めたレンゼルフィアの前足の骨を煮出したがらスープになります。お口にあったようで良かったです」
「いやいやいやいや……え? 百歩譲って仕留めたまでは理解できるよ。それをそのレベル帯のヒューマンで討伐したとか意味わかんないけど……まぁそれはよしとする。
その前にあのボスから肉アイテムがドロップするなんて情報は初めて聞くんだけど?」
なにやらエルメイアさんが慌てています。もしかして、ゲンさんはバトルコックの情報を開示していないのでしょうか?
「ああ、はい。これは通常ドロップではありませんから。エルメイアさんはバトルコックについてゲンさんから何かお聞きですか?」
「いいや。この人あたしに仕事の話してくれないのよね。あたしだって毎日ご飯作ってやってんのにさ」
「まぁ。ゲンさん、仲間はずれはダメですよ?」
「こいつ口軽いからあまり話したくないんだよ。情報渡すとすぐ掲示板に書き込むんだぜ?」
「それは確かにお話できませんね。あの情報はまだ秘匿ですか?」
「もうそろそろ開放できるよ。なんにせよまだ解明できていないことが多い。そんな状態で明かしたって誰も扱えないだろう?」
「なんだい、難しい話は苦手だよ。まぁだいたいは掴んだ。要はそのバトルコックに秘密があるんだね?
「そういうことです。理解いただき感謝しています」
「はいはい。でも素材が何であれ、こうして腹に入って活力に変わるってんだから料理は不思議さね」
「そうですね。特にバトルコックの料理はステータスのバフがつきますから、人気が高くなると思いますよ」
「へぇ……あんた、そんな情報を独占してるなんて酷いじゃないか。もちろん、あたしもその件には一枚噛ませて貰えるんだろう?」
エルメイアさんはゲンさんを脅迫するように肩に腕を回すと、ニヤリと口角を釣り上げて笑いました。どうやらこの家庭では奥さんの方が強いようですね。
さっきからシグルドさんは苦笑いを噛み殺しています。どこも似たような感じなんでしょうか?
ゲンさんはエルメイアさんに言い負かされ、困ったように「だから話したくなかったんだ」とうな垂れていました。
テーブルの上の食事もあらかた片付いた頃。
各自おかわりをしましょうかというところで背後より声をかけられます。
それは今までこちらの様子を伺っていたプレイヤー達。
その目には嫉妬にも似た感情が渦巻いているようでした。
「はい、なんでしょうか」
「言いたいことは色々ある」
「はぁ……」
困ったように眉根を潜めていると、後ろに控えていたプレイヤーがもう我慢できないと声を張り上げた。
「なんでこんなところで料理してるんだよ。ここは神聖なボスエリア前広場だぞ!」
なんとなくですが、言いたいことはわかります。きっと出て行けと言いたいのでしょうね。しかしそれを強くいえないのは私たちが討伐者だからでしょうか?
声を張り上げてはいるものの、威圧的というよりは謙虚な雰囲気が漂います。
「それは申し訳ありませんでした。まだプレイして日も浅く、ルールが理解できておりませんでした。今すぐに立ち去りますのでそれでご容赦願えないでしょうか?」
なるべく事を荒立てずに言葉を並べていく。しかし代表で前に出てきたプレイヤーは少し困ったような顔をした。
「そうじゃない。お前たちだけうまそうなもん食って不公平だと言う声が俺たちエリア前管理委員の元に集中しているんだ。そこで打開案なんだが、俺たちにもその料理を少し分けてもらえないだろうか? 無理を言っているのは十分承知している。しかしこちらとしてもこれ以上騒ぎを大きくしたくない。理解してもらえるか?」
「なるほど、概ね理解しました。しかしここのエリアにいる人たちに食べさせるとなると食材が足りません。その分を持ち込むことはできますでしょうか?」
「作って貰えるのか? だったら食材くらいはこちらでなんとかしよう」
「と、言うことで食事の後の準備運動ということになってしまいました。皆さん大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ、問題ない」
「全然構わないよ。遅かれ早かれこうなるだろうとは思ってたし」
「つってもあの料理はバトルコックのユミちゃんじゃなきゃ獲得不可能なんだろ? あいつらに任せて大丈夫なのかね?」
ジドさんの質問は最もです。
「あら、ここにいるバトルコックは私だけじゃありませんよ?」
「ほう?」
「悪かったな。こう見えてオレもバトルコックだ。まぁユミリアさんと比べられても困るがな」
「まーね、リアさんのタコ糸捌きは名人芸だから」
自分のことのように自慢するローズさん。
他人のことなのにどうしてそこまで自信満々に言えるんでしょうかね?
「そんな、褒められたものではありませんよ。ではゲンさん、どちらが多くの食材を取れるか勝負といきましょうか?」
「おう、質では敵わんがこっちは量で勝負だ。よもや卑怯などとは言わないだろう?」
ゲンさんのその言葉に、わらわらと集まる料理人プレイヤー達。その数は約30名。
なんですか、私が30人力だとでも言いたいのですか? くぬぅ。
「もしかして皆さんが全員?」
「ああ、紹介が遅くなったな。みんなうちのクランの素材回収班で、なりたてホヤホヤのバトルコック一年生だ。一応味噌漬けまでは仕込んである」
「それはそれは……負けていられませんね!」
流石に30人がかりは卑怯すぎませんか?
いえ、こちらは切り取り線とタコ糸のハイブリッド。それでどこまで差を離せるか……
私と料理人クランの視線がぶつかり合い、交差する。
私達は勝負の場をエリア3へと移すと、開始のゴングを鳴らすのでした。
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