第90話 番犬クロウさん
なんだか今更になって驚かれてしまいました。ボスエリア前は今も討伐成功者の話題で持ちきりなようです。
そりゃ初心者装備で倒したのですから騒がれるのも無理はありません。
ドライアドの時もそうでしたし。
ですが解せませんね。私達が戦闘を終えた時は特に騒がれることもなく静かなものでした。
私もクロウさんも効率重視型で派手さは無いので仕方ないのでしょう。
一見派手に見えるクロウさんの雷を纏う技も実に利にかなってます。光で目を、音で耳を狂わせ、隙を見せた相手の懐へ飛び込み斬撃を繰り出す……とてもすごい技術の併用です。
私にはクロウさんがどれをどう合わせてあんな技に昇華したのかまるで分かりません。
だからクロウさんが実力者で良かったです。私の無茶をカバーしてくれる相手というのはなかなか見つかりませんからね。
最低でもローズさんクラスの能力が求められちゃいますから、だからそれが旦那様で良かったです。思わずホッと胸をなでおろしています。
だからそれ程ジドさんのアレは見た目もその力も思わずツッコミを入れてしまうほどの派手さでした。
そりゃ流石に……あんまりにもあんまりですものね。
あのサイズの生物を生き埋めなんて方法は……まぁ私も一度
ただし溜め時間はクロウさんの倍以上。
それこそサポートの力ありきの必殺技。ですがそれをうまく捌いたローズさんもお見事ですね。
彼女、自分のことを寄生みたいに呼んでますけど、彼女が寄生だったらこのエリアにいる人はみんな寄生になっちゃいます。
だってあの目で追うのもやっとの攻撃速度をジドさんに一度も被弾させずに捌ききったんですよ?
それは凄いの一言です。その結果がアレですからね。協力プレイという意味では私達以上の活躍でしたからもてはやされるのも納得です。
私は気にしてないのですけど、クロウさんは少し納得のいかない顔をしてましたね。やはり彼もローズさんやジドさんの様に目立ちたいタイプなのでしょうか?
普段はそんな様子をまるで見せない彼ですが、やはり対抗意識が芽生えるのでしょうね。こういう一面は二人の時はなかなか見えないので新鮮です。
それはそれとして。
「なんだか騒がしくなってしまいましたね。場所を変えましょうか?」
「別に言わしときゃいいじゃん」
ローズさんはそう言いますが、あまり目立ちたく……という理由は今更遅いですね。
思い返すだけでもローズさんと一緒に結構目立ってしまいましたし。主にローズさんが。
「それもそうですね。では私達は早めの夕食といきましょうか」
「今日のメニューは何ー?」
「うーん、取り敢えず今から作るのでローズさんはテーブルと、この前買ったテーブルクロスを出して準備をお願いします」
「オッケー」
ローズさんはアイテムバッグから次々と小さなテーブルを取り出していきます。
その上に真っ白なクロスを敷いて準備オッケーとサインをくれました。では私の方でも準備を進めてしまいましょう。
「ジドさん、ここにこれくらいの石を10個ほどご用意出来ますか?」
「出来るけど、何に使うんだ?」
「少し揚げ物をしたいので耐熱性の高い石を利用できないかと。それとある程度の高さも欲しいので、これくらいが理想なんです」
「オッケー。だいたい分かった」
ジドさんは何やらスキルを構築し始め、地面に向かって行使しています。
するとどうでしょう。私が頼んだのと寸分違わぬ切り出した石の台がポコポコと指定の位置に湧き出してきました。
すごく便利ですね、それ。一家に一台欲しいです。ローズさんが羨ましい。
「ありがとうございます。凄く助かりました」
「いいってことよ。んじゃ、あんま離れてるとローズがヤキモチ焼くからこの辺で。またなんか用があったら言ってくれよ。出来ることならなんでもするからさ」
「はい。ではまたその時にでも」
ジドさんは片手を上げてローズの元へと帰っていきます。
そこでクロウさんがソワソワとしながら近づいてきました。
「ユミ、僕も何か手伝うことはないか?」
「あなた……は出来上がった料理の採点をしていただけますか?」
「む……それだけか? もっとこう……力仕事とかあれば手伝うんだが」
何やらクロウさんはさっきの件以降ジドさんに対抗心を燃やしているようですね。その目からはもっと頼ってくれていいんだぞと言いたげです。
しかし参りました。本当に頼むことはないんですよね。
荷物に関して言えばバッグから取り出すだけですし必要ないんですよね。
でもこのまま放っておいたらなんだか可哀想ですし……
「ではこちらのお皿をテーブルに並べていただけますか?」
「もちろんだ」
そう言った瞬間、彼に犬の尻尾が生えて勢いよく振られる姿を幻視してしまいます。余程嬉しかったのでしょうか?
ですがテーブルの上に積み上げられた食器の量を見て振られていた尻尾は勢いを落とし、だらんと垂れ下がった様に見えます。
流石に多すぎましたかね?
圧縮保存て便利なんですよね。だからあれこれ詰め込んでいたら結構な量になっちゃいました。てへ。
「……こんなに?」
「大は小を兼ねると言いますから」
「そういうもんか」
「はい」
笑顔で押し切りました。ちょっと納得いかないながらもクロウさんは言われた通りに配膳に終始しています。
凝り性なのでしょうね。ローズさんが適当に敷いたテーブルクロスの位置を直し、きっちりと皿とフォーク、ナイフを置いていきます。こういうのは性格が出ますね。
さて、仕事を割り振ったところで今のうちに仕上げていきましょうか。
ズルリとバッグから取り出したのはレンゼルフィアの前足です。
周りでこちらの様子を伺っていたプレイヤーさんがギョッとしてましたけど無視無視。
これを【味噌ダレ】で加工して、今日のスープのお出汁に仕上げていきます。
羊でもいいお出汁が取れましたからね。きっと大丈夫なはず……でも少し大きいので寸胴鍋と同じサイズに切り取り線+糸で切り落としまして……よし、これぐらいでいいでしょうか。
なにやら辺りが騒がしいです。ではこちらも助っ人を呼ぶとしましょうか。
「あ、ローズさん」
「なにー?」
「ゲンさんはまだログインされていますかね」
「あーどうだろう。確認してみるね」
「お願いします」
これはきっとあとで何か言われるパターンですからね。先手を打って巻き込んでおきましょう。
それに酒場と冒険者はとっても親密な関係です。
何かを言って来られても彼を後ろ盾にすれば大体うまくいくはずです。
実際草原でのバーベキューでもお世話になってますし。今回もお世話してもらいましょう。
そうこうしているうちにローズさんが声をかけてきます。
「リアさーん」
「はい」
「ゲンさん達今エリア3に居るって」
「羊肉の採取ですかね?」
「そうだって言ってたよ」
「それは好都合。ではこちらに向かってもらうことは?」
「もう来てもらってる~」
「流石ローズさん。頼りになります」
「まぁね。どうせゲンさんをあたし達の説明役にするとかそんなでしょ?」
「まさかー。私、ローズさんがなにを言ってるかわからないです。うふふ……」
笑って誤魔化しますがローズさんにはお見通しでしたね。まぁいつもは率先してローズさんが取りまとめますし。
ですが今はジドさんとイチャイチャするのに忙しいみたいです。早く料理を終わらせて私もクロウさんとイチャイチャしたい!
◇
程なくして周囲がざわめきます。
こちらを取り囲む人垣が割れて見知った人達が参上しました。
「よぉ嬢ちゃん達。呼んだか?」
「お待ちしておりましたゲンさん。少し見せたい素材があるのですがお時間よろしいですか?」
「うん? とりあえず拝見させてもらおうか」
一瞬迷いを見せた彼でしたが、新素材の誘惑に折れ、シグルドさんを連れて私の調理場へとやってきました。
そこで私は先程細切れにしておいた【味噌ダレ】加工のお肉を取り出し、手渡します。
「これは?」
「ここのボスの前足ですね」
「あー……うん。まあこんなところで調理してるからもしかしたらと思ったが……倒したのか。いや、倒しちまったのか」
ゲンさんはなんとか言葉の意味を飲み込もうとして、喉につまらせたような顔でジッとこちらを見てきます。目の奥は若干諦めの色が漂っていますね。
ええ、割と簡単に倒せてしまいましたね。油断している相手ほど取り入りやすいものはありませんから。
「もちろん一人でじゃありませんよ。クロウさん」
「呼んだか?」
「こちらクロウさん。私のリアルの旦那様になります。彼と二人で協力しての討伐です。私の自慢の旦那様です」
「おお、とうとう合流できたんだな。しかし二人でか。実力はユミリアさんに負けず劣らずとか……いやはや参ったな」
「ユミ、この人は?」
「この人はゲンさん。私のジョブはクロウさんもご存知ですよね?」
「ああ」
「彼はリアルでも料理に精通している人で、この世界でも稀有な食材を多く取り扱っているんです。私は彼の紹介で先ほど披露したメニューの調味料を手配してもらったんですよ。
そして和の素材が入り次第連絡をしてもらえるような関係を築いてます」
「おお、それはそれは。妻が普段から世話になってるようで、改めて礼を言わせてもらう。俺はクロウ。今日から妻と行動を共にすることになった。これから妻共々世話をかけるだろうがよろしく頼む」
「いいっていいって。ユミリアさんはそう言ってくれるが、寧ろ世話になってるのはこっちの方だからな」
「そうなのか?」
「食べきれない食材の提供を少しばかり」
「ふむ」
「その食材の入手法がまた稀有なんだ。旦那さんはバトルコックというジョブの特殊性を理解しているか?」
「詳しくは分からんが、ユミが楽しそうにしているので良しとした」
「ユミリアさんが言って無いのなら敢えてこちらが教える必要もないか。いや、気にしないでくれ。ただし彼女の加工処理技術は少々特殊だ。誰もが彼女のように扱えるわけじゃ無いことは十分に留意してやってほしい」
「まぁ。ゲンさんたら。貴方程の料理人に一介の主婦がそこまで褒めていただけるとは光栄です。ですが私はまだまだ未熟者。クロウさんの求めている食材を手にするまで精進し続けるまでですよ」
ふふふと笑って誤魔化します。
「ほらこれだ。煽てや謙遜でもなく彼女は自分への評価が低いんだ。あんたの奥さんは十分すぎる腕前だ。フリーだったらうちのクランに誘ってるんだが」
「……やらんからな?」
「分かってるよ、そんな怖い目で見るな。ユミリアさんはあんたの専門シェフだと言いたいんだろ。そんぐらいこっちも重々承知さ」
「ならばいい」
クロウさんは少しホッとしたように嘆息していました。それに対してゲンさんは苦笑いです。シグルドさんだけはニヤニヤしてますね。
それでは話を戻して。
「それでですね、この素材なんですが」
改めて素材を取り出して差し出す。
「おう」
「ゲンさんならどう扱うのか個人的に気になりまして」
「ふむ。ユミリアさんはどう見る?」
「私は身が硬く、とてもじゃないですが煮たり焼いたりしただけじゃ食べられないと思ってます」
「だろうな。よりによってボスだ。それに前足となると多くの命を奪ってきた代名詞になってる。うまく加工しても素材を聞けば食いつきが悪くなるぞ?」
「ですので私は骨を煮出してガラスープにしようかと」
「ほぅ……それはあとでご馳走してもらえるのかな?」
「はい。是非プロの方から味見していただきたく」
「分かった。引き受けよう。そして俺の答えもその時お見せしよう。シグ、調理道具は持ってきているな?」
「あるけどよ、丁度いい高さの台がねぇ。地べたに設置すんのは高さ的に問題あるだろ?」
「そうだな……そこをどうするか」
「でしたらいい仕事をしてくれる人が居ますよ?」
もちろんジドさんを紹介します。一緒にローズさんもついて来て黄色い声援を送ってます。彼女ったら、つい数時間前までのことなんて忘れてしまったように彼に迷惑をかけっぱなしで。
普段以上にテンションアゲアゲで。
「で、オレの出番なわけね」
「きゃー、ダーリン頑張ってー」
「よーしオレの勇姿をちゃんとみてろよローズ」
「分かった! スクリーンショット連写しとく!」
ジドさんを紹介したのはいいですが、ローズさんに負けず劣らずのキャラにゲンさんは仕事を任せて平気か心配なようですね。分かります。でもああ見えてキッチリと仕事をする人なんですよ。
「おお、確かにこれは……求めていたサイズだ」
「ざっとこんなもんよ!」
「きゃーーー! ダーリン素敵ーー」
「おっと、オレに惚れると火傷するぜ」
「きゃーーー!!」
さっきからこの夫婦は何をやってるんでしょうね。まるでアイドルとその追っかけの様に黄色い声をあちこちに喚き散らしています。
もういい年なんですから落ち着きませんか?
そう思う私の肩にクロウさんは手を置き、そっとしておいてやれとばかりに首を横に振りました。
さっきからゲンさんもシグルドさんも苦笑いです。
どうまとめるんですか、この状況。
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