第71話 広がれ! バトルコックの輪<下>

「いいですね、スライム」



 感慨にふけっていると、すぐ横から声をかけられる。



「だろ? このゲームじゃゴミ箱は作れてもゴミ焼却場がないからな。それじゃあこの溜まって行くゴミをどうしようかってところで掲示板に問いかけたらな? スライムの吸収が使えるんじゃないかってでてよ。あれならサブ種族でも問題なく使えるってことで新人の何人かになってもらって今があるわけだ」

「へぇ、料理クランにも歴史あり、ってところなんですね」



 確かにゴミを集めても捨てる場所とかないですもんね。私ったらそこら辺を考えていませんでした。



「なにせ何にもないところから作り出したからな。ユミリアさんは知らないと思うけどこのゲームの住民に料理の知識……いや、概念そのものが存在しなくてね。それはもう認めてもらえるまで苦労したもんさ」



 存じ上げてます……とも言えないのでお口チャックです。聞きに徹して当たり障りのない返しをしておきました。

 それからは彼の苦労話が長々と展開されていきました。

 ぶっちゃけますと私達暇なんですよね。できるだけ動かないでHP、MPの自然回復をしつつ、お腹が空いたら作り置きの食事を食べて語らう。

 気分はピクニックです。


 眼前では緑色のカエルが茶色いカエルを追いかけ回している風景が展開されて、ようやく討伐に至った様子。

 光に包まれていく姿はいつ見ても幻想的ですね。

 勝ち残った緑のカエルへ新しく派遣されたカエルが強襲、こうして古きものは新しきものに淘汰されていくシステムで私達はそれを見物しているだけで経験値が入ってくる仕掛けになっています。

 使役する分のお肉はここで雑談している私達が順次ローズさんに渡しているので完全寄生という訳でもありませんよ?

 経験値は人数が増えようと同じ分だけ貰える仕組みですからね。

 ただし貰える数値がプレイヤーのLVとMOBのLVが開きすぎていると微々たるものしか入って来ないだけで。

 得られるのはジョブLVアップに必要な熟練度。バトルコックで言うところの加工ポイントがそれに当たる訳ですから、完全に無駄かと言われればそうでもなく、逆に私にとって使い道のないバックの中身を消費してくれるのだからありがたい訳で……つまりは美味しいポイント集めになる訳です。

 ローズさんがお肉一つで同時に使役できる数は二匹まで。

 それ以外は料理組に回してポイントゲット。実に美味しいアルバイト。

 と、そんな楽しい時間もゲンさんのLVが上がり、バッグの容量が45Kになった事で終わりを迎えます。


 MP消費が減り、ついでにそれによって得られていた加工ポイントも減るのですが、さっきLV7に上がったばかり。

 特に何も覚えませんでしたが少し休憩を入れまして再開します。

 この分母が2倍になっていく感じは流石マゾゲーと呼ばれる様式美というか。

 ようやく貯めた320ポイント。しかし次のLVに必要な加工ポイントは640。

 今まで貯めたポイントの倍って結構きついんですよね。

 絶望というよりか面倒というか。

 確かにMOBによって貰えるポイントは変わってきますけど、そうじゃないんです。食べられるんなら良いのですけど、中にはそのまま貰っても困るようなものまで来ますからね。まだ食べられる分平気なだけで、森とかいきますと虫やら獣がわんさか来ますから。それはもう目を覆いたくなる現実が突きつけられてくるわけですね。


 実際のところ加工しなきゃ良いだけなんですが、加工スキルが攻撃手段で、アイテムバッグが空いてる限り勝手に入ってくるので一人じゃほんとどうしようもないわけで。


 あ、葛藤しているうちにゲンさんの長話が終わったようですね。え? はい。ちゃんと聞いてましたよ。懐かしい名前も出て来て、その人達は今何をしているのかとか聞けて嬉しかったです。

 え? そうじゃない?

 何も知らないはずの私が彼の話に同意なんてできる訳ないじゃないですか。やだー。

 と言うわけで適当に相槌を打って微笑んでおきました。

 ゲンさんには本当にこの人話聞いてた? なんて顔されましたけど。

 こういう時は話を逸らすに限ります。

 ちょうどお聞きしたいことがあったんですよね。では早速。



「そういえばゲンさん」

「どうした?」

「和の素材は見つかってますか? 現状で良いので」

「どこからどこまで指すのかわからんが、ある程度はあるぞ」

「でしたらお味噌汁のお出汁などはありますかね? 素材買取屋では見当たらなくて」

「あー……そっち系か。どうだろうな。魚系は居るにはいるが、所詮は川魚でな。削り節になるサイズの物となるとイベントでしか入手できないのがほとんどだ。大方は食用になって加工に回す分は無くてな。次のイベントとなるといつになるかは不明だ。そこは運営次第だな」

「あら残念」

「ユミリアさんは日本食を作りたいのか?」

「はい、うちの主人は和食が好きなもので。

 リアルが炊きたてのご飯の匂いがダメなもので、炊飯と食事の準備はするものの、一緒に食べる機会が少なくてですね。出来ればこちらで一緒に居たいなって」

「なるほどな。分かった、その手の素材の噂を聞いたら連絡を入れよう。その代わりこのジョブの新しい情報があったら連絡をくれると嬉しい。という事でフレンドいいか?」

「ええ、同じ道を歩む同志として」

「方向性は違うけどな。オレは自分の作ったもんでうめーって言ってくれるやつに向けて」

「私は愛する人に向けて、ですね」

「ひゅぅ、お熱いこって」

「はい、ローズさんに良くからかわれてますが、事実なので」

「そういやあっちのお嬢さんも妊婦さんなんだろう? そっちの旦那さんは来ないのか?」

「どうでしょう、彼女曰く望み薄だという認識ですよ。なにぶん彼女ってリアルじゃ相当猫かぶってるらしくて……」

「それじゃあ来ない方が良いのか」

「ですね。私はこっちの彼女しか知らないのでリアルでの彼女は良く知らないんですよ」

「そうなのか? 不思議な縁だな」

「はい。元々はゲーム内フレだったんですけど、彼女の結婚式にお呼ばれされてからリアルでもちょくちょく連絡をもらってたりして。それで結婚は彼女の方が早いんですが、妊娠は同時にって」

「そりゃ確かに奇遇だな。分かった、話は合わせよう……お、今ので丁度20ポイント。LVアップだ。それと嬉しい報せがあるぞ?」

「あ、ようやく来ました?」

「分かるか?」

「だって顔が嬉しそうですもの」

「そっか顔に出てたんなら仕方ないか。早速だが少し試していいか?」

「ええ、ご自由に。それはもう貴方の物ですから」

「それじゃあお言葉に甘えて……」



 ゲンさんが対象のグリーンフロッグに向けて手をかざすと、その個体はどす黒く染まった。つまりジョブLV3で覚えたスキルは《漬けダレ》と言うことになる。

 効果はすでに検証済み。真っ黒くなった個体は少し首を傾げるも、直ぐに何事もなかったかのようにピョンピョンと跳ねて光になった。そしてゲンさんがニタリと笑う。すごく嬉しそうな顔ですね。



「おめでとうございます。塩コショウに比べて漬けダレの効果は如何でしょうか?」

「これはヤバイな。今までの苦労があっという間に水泡と化した。文句なしだ。覚える価値ありと認めるぜ。ただしこればかりは料理クランの秘匿にさせてくれないか?」

「そうですね。なにぶん私一人ですと検証不足ですので。もっといろんな方に触ってもらって簡略化ができるのであれば、そうしてもらった方が今後のためにも良さそうです。

 なのでいずれは多くの方へ広く公開して、プレイヤーから直接買取できるようにするのも手かと思います。

 なんと言ってもこのジョブは初期種族ヒューマンにのみ許された物ですから。他の種族ではまず無理なのです。なのでそっちに興味のある人以外は無用の長物なんですよね」

「確かにな。これがサブ種族でも可能なら人気が出ただろうが、生憎とサブ種族にはジョブが存在しねぇ。それにしてもユミリアさんは良く知ってたな。それも嬢ちゃんの受け売りか?」

「はい。ココちゃんには色々と教えていただきましたから」



 困った時のココペディア。

 βテスターであり、実力者でもある彼女の身内というのは色々な面で役に立つのです。あまり使うことはありませんが、あとで口裏合わせしてもらいませんと。


 その場はなんとか取り繕い、MPが切れるまで私達の生産活動は続きました。



 ユミリア

 バトルコック:LV6→7

 熟練度:290/320→380/640


 ゲンさん

 バトルコック:LV2→5

 熟練度:10/20→80/160



「そして念願の圧縮加工ゲット!」

「おめでとうございます!」

「あとは知力全振りにしとくか?」

「それもありですが、スープなどのMP回復バフのつく料理の考案もお願いします」

「そっか、そっちもあるんだった。これから忙しくなるぞ~」

「私の方でも色々と研究をしておきますので、これからもよろしくお願いしますね」

「おうよ、こっちこそまたよろしく頼む!」



 ゲンさんがフレンドコールで召集をかけると直ぐにみんなが集まって来ました。



「あれ、もう終わりー?」

「ゲン、そのしたり顔はモノにできた顔であってるか?」

「おうよ、バッチリモノにしたぜ。ユミリアさんには頭が上がんねーわ。これからは酒場でのドリンクは無料にしなきゃ割りに合わんぜ」



 まぁ。それは嬉しい提案ですね。

 こういうのは金額では無くて気持ちが嬉しいですよね。

 正直あのカードの残高の減る未来が相当先送りされそうではあるのですけど。



「お前がそこまで言うたぁ珍しいな、明日は槍でも降ってくるのか?」

「おっ、太っ腹だね! それってあたしもいいの?」

「お前さんはなー……」

「えー、レベリング手伝ってあげたじゃん!」

「うそうそ。今回は助かったから知り合い特権でユミリアさんと一緒にいる時は無料でいいぜ。ユミリアさんもそれでいいか?」

「私は別に。お金の支払いはどうせ私がしますし」

「やったーー!」

「組合長はユミリアさんに渡したか。賢明な判断だ」

「ちょっとそれどういう意味ー?」



 上機嫌な笑顔も一転。ゲンさんの物言いに、ローズさんはすかさず食ってかかる。



「どうもこうも……おっと、クラメンに呼ばれたんで行ってくるわ。その話はまたな」



 しかしうまく躱されて完全にヘイトがこちらへ向いてきました。

 これ知ってますよ。なすりつけっていうんですよね?

 横殴りの次にやってはいけない行為です。



「リアさんはなーにスカしてんのよー」

「別にスカしてませんよ。それよりローズさん」

「んー?」

「今日はたくさん頑張ったのでお腹が空いたでしょう? 酒場でお腹いっぱい食べていいですよ」

「ほんと!?」



 パァッと花開くように、ローズさんの顔は不機嫌顔から一転、上機嫌な顔になる。

 このチョロさと来たら……私、彼女がリアルでもこんなのじゃないか本気で心配になってしまいますよ。

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