第62話 戦闘エリアでBBQ<実践編>

 と言うわけで。

 私達は今、人が真剣に戦闘しているすぐ横で、ピクニック……もといバーベキューを開催していました。


 つまり戦闘エリアでね、お肉を焼いているわけですよ。ジュージューパチパチといい感じに油が弾け、良い感じの煙をモクモクとエリア内に撒き散らしているわけですね。まさにテロ行為そのもの。

 このゲームって妙なところでこだわりがあるのか、焼肉の煙に煙幕効果があるんですよ。それをプレイヤーが利用するか、MOBが利用するかで勝負が決まるわけですね。

 意図してやっているわけではありませんでしたが、なかなか楽しい事になっていました。


 片面がいい感じに焼けたのでお箸でひっくり返してもう片面も。

「焼肉とは自分が一番美味しいと思えるタイミングで食べるのが最高」とはローズさん談。明らかに生焼けのお肉をひょいパクしている彼女を見てるといつ腹痛を訴えるか心配になります。

 私……胃腸薬持ってませんからね?


 視線で訴えると、大丈夫、心配しすぎだってと目配せして来ました。

 絶対嘘だ。そう言って安心させておいて後でお腹壊すパターンだぞ、これ。


 それはさておきバカは放っておいて、こう……お肉だけですと味気ないですね。今度は野菜も入れて豪勢に行きたいところです。栄養バランスに気を使わなくていいのは体格が変化しないゲームだからこそ。ですがお肉ばかりでも胃もたれを起こしそう。リアルと違って頑丈な胃袋を持つこちらの体もあまり無理はできません。なんといっても状態異常バッドステータス:胃もたれが存在しますからね。

 最近では食の安定化で見向きもされなくなって来ましたが、素人が手を出して食あたりを起こす事なんてしょっちゅうあるのがこの世界。とても足元を見た値段で売られていました。

 とても理にかなった商法です。先見の明がある方ですね。


 そして焼肉の美味しいと思えるタイミングは人それぞれ。

 私は脂を落として硬くなりすぎない状態が好きです。ちょっと熱いのでふーふーと粗熱を取ってから頂きます。んー、美味しい。程よく下味がついてますので焼いただけでもいけますね。ですが酒場の調味料の揃った環境も羨ましい。肉ばかりでアイテムバッグの中身を嵩ませるのは考えものですね。これからは調味料を中心に揃えていきましょうか。

 調理場をお貸ししていただいた限りでは結構揃っていた感じでしたし、冒険者になっておくのもアリでしょうか?

 それとも孝さんが来るまでその案は伏せておきましょうか?

「君にそんな危ないことさせられないよ」とかいって来そうですものね。

 彼の名誉のためにも保留にしておきましょうか。



「リアさん、顔が蕩けてるよ?」



 ローズさんのその言葉にギョッとします。

 こいつ……私の心を読んだのか?

 いや、まさかね。そんなわけありませんわ。ここは笑ってごまかしましょう。

 ニコッ。



「ふふ、まぁ私ったらそんな顔してました?」

「うん、してたしてた。さっきからこっちを遠巻きに見てる人がリアさんの顔見てほっこりしてたもん」



 まぁ……あらあら。なんだか顔が暖かくなって来ました。手で風を送って冷ましましょうか。



「見られてる比率ではあたしの方に軍配があがるけどねー」

「んなっ!」



 そこには勝ち誇ったような顔で胸を張るローズさん。ブラがないこの世界では、メロンでも仕込んであるんじゃないかと思うほどの二つの物体が薄布の中でぶるんと揺れては私を威嚇して来ます。

 喧嘩を売っているのでしょうか?

 そんな私の態度に彼女は口元を押さえてぷぷぷと笑う。あ、これ喧嘩売ってるの確定ですね。私は目をカッと広げて威嚇。


 上等だよテメーぶっ殺したらー!


 心の中で声を上げて、目力を入れていきます。

 しかし周囲のざわめきにハッとなりました。そうです、ここは草原フィールドのど真ん中。ここでの凶行は人目につくのです。ここでローズさんを処理をするのは容易い。

 ですが前回と同じ過ちをするわけにはいきません。今回はストレスの発散が目的ではないのですから。

 あくまでもプライベートの延長戦上。

 健やかな育児をするためのケアをしに来ているのです。心を穏やかに。

 ゲーム前に私が彼女に言った言葉です。それを自分から破ってしまうところでした。危ない、危ない。

 平常心を掻き集め、なんとか理性を保たせる。やれば出来る、やれば出来る。

 学生時代に病的に自分を追い込んだ言葉を思い出し、それを飲み込んだ。







 結果、平常心を保つことは出来なかったので。なにか作業をして気を紛らわす事にしました。ちょうど用意していたお肉も無くなりそうでしたし。

 とはいえ、開始前にあれだけ用意したお肉があっという間になくなりました。ローズさんは食べるの早すぎですよ、私まだ3切れしか食べてないんですよ? その栄養が胸に行くんですかね?


 アイテムバッグから重量500のテーブルを出しまして、重量200のまな板、重量50の解体用ナイフ(品質:中)を取り出します。

 ナイフを腰のベルトポーチに装着して、いざ、解体開始です。


 アイテムバッグから取り出しましたるはホワイトラビットの加工肉。

 それを切り取りラインの赴くままにカット。部位毎に分けて不要な部分をアイテムバッグにポイポイしていきます。

 このゲームってゴミ箱が無いからどうしてもアイテムバッグにゴミが溜まって行くんですよね。困ったものです。

 だからか冒険者さんは体力に一定以上振らないと冒険もままならないそうですよ?

 今まさに私も違う理由で追体験しているのでそのお気持ちはよーくわかりますとも。


 そんなことを考えながらサクサク切り分けていきます。

 ところでこのナイフの耐久度ってどんな時に消費されるか知っていますか?

 知らない? それではお答えしましょう。

 これ多分ですけど、アイテムバッグにしまうか装備から外した時に1減ります。

 だから私はこれからたくさんお肉切るぞーって時は出しっ放しにして装備するわけです。

 バトルコックはどう言う原理か知りませんが、切り分ける時に全く力が入りません。ナイフで切り取りラインをなぞるだけで思いのままに解体できちゃいますからね。まだそれは他のプレイヤーには内緒です。指でなぞっただけでも切れなくはないですが、そんなことをしようものならあっという間に注目の的。

 だからこうして安全策をとったのです。


 はい出来ました。

 お皿に綺麗に並べてしまうのは癖ですね。ローズさんなんて「お店じゃないんだからガーッと盛りつければいいのに」なんて問題発言をしてましたよ。

 えっと、普段の生活が透けて見えますが大丈夫ですよね? だから旦那様がお家に帰って来なかったんじゃ? そう思わなくもないですが、聞かなかった事にして不用品をバッグへ片づけてバーベキューを再開しました。

 これにより薄れて来た煙幕の追加サービス。ジュージューと肉の焼けた匂いもエリアに染み込みます。

 いやー、お外での食事は乙なものですね。孝さんとこれから一緒に行動出来るとなると、俄然張り切ってしまいます。


 そんな一連のやりとりを無料提供していると、不意に声をかけられます。

 対応はもちろんローズさんが受け取ります。

 なんと言ってもうちの『パーティ:メシテロの誘い』の営業(クチぐるま)担当ですからね。



「はいはーい、質問はこちらで受け付けるよー」

「じゃあ一ついいか?」

「どぞー」

「なぜここでバーベキューを?」

「そりゃもちろんあたし達が第三陣で弱々だからよ」

「なるほどな。それにしてはしっかりとした装備を用意しているようだが?」

「そりゃ別口でお金を稼いでるからね。もちろん副業は秘密だよ? あたし達こう見えてお偉いさんがバッグについてるからさー」



 そう言いながらローズさんは親指で肩越しに後ろを差すようにジェスチャーします。

 え? そんな人居ましたっけ。この子また口からでまかせを! しかしよくそんなホイホイデタラメが出て来ますね。逆にこっちが驚かされてしまいます。



「ふむ。では質問を変えよう」

「質問は一つじゃなかったのー?」

「……」

「うそうそ、聞いていいよ。答えられる範囲でなら言うから」



 いつになく楽しそうに悪い顔をするローズさん。やっぱりこの子口だけで生きてるなー。猛獣どころかプレイヤーも上手くあしらいそう。そのうちに私はお肉を食べてましょうか。ジュージュー。あ、煙幕サービスしちゃった。いけないいけない。てへへ。



「と、言うことで~、彼らも参戦することになりました~」

「「「「よろしく~」」」」



 どう言うことよ。


 なんだかそのあと数人とやり取りした後そう言い出したローズさんに頭を抱えます。

 確かにお肉を消費するのに役立ってくれるのでこちらは大助かりですが、これきっとゲンさんに何か言われるパターンですよ?


 ローズさんはまぁまぁと私の機嫌をとるように両手で抑えるようにジェスチャーするとそっと耳打ちしてきました。



「リアさん的にはゲンさんに何言われるか心配?」

「うん」

「それは心配しなくていーよ。だってこのお肉の所有権はあたし達にあるんだから。それにリアさんがお料理できる事はあの場にいた料理人はみんな知ってる事実でしょ?」

「うん」



 確かに。そう言われてみれば。



「それにこのお肉でプロの味が食べたいのなら酒場に行けばいいんだし、ただの焼肉にそこまで客を取られたとはならない。今回の肝はお肉の消費のみであり、賃金は発生しない。でしょ?」

「うん、ここでお金を取るとお金持って来てない人が良くない感情を持つからね」

「その通り。冒険に出るときにお金を持って来てるプレイヤーなんてほぼ0だしね。本格的な料理は出せないけど焼いたお肉で興味を持ってもらえれば、酒場の宣伝もできるわけよ。そういう意味ではこういう試食会って大事なの。バッグがついてるって言うのは嘘だけど、ゲンさん達と知り合いなのは本当だし、お肉を卸しているのも本当でしょ?」

「そだね」

「だからここで酒場に卸している事を大々的に宣伝すれば、向こうもあたし達も好感度が急上昇って訳よ。特にこの試食会なんかは絶対にここでやらなければいけないって義務がない訳だから、どのタイミングでどこでやろうがあたし達の自由。契約をしている訳じゃないから双方に迷惑はかからない。だからあたし達はお肉を卸してる間は好き勝手お外でご飯が食べられるって寸法よ!」

「ふむふむ。それで本心は?」

「お肉追加、3皿ね!」

「いいけどそれでラストだよ?」

「え、もう? 早くない?」

「どこかの育ち盛りのママさんの所為だね」

「たはは……」



 ローズさんは明後日の方を向きながら頭をかくと渇いた笑みを浮かべてました。


 相変わらず口のよく回る。だけどそんなローズさんがそばにいてくれるから私は自分の仕事をこなせる訳だし、処刑は手を抜いてあげようか。



「おまたせー、こちらラストオーダーになりまーす」

「おー、待ってた! ささ、食べて食べて。この中でお箸使えない人は……いないね! よーし美味しい匂いをじゃんじゃん量産しようぞ!」

「「「「おー!」」」」

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