第53話 善悪の分岐路<3>

 マリさんの《浄化》のお世話になりながらも私達一行は森を進みます。


 ノワールからは足手まとい宣告を受けて軽くショックを受けながらも、マリさんからはそれでLVが上がるからありがたいよと慰めの言葉をいただきます。

 ありがとうマリさん。


 エリア2に出てくるMOBはウルフとリーダーウルフの二種類。

 二種類ですが、ここからは集団で襲ってくるのでノワールのヘイト管理できない部分を受け持ってお姉さんアピール。



「ノワールさん、右に五匹!」

『えっ、えっ。もう!』



 ノワールの処理速度よりもおかわりの速度が速い。

 ノワールは丁寧に処理するのをやめて雑に対処し始めた。

 その結果、仕留め損なった個体が後方で応援しているだけのマリさんを狙います。



『うわぁあ、お姉ちゃーん』

『まーちゃん!』



 身動きの取れない精霊はかっこうの的。

 自分は動けるのでその事がすっぽり抜けていたノワールは、追撃を入れる手を止めて私に頼ってきました。



『お願いみゅーちゃん、まーちゃんを守ってあげて!』



 必死に声を振り絞って。さっきまでは『自分一人でも守りきれる』なんて自信満々に言っていたのにも関わらず。

 そうも言っていられない。ノワールは自分のことよりもマリさんを優先しました。

 その上で自分だけじゃ手が回らなくなったので、頼る事を覚えたのです。

 いい傾向ですね。


 過去の私はがむしゃらになりながらも誰の手も借りずにやりきっていましたから。彼女には仲間に頼る事を覚えてもらいました。

 これを機に彼女の未来に明るい光が差し込む事を祈るとしましょう。

 そう願ってしまうのは私が大人になったからでしょうか。

 さて、あまり返事を待たせてしまうのもよくありませんね。

 弓に手をかけながら糸で狙いを定め、振り向きざまに、ノワールの目をしっかり見すえてから声をかけます。



「わかりました。ノワールさんはきっちり倒しきる事を心がけてくださいね?」

『うん、がんばる』



 願いに応じただけなのに、彼女は泣きだしそうな顔でウルフの群れに向き直りました。すっかり安心しきっちゃって。

 まだ戦いは終わってませんよ……でも、その気持ちは分からなくもありません。


 ノワールの顔は真剣そのもの。

 物量に押されて未だに丁寧に、とも言えませんが、さっきよりは随分とマシになりました。

 守る者が居る人は強いですよね。

 私は今になってそれを学びました。だから彼女にもそれを知って欲しくて導きます。

 ノワールの攻撃を抜けて、お代わり部隊が急接近。動きが早く、ノワールの攻撃が間に合わない。

 そこで私がサポートをしておきます。


 糸に《切断》を添えて設定をON。

 これだけで痛みがウルフの動きを抑制し、統率に乱れを生じさせていきます。

 それに気づいたノワールがこっちを何度もチラ見して来ました。

 ですが私は自分の仕事をこなすのに夢中……という振りをします。

 こらこら、戦闘中によそ見をしていてはダメですよ。妹を守るのでしょう?


 ちらりとノワールの顔を見て、すぐに追加でやってきたウルフの足を縛り付けます。勢いのままビタンと顔面を強打したウルフに《斬糸》で追撃を加えるノワール。

 上手い……けど私なら顔面を強打させる直前に差し込みます。勢いを利用してダメージを加速させるテクニックですが……そこが熟練度の違いですね。

 が、そこは彼女に気づいてもらうべき事ですので私からは教えてあげません。

 アドバイスをし過ぎても成長を止めてしまいますからね。


 程なくしてウルフのお代わりは尽きました。戦闘終了です。お疲れ様。



「ノワールさん、おつかれさまです」

『うん』

『おねーちゃんすごーい』

『別にわたしはそこまで……ほとんどみゅーちゃんがやってくれたことだし……』



 おや、先ほどよりも自信なさげですね。

 もしや今ので気落ちしてしまいましたか? そう言えば昔の私は相当打たれ弱かったですね。ほんと、なんて面倒くさい。マリーはよく見放さないでくれましたよね。



「いえ、それは違いますよノワールさん」

『え?』

「私はノワールさんに言われてまーちゃんがピンチである事に気付けました。確かに現場経験では私の方が少し優ってましたが、貴女の思いやりは私にはないモノです。そこは誇ってもいいのですよ?」

『……』

『そうだよお姉ちゃん、みゅーちゃんはお姉ちゃんのお願いを聞いてくれただけだもん! お姉ちゃんの采配が凄いんだよ!』

『まーちゃんもそう思う?』

『うん!』

『そっか……じゃあどういたしましてだね』

『あたちからも! ありがとうございますだよ、お姉ちゃん』

『うん、わたしもみゅーちゃんにありがとう。すごく助かった』

「いえいえ。パーティメンバーですし、フレンドでしょ? 助け合うのが普通ですよ。まーちゃんの事はノワールさんに任せてましたけど、よくぞ私を頼ってくれました。まーちゃんもすぐに気づいてあげられなくてごめんね?」

『いーのいーの、終わり良ければすべて良しってね!』

「そうですよ。ノワールさんはまーちゃんを無傷で守りきったんです。そこは自信を持ちましょう?」

『うん。そうだね、そうだ。わたしはこの手でまーちゃんを守りきったんだ』

『ありがとう、お姉ちゃん!』

『うん……』



 ノワールは言葉を噛みしめるように空を眺め、思いを固めていました。

 そして私へ振り返り、にこりと笑ってくれる。それは当時の私とは思えないような晴れやかな笑顔。誰かに心を開くのが怖くて仕方がなかった私の感謝の気持ちがこもったプレゼントでした。

 それをしかと受け取り、今の精一杯の笑顔で過去の自分へ送り返す。

 そのやり取りを一番近いところで見ていた親友は遠い風景を思い出しながら表情を綻ばせます。


 10年前と現在の私が邂逅し、分かり合えたのが嬉しかったのでしょう。

 涙は流さずともその表情は泣いているのがわかる。そういう顔をしていました。



 それからはノワールの指摘をしながらエリア2も問題なく対処出来るようになったのでエリア3へと足を運びます。


 そこではMOBと既に誰かが戦闘をしているようでした。もちろんノワールは正義感から横殴りをするべく行動を起こし、私はそれを阻止します。



『どうして止めるの? あの人たち困ってるよ?』



 ノワールは真剣な目つきで訴えてきています。でもそれを許すわけにはいきません。一度でも見て見ぬフリをしてしまえば、彼女の中ではそれが当たり前になってしまいますから。



「あの人達はあの人達なりのやり方があるの。それを横から来て美味しいところを持っていったらノワールさんならどう思う? 後ちょっとで倒せるって時に邪魔されるの」

『それは……嫌だ』

「うん、そうだよね。ノワールさんは頑張れる子だもんね。だから私達はここで応援しよう。向こうが助けてくれと頼んで来たら助けてあげよう。それまではここで待機だよ。我慢できる?」

『うん……我慢する』

「それじゃあ、まーちゃんは私のバッドステータスの解除をお願い」

『あいあいさー』

「ノワールさんはあの人達の戦いを見て自分ならどう対処するか考えてみて? 頭の体操だよ。実践とは違う対処方を覚えられるから、体で覚えるのとは違う感覚だけど貴女なら出来るわ」

『わかった!』



 うんうん、いい子だね。

 この調子でいい子に育って欲しい。

 あとは前作の英雄たちがちょっかい出してこない事を祈るばかり。

 アイツら力の強さでしか物事を測ろうとしない根っからの脳筋だからね、純粋なノワールの側に置いておけないわ。この子の見えないところでしっかり殺処分しておかないと。


 前にいた人達は戦闘を終えたみたいですね。

 フィールドが弱体化した今だからこそ当時よりはまだ対処できる難易度なのでしょうね。時間はかかったけどきっちり処理していきました。



「見ててどうだった? 何か参考になることあった?」



 真剣な表情で見ていたノワールに問いかける。しかし反応はすぐにはなく、少し経ってからブツブツと何かを頭の中でまとめているようでした。



『うん、うん。あれをこうすれば糸で代用可能……それにあれを組み合わせれば』

「随分と真剣に考え事をしているね。呼びかけたの気づかなかった?」

『あ、みゅーちゃん』



 ノワールの肩に手を置いて呼びかけたらようやくこちらを振り向いてくれた。



「どう、考えはまとまった?」

『うん、最初はわたしにやらせて。ちょっと試してみたいことがあるの』

「もちろん。思いついたことはバンバン実行しなさい。それで失敗しても次を考えればいいから。そうやって失敗を重ねて人も精霊も成長していくのよ?」

『みゅーちゃんも?』

「うん。随分と寄り道しちゃったけど、こうして多くの手応えを感じているのは失敗を失敗のままで終わらせないで自分の中でうまい具合に消化して来たから。案外そういう失敗から新しい案が生まれたのかも。だから失敗を恐れないで。貴女は失敗をしちゃいけないという呪いに縛られないで」



 本心だ。過去の自分に送るメッセージ。

 当時VRの世界へ逃げ込んだ私は退路を塞がれていた。上手くやれて当たり前。失敗すれば失望したような目で見られる。そんな毎日を繰り返し、完全に心が病んでいた。だから私は言葉を選んで伝えていく。失敗はしてもいいんだよ。

 だけど同じ失敗を繰り返すのはダメ。

 常に最善策を考えて動いて。それで失敗してももう一度やり直せばいい。


 その言葉を何度も反芻させて飲み込むと、ノワールは前に進む。

 私はそれを見送り、不意にその場で倒れた。


 HPに影響するダメージは受けていない。

  なのに体も動かせずに声も出せないでいた。

 それに気づいたマリさんが声を上げる。



『みゅーちゃん!』

『うそ……どうして?』



 ノワールが誰かに気づいた。いや、私の方を見て肩を震わせている。そこに映るのは恐怖の表情。マリさんもまた同じ顔で私を見つめていました。

 そこでは……



 《おいおい、噂で聞くより随分とよえーな、こいつがミュウってのは本当か?》

「ええ、その子がミュウよ。随分と油断していたみたいだけど何かいいことでもあったのかしら?」



 ココットが心底楽しそうに笑っていました。


 彼女の耳の中で反響するような甘い声が残ったまま、私の意識はそこで途切れてしまいます。


 気づけばデスペナルティを受けていました。教会の天井のシミを数える作業の始まりです。


 教会の拘束から解放されたのは30分後。退室の際に全財産の半分を接収されて、フラフラとイマジンの街の噴水公園広場へと歩いて来ていました。

 そして備え付けのベンチへ腰掛けて、考えを巡らせていく……


 ココットがどうして。

 あの子は脳筋だけど悪事に加担するような……子だったわね。むしろ発端みたいな子だったわ。すぐに思い直して乾いた笑いを浮かべてしまう。


 そこへフレンドメッセージが届けられる。送り主はココット。そこに書き連ねられている犯行声明に思わず殺意が芽生えた。



 ーーーーーーーーーーーーー



 はーいミュウ、ご機嫌はいかが?

 あたしは今とっても最高の気分よ

 なんといってもあんたを初めて出し抜けたんだからね?


 それであの子、ノワールの事なんだけどね、あの子はムサシに預けるわ

 あんたのなまっちょろい教育じゃとてもじゃないけど彼の理想には届かないそうなのよ

 あんた教師失格だってさ


 悔しかったら取り返しに来なさい

 さっきみたいな体たらくじゃ流石のあたしも擁護出来ないわ

 あたし達はあんたの本気が見たいのよ

 だから、全力でかかって来なさい

 こちらも当時のあんたに到達出来得るメンツを揃えて待ってるわ

 それまでノワールに手を出さないことを誓うわ


 PS.

 マリはどうなるか知った事じゃないけどね



 ーーーーーーーーー




 ああ、まただ。また失敗した。

 いいや、これは油断? だからと言って失敗した理由にはならない。失敗は失敗だ。失敗した。失敗した。失敗した。 


 失敗。それは当時私が最も恐れた言葉。

 出来て当たり前。それが黒桐の娘に生まれた私の宿命でした。だからこのように取り返しのつかない失敗をすると、どうにも思考が定まらなくなります。 


 自分が殺されたのはまだいい。

 それはただの油断だから。

 マリさんも……別にいいや。あの子はその程度のことでめげない子だし。

 いや、今のあの子の為には死なせちゃマズイか。

 冷静になれ、私。

 どうすればノワールを取り返せるかを考えるんだ。


 あの子はダメ。

 まだ闇に染まりきってない純粋なノワールだけは手放しちゃダメだった。

 あんな頭のおかしい連中に預けたら、それこそ当時の私になってしまう。変えられてしまう。

 これは私の償いなんだ。

 一人だけ幸せになろうという私が過去の私に与えてやれる償いであり、救いなんだ。


 今が一番大事な時期。

 守るべきものを与え、仲間を頼ることを覚えさせた。当時の私が持ち合わせていないものを順に与え、それで楽しい生活を送ってもらうんだ。

 紹介したいプレイヤーや住民もたくさんいる。


 これから始まるんだ。彼女の幸せな時間はこれから……


 だからダメだ。

 あいつらに渡すのだけは絶対に阻止しなくちゃいけなかった。悪い影響を受ける前に救うんだ。他の誰でもない私が、昔の私を救わなくちゃいけないんだ。


 今度こそ失敗しないように。

 その為には。


 ───殺そう。

 積み重ねて来た技術で。

 あいつらを一匹残らず擦り潰そう。

 立ちはだかる奴らも、邪魔をする奴らも。


 全部、全部──取り除く。


 壊してやる。今後一切、歯向かえないように、念入りに、徹底的に。

 それこそ心を無にして、抵抗してきても対処できるように思考を切り替えて……



「うふ、ふふふふ………」 



 いつしか私は笑っていた。

 思い出し笑いをしながら歩いていた。

 さっきまでの重い気持ちが嘘のように軽い足取りで、私はある場所へと足を向けた。


 すれ違う人々が畏怖の感情を曝け出すほど、私の顔は狂気に歪んでいた。

 そんなものはどうだってよくなるくらい、私の心はあの当時のノワールになってしまっていた。


 どうしようもないくらい、取り返しのつかないあの頃の私に。

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