第41話 マリさんのいない日<3>

 勝った。あれから真面目な戦闘は15分くらいで飽きて、全力でぶっ飛ばしたので戦闘終了後のリザルトでは20分を切っていた。つまりはそういうことである。

 そして狙い通りにレベルアップ。

 ひゅー。マリさんだったらここで小躍りをはじめちゃってるね!


 パーティリーダーであるルゼルダさんにレベルが上がったことを自慢したら心底羨ましがられた。

 でもさ。

 そんなそぶりを見せながらもみんなもちゃっかりレベル上がってるのわたし知ってるんだからね?

 ほら、そこらへんログに残るし。


 このまま勝利の凱旋だね、なんてメンバーできゃーきゃー言いながら入り口に戻ったらみんなポカンとした顔で出迎えてくれました。


 もっと盛大に迎えてくれてもいいのですよ?


 わたしがキョトンとした顔で首を傾げていると、なにかを察したアーサーさんが咳払いをしつつ発声練習を始めました。

 少し喉が乾いていたのか声がかすれていたが、少しすると大きな声で歓迎してくれた。それに続いて周りからも大きな声が響く。


 うんうん、こういうのを待ってたんだよ。

 わたしは満足して偉そうに手を振った。


 よきかなよきかな。

 ある程度満足したらもう一つやることがあることを思い出す。もちろんエリア修復こと復元だ。なにせレンゼルフィア以上にフィールドを荒らしてしまったからね。


 《アースクェイク》以上に大地を掘り起こし、それらを宙に上げて流星のごとく降らせたり、レンゼルフィアの体がすっぽり埋まるぐらいの穴を【ホール】で掘って、抉り取った塊を地上10メートルの高さから、レンゼルフィアのいる地点へ向けて強めに【上下反転ノック】で打ち付けたりと。

 もちろんそれで死なないあたり結構なしぶとさを誇るニクいやつだ。

 しかしその結果フィールドに与えたダメージがすごいことになってしまったのが今回の反省点である。


 次はもっと上手くやる、と念を込めて復元すること4回目。

 目の前には「草原エリア・荒れ果てた大地」とは名ばかりの草花の生い茂る大草原が目の前に広がっていた。


 へへん、どんなもんよ。


 完璧な仕上がりに得意げに胸を張ると、メニューが自動的に開き、ロックのかかっていたサブ種族が解錠された。およ?


 そこで満を持して荘厳な鐘の音と共にワールドアナウンスが流れる。


<プレイヤーが始めて種族LV30に到達しました>


<規定LVに到達した為公式HP、および組合酒場にて『サブ種族解放/切り替え』について情報が公開されます>


<種族LV30に到達した事により【固有スキル:ショートワープ】を取得しました>


<ジョブLV30に到達した事により、ジョブスキル《仮縫い》が解放されました》


 これはこれは。次から次へと忙しいですね。ただでさえワールドアナウンスで騒がしい事になっていますのに、こっちはこっちで大忙しですよ。


【ショートワープ:短距離瞬間移動】


 えーと、なになに? ショートワープですか。前作とは違うスキルのようですね。

 説明を読み込んでみますと、自分の位置と指定した位置を取り替えることができるようですね。

 え? これ強すぎませんか?

 つまり……『残念、それはわたしの残像だ。だれもわたしを捉えることなどできぬ! 』……的なセリフを吐けると言うわけですね。なにそれ熱い!

 あ、でも空中に移動はできないようです。あくまで地続きの場所だけっぽいですね。万能ってわけでもないみたいです。でもその言葉を鵜呑みにするほどわたしは甘くはないぞー。物は使いようってね!


 そしてついに解放されました、《仮縫い》!

 これはレシピ登録出来るタイプの対MOB用拘束スキルなのだー。

 今まで手動で編み込んでいたんだけど、それをデータ化する事によって手間が減ると言う誠に素晴らしい……これも弱点というか、初見のMOBには使えないって条件があるんだよねー。

 まぁこれらはあれば強い、というよりはあると便利って感じのものだ。

 今はまだ大多数を相手取ることはないから不要と言えるけど、これから先はあるととても役に立つ類のものだと思っておけばいいかな?


 スキルの運用法をあれこれと考えるわたしの元へ、労いの言葉とは違う、何かを聞きたそうな顔でルゼルダさんとアーサーさんが揉み手をしながらジリジリとにじり寄って来ました。

 まぁ、放っておいてくれなさそうな気はしてた。だってさっきルゼルダさんに自慢したばかりだもんね。



「……ミュウさん、少しいいかな?」



 お互いの脇腹を肘で突き合いながら小声で何か論争を広げたあと、諦めるようにしてアーサーさんが苦虫を噛み潰したような顔をして、声をかけてくる。

 ルゼルダさんは勝ち誇ったように腰に手を当てている。どうやら押し付け合いの勝負に勝ったらしく、とても清々しい表情をしておりました。



『何かな?』



 それに対してわたしは毅然な態度を振舞います。いまスキルが解放されて忙しいとばかりに。



「サブ種族解放者はミュウさんで良いのかな?」

『どうしてそう思うのかな?』

「そんな気がした」

『あはは、なにそれ。言いがかりじゃん』

「俺も気になる」



 ここまで沈黙を決め込んでいたルゼルダさんも加わってきました。どうやらアーサーさんだけでは埒があかないと思ったのでしょう。

 ま、そうなるよねー。

 どうせここで秘密にして今後のプレイに支障をきたすのもめんどいし、公開しちゃいますか。

 わたしも色々と検証しときたいし。



『うん、まぁそうだね』

「なら……」



 わかるよね? と言わんばかりの目線を交わし、次の言葉を言いかけたと同時に被せるようにこちらから切り出した。



『それじゃあ今からその検証に付き合ってくれる人を先着5名だけ募集しようかな?』

「募集? ここで種族の切り替えをして見せたり、特徴を教えてくれるだけでいいんだが?」



 アーサーさんの主張に遠巻きに見ていたプレイヤーの皆さんもウンウンと頷いています。

 だーれがタダで教えるもんですか!

 それこそこういう情報はみんなが喉から手が出るほど欲しいもの。つまりはお金になる。これはわたしに取っての問題ではなく、誰がそれでお金を稼ぐかによるもの。

 だから情報取得者は絞る。あとは残された人たちだけで凌ぎを削りあってくださいな。それに巻き込まれるのは御免被る!



「そうだ、意地悪しないで教えてくれないか? この通り」

『それじゃあ公式HPで得られる情報となんら変わらないですよ? 切り替え直後の動き方とか知りたくないの?』

「それは……うむ。重要だな」

『でしょ? ただの切り替えだけなら種族変更だけでいい。こういうのはどのタイミングで切り替えていくかで決まる。じゃあどのタイミング?』

「戦闘中……またはフィールド移動中か」

『うん。その時に生じるデメリットって大事じゃない?』

「確かに、それは確認しときたい」

『だからそれを検証する為の5人を募集。ドライアド状態ならそこらへんのに負ける気しないけど、種族切り替え後にどこまで弱体化するかはわからない。それこそお荷物になるかもしれない。だからなるべく強い人が望ましい。アーサーさんとルゼルダさんは確定。あと3名をそちらで選んで欲しいかな?』



 二人はポカンとした顔でその条件を聞いた後、お互いの顔を見て、直後示す合わしたかのように悪い笑みを浮かべて肩を叩き合っていました。交渉は成立したようです。

 その流れはマリさんがよくやる「お代官様ごっこ」によく似ていました。


 5人の中に自分達が入っていることを確認したあとはスムーズに事が纏まります。こういう手際の良さはそれなりに経験を積んでいる証拠ですね。頼りになります。


 少しの時間を経てメンバーが決まりました。自己紹介をしてくれるそうですので聞きましょう。人事の仕事をしている気分になりながら耳を傾けました……耳はないので振り、ですけどね。



「私はリーゼロッテ。そうだな、リーゼとでも呼んでくれ。こう見えても薬剤師も兼ねていてね。薬品を使った弓術を嗜んでいるんだ。種族は見ての通り……と言っても外套を着ているからわからないか。んしょ……これでわかるだろうか?

 この場では少し目立つのでな、外套を活用している。以後よろしく頼む」



 彼女はそう言って外套を外すと耳元で切りそろえた艶のある真っ黒な髪と長い耳、そして褐色の肌をわたし達だけに見えるように晒した後、すぐに掛け直した。


 特殊派生種族:ダークエルフ

 エルフよりも筋肉がしっかりついた印象がある。武器は問わず使用可能で?その為か精霊魔法を苦手とし、器用の高さを生かした闘法を好む。

 取得条件:同族殺し10人以上


 そんなリーゼはキリッとした笑みを浮かべながら握手を求めてくる。

 なんというかカッコイイ系の人だ。わたしの周りにはなぜかこういう人が多いんだよね。両親からの囲い込みで異性には全くもって縁遠かったので憧れてしまう。や、別に同性を恋愛対象に見てないけど、こういうカッコイイ大人になりたいなーって憧れがあるんだよ、うん。まず無理だけど。わたしには恵まれないものが彼女にはある。それは色気と胸だ。くそぅ!


 それと同時に思う。さすがはアーサーさんであると。これから行う検証の相手を瞬時に読み切ったらしい。

 まあこの場所で……と言った時点でバレてるものか。

 すぐ後ろを振り返れば、そこには新しい背景に少し戸惑う姿のレンゼルフィアが佇んでいる。


 だからデバフ要員を呼び込んだ。冴えてるね。続いて現れたのは黒装束を纏った頭にネコ耳の生えた獣人……この見覚えのあるシルエットは……



「久しぶりでござるな、ノワール殿」



 なんでこいつがここにいるのよ、闇影っ!

 っと、ここでノワールとして振舞ったらいいように踊らされる未来が見える。


 落ち着け、落ち着くんだわたし。

 フゥ、だいぶ落ち着いた。

 でも待てよ?

 リージュさんはともかくとして、他のみんなからは疑われているだけでまだ確定ではない。ならシラをきればいいか。

 瞬時に考えをまとめ、結論に至る。



『ごめんなさい、わたしを誰かと間違えてませんか?』

「ひどいでござるよ~旧知の仲でござろう?」



 わんわんとその場でしゃがみこんで泣き出した猫獣人の名前は闇陰やみかげ

 間違いなく前作においてのクラメンであり、英雄として名を馳せた闇影その人である。旧知? 今のわたしは窮地だよ!

 なんでこうも前作の知り合いばかり寄ってくるのさ!


 そしてこいつがいるって事は、さっきリージュさんから聞いたマサムネの件も信憑性が増してくる。

 その二人組はわたしとマリさんと同じく、セットで一組なのだ。



『ごめんなさい、全く記憶にございませんの』

「またまた~、そのように畏まらなくても良いでござるにゃん?」

『……ねぇ、その語尾ウザいからやめてって言ったよね? いい加減にしてくれる?』

「その辛辣な視線! やっぱりノワール殿でござるな!」



 しまった。つい昔の癖でうっかりと。

 まぁこいつは戦力としては申し分ないからいいか。でもムカつくから両手両足ふんじばって転がしておこう。ぐるぐるーっと。



「うおぉおおぉお! だれか、助けてほしいでござる~~!」



 けっざまーみろ。

 一生そこでそうしてろ。



「あの人とは随分と仲がいいのね?」



 そうこうしていると、リーゼロッテさんが髪をかきあげながら分析するような視線を送ってくる。なにこれカッコいい。あとでわたしも真似しよっと。



『え、まあ。どうかな? ナンパに近い形で声かけられたので軽くあしらっただけですよ?』

「なーんだ、てっきり知り合いだと思って期待しちゃった」



 あれ? この人結構ノリが軽いぞ?

 神秘的で近寄りがたい雰囲気を纏っていながらも気さくだ。こういうところがカッコいい女性に求められる秘訣なのだろうか? メモしとこう。



『リーゼさんはどういう経緯でこのパーティに呼ばれたの?』

「あたしはねー……って、本当にあたしが分かんない?」



 ん?



「あー……もう、あたしの事すっかり忘れちゃってるでしょ?」



 んー?

 前作での知り合いは個性が強い奴以外はごめんなさいしてるから、ほんとごめんなさいなんだけど?



「シャルロットって知ってる?イマブレの前にSKKでご一緒した」

『あーっ!』

「あ、思い出してくれた?」

『どうして師匠がここへ!?』

「そりゃ勿論。あたしに黙って面白そうな事してるから遊びに来たの。10年経っても変わらずであたし興奮しちゃった。どうせならまた一緒に暴れない?きっと楽しいことになるわよー」



 うわっ最悪だ。

 今日だけで会いたくない人に何人出会った? 師匠は別ゲームで出会った師匠だったけど、イマブレの中では十分危険人物として認知されている。闇影程じゃないけど、わたしが今一番関わり合いになりたくない人種だ。

 うわー、一気にやる気なくなった。

 帰っちゃダメかな?





 ダメでした。


 最後にオレ様系虎獣人アタッカーのガンドルフさんを加えていざ検証タイム。


 種族の上から順番に検証した結果、切り替え直後から五分間、スタミナが半減されるデバフと、サブ種族は前作と同じシステム……所謂使い回しであることが露呈し、掲示板で大きく取り上げられたようです。最近掲示板見ないのでよく知りませんが。まあ、そちらの件はアーサーさん達に権利が渡りましたのでマリさんにいい手土産が出来たかな?


 正直わたし居なくてもなんとかなったあたり、闇陰もダメージディラーなんだなぁとつくづく思ったね。いやホント。さすが元英雄様だ。

 こいつの場合は猫獣人をやる人が他にいないって理由大きいんだけどね。

 だって、こいつの本質はPKだし。

 種族貢献度下げまくってたから仕方ないんだけど。

 なにせラジーの上位互換だもんね。強いわけだよ。そのくせスキル構成は元々こいつの編成から来ているから、操るのがうまいのなんの。そこだけが唯一褒められるポイントかな。


 後は師匠……じゃない、今はリーゼロッテか。魔法一辺倒だった彼女はいつのまにあんな戦闘力身につけたんだか。

 わたしの評判の三割近くは師匠のせいでもある。

 二割はマリー、五割がわたし……

 はいはい、全部わたしが悪うございますよー。


 だいたいこの二人が立ち回るだけでレンゼルフィアはなにも出来ずに翻弄されて、やがてスリップダメージで生命活動を停止……死んだのだ。


 二人とも中距離デバフ型で、回避盾という性能を持つ。闇陰は単純に敏捷でレンゼルフィアを上回り、リーゼは距離感を掴めなくする方の状態異常でその場に匂いだけ残して移動する。対獣人のスペシャリストみたいな動きで全ての攻撃を捌ききって見せる。すごい。


 ちなみに連携は一切取ってない。

 この二人は我が強いので、合わせるということはできない。

 流れ弾で死んだら散々煽った挙句に自分の不運を呪いなとか面と向かって言っちゃえるタイプの人種である。

 だからこういう場合でもない限り、基本的にソロで行動することが多い。


 アーサーさんもルゼルダさんも、鳴り物入りで入った大型エースと名高いガンドルフさんでさえも一歩も動けずに罵り合いに花を咲かせた高次元戦闘を前にポカンとその場で立ち尽くしていた。


 太陽はゆっくりと地平線の向こうへ顔を隠し、草原は夜の帳が下り、星がキラキラと輝くまでその検証(いいあらそい)は続いた。

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