第15話 祝賀会

 あの後、住民やプレイヤーに揉みくちゃにされながらの飲めや騒げやの祝勝会はVRマシンから強制ログアウトをさせられるまで続けられました。


 加速世界への連続4時間以上のログインは脳に負荷を与えるためにVR業界では法律上で固く禁じられているんです。

 ですのでそれに近しい時間以内にログアウトしないと強制的にVRマシンがゲームとのリンクを切断し、ログアウトさせてしまうシステムが搭載されるのがここ最近の一般的レベル。特に近年では無理をなさってリアルに弊害を抱えてしまう方が多かったことを重く受け止め、依存度を上げすぎないためにこうした設定のタイプになってきました。

 そのおかげか一日中張り付いてまでやる廃人プレイヤーは息を潜め、全ての年代でも平等に遊べるスタイルになってきたとも言えますね。


 カプセルベッド型のVRマシンから体を起こした私はどこか不完全燃焼気味な気持ちで立ち上がり、頭を揺らして思考を巡らせていく。

 そういえばそろそろ夕飯時ですね。時計を見てハッと気づき電話でエントランスに繋ぐと夕食の予約を取り付けました。

 急な予約でも受け付けてくれるのがありがたいですね。

 準備に少々時間を頂くということでしたのでその時間が来るまで暇でしたのでパソコンを立ち上げて、公式掲示板に目を通すことにしました。

 あれからどうなったのか、情報が見つかれば良いのですが。


 雑談スレでは冒険者組合からの二次会として終始議論が熱く交わされて炎上じみたお祭り騒ぎが展開されていました。

 マリというプレイヤーは聞いたこともなく、ネーム的に女性プレイヤーだということが噂された様です。

 茉莉さんはどんなプレイでも自ずと人気者になってしまうようですね……見習うことはできませんが。


 しかし白熱しすぎた議論が脱線することはよくある事で……憶測から多々見当違いの情報が流布されることもしばしばありました。

 実際にその場にいなかった方達はどこまでが本当のことなのか霞を掴む思いだった事でしょう。

 その為か「嘘乙」等の書き込みが目立っていたのがあの空間特有の様式美といったところでしょうか。


 雑談スレの次に勢いがついていたのが生産関連スレですね。

 モンスターの弱体化によって素材の供給量が上がり、市場が値崩れを起こしたようで、今では安定して熟練度上げが出来ているようです。

 一時期の冷え込み具合を知っているプレイヤーは歓喜し、もう一部のプレイヤーは本来ならばこの状態が普通なんじゃないのかと強く運営を批判されていました。

 あまりに騒ぎを扇動するようなコメントを打ち込んだプレイヤーは運営側から一時書き込み停止の処罰を受けていました。

 ヒートアップするのと悪意のある感情は別物ですからね。

 適切な判断だと思います。

 しかしそんなすぐに値崩れを起こすとは思いませんでした。

 どうやら私達が揉みくちゃにされている間に他のプレイヤーが検証を行った結果のようですね。本来のゲームにあるべき姿に“やっと”なれたようで私もホッとしています。


 今まで高価であまり手のでなかった素材も緩やかに値下がりし始め、一時の冷え込み状態が嘘の様に市場に活気が戻り始めました。一部のプレイヤーからの売り渋りも他のプレイヤーからの供給が過多する事で問題は解決したようでした。

 確か茉莉さんの被害をじかに見ていたプレイヤーさんが中心になっていたんでしたか。

 本人は予想していたより稼げなくてショックは受けてましたけど、そこまで落ち込んでませんでしたよ? 

 早とちりさんですね。


 素材過多によって冒険者組合にも人が集まったようです。掲示板では専ら無理ゲーと半ば諦め気味の書き込みが中心でしたが、とあるプレイヤーの呼びかけから「モンスターは種族相性でどうとでもなる説」が騒がれ始めました。

 掲示板に書き込めるのはプレイヤーだけなので、アーサーさんか、リージュさん、リチャードさんの誰かでしょう。

 私や茉莉さんは見るだけで書き込まないロム勢ですからね。


 それ以降はモンスター素材の武器防具もさることながら、調薬で作り上げられたポーション類にも注目が集まっている様子。

 どうしても苦味と臭みがある事から敬遠されがちの『ポーション類』。

 これから人が集まり始める森林フィールドに向けて調薬師達に期待が集まっている様でした。

 前作でも約10種類近くのフィールドデバフがエリア内とエリア切り替え時に付与される所謂「クソ仕様」でしたので今作はどこまで教会にお世話になるか分かったものではありませんね。


 あとはなんといってもポーションの一番の懸念対象である “味” ですね。回復量は高いのですが、魔法関連のエキスパートであるエルフのリージュさんですら市販されてる『MP回復ポーション』は “口に含むのにすら勇気のいる味” らしく、今後その味がどう改善されていくかが注目されているようです。

 “食べられたものじゃないキングオブキング” で知られる『携帯食糧』は「ゲンさん」の登場により改善されました。

 今では住民からも “胃もたれを起こす事で満腹度を誤魔化してきた携帯食糧” から “味も美味しく満腹度も満たせる串焼き” に切り替えられ、料理人の土台を作った立役者として住民に幅広く認識されていました。種族貢献度もウハウハらしいですよ。ご本人が掲示板へ書き込んでおられました。

 そのおかげというか今まで独占的に買い占めていた携帯食糧の製造業者の影響力は弱まり、原材料が料理人プレイヤーの手元に手軽なお値段で仕入れられる事に注目が集められているようでした。

 食いしん坊な茉莉さんにも朗報ですね。

 そのしわ寄せが同じく劣悪な味で知られる『ポーション類』にも白羽の矢が立てられた訳です。

 素材の入手が容易になった事でやっと種類を増やせると思っていた調薬師さんはさぞや困惑した事でしょう。

 なにせそれらはこの世界で生きてきた住民である先達のレシピにはない、全く新しいものを一から作りあげろと言っている様なものです。

 ただでさえ熟練度不足でHP回復ポーションすら満足に作れない調薬師が多い中、味のせいで在庫を抱える羽目になった道具屋さんは、『旅人』の作るポーションに重すぎる期待を抱いているようでした。

 でもこれはプレイヤーという新しい風を入れたことでの『変化』です。

 あの街もこれまで通りではなく、住民一丸となって生まれ変わろうと頑張っているのかもしれませんね。



 さて、エントランスから予約時間のお知らせをいただきましたのでレストランへ向かいましょう。

 受付で確認を済ませて指定の席に通されます。

 今日のメインはお肉だそうで、私はそれを聞きつけて迷うことなくメニューに追加しました。

 普段の私からは想像もできなかったのか、注文を取りに来たウェイターさんはいつもの完璧な表情を少し崩されていました。眉根のあたりがピクリと動いていましたね。

 普段食べ慣れないものを食べて平気なのかと心配されていたようです。

 お気遣いありがとうございます。

 たしかに私は普段あまり食べる方ではありません。

 ですがあの時ゲーム内で感じた熱気が忘れられず、こうしてリアルで “挑戦” してみようと思ったのです。

 ですのでつい出来心でローストビーフを頼んでしまいました。

 じっくりと表面を焼き目でコーティングされた牛肉のブロックを目の前で薄く切り分けられていきます。

 中はしっとりとレアでそれを2枚ほど皿へ取り分けて頂きました。

 ナイフで切り分けて口に運ぶとさくりと容易に噛み切れました。

 薄く切ってあるとはいえ肉本来の重厚な味わいがピリリとしたソースによって複雑に絡み合いました。

 食欲を掻き立てるような味わいで、ペロリと食べられてしまいました。

 あら、意外とイケますね。

 他にもしっかりと野菜……食物繊維が豊富な根菜サラダ、ミネラルとカロリーをぎゅうと詰めた五穀米と岩塩が練りこまれたヘルシーでサクサクなクロワッサンを少々いただいて、食後にハーブティーで気分を落ち着かせます。

 ふぅ。少し食べすぎてしまったようで胃が苦しいです。


 会計を済ませて部屋に戻ると付けっ放しだったパソコンに一通のメールが届いてました。

 このアドレスは茉莉さんですね。

 彼女は興奮冷めやらぬと言った状態で書き込んだのか、文章に誤字脱字日本語の誤用が多く見受けられました。

 ですが一字一句から熱気や気持ちはしっかりと伝わってきます。

 そういえば強制ログアウトを執行されたプレイヤーは余分に30分のインターバルを挟まなければいけないのでしたね。

 それは最新VR機器であるほど顕著です。そのことについても憤慨していたご様子で、私になんとかしてくれと彼女は頼んで来ます。

 確かに私のお父様はその界隈では権威ですが、お飾り社長の私にそんな権力はないので諦めてくださいと誤字誤用の指摘と共に返信しておきました。

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