~エピローグ~ 廻る星

 雨が降るかもしれないという予報に反して、その日はよく晴れた日だった。


 学校の屋上に上がると、満点の星空が僕たちを迎えてくれた。


 傍らにいた彼女が「きれい」と息をのんだ。


 屋上に寝そべりながら指で星をなぞる。


「今見てるのがベテルギウス、それからシリウス、そしてあれがプロキオン。この三つをつなげると冬の大三角形ができるんだ」


 僕たちから見た星は、眩しいほど光っているのに、手を伸ばしても全然届かない。彼女は「全然届かないね」と残念そうにしていた。


「たとえ手が届かなくても、星はすぐそばにある」

「え?」

「これ父さんの受け売り」


 この言葉は父さんが教えてくれた。星は僕らの手に届かないほど遠くにある。けれど、星の光は時を越えてつながっているという意味らしい。かつて父さんが見た星の光を僕が見ている。そうすることでずっと昔の父さんと繋がることができるのだそうだ。


 それを聞いた僕が父さんはロマンチストだと言うと、母さんはそうかしら? と首をひねっていた。ついでに、上ばかり見てないでたまには前も見てほしい、と愚痴をこぼしていた。その割に嬉しそうにしている姿を見ると、まだまだ関係は良好なようで安心した。


 昔、父さんが話してくれた。とても大事な人とこんなふうに星を眺めていたことを。僕が「彼女?」と尋ねると、父さんは苦笑いしながら「ただの友達だ」と教えてくれた。父さんがその人の話をするたび、懐かしそうな、それでいてちょっと寂しそうな表情をする。きっとその人は父さんにとってかけがえのない人だったんだと思う。


 真っ暗な闇の中で彼女の息遣いだけが聞こえた。こんな静寂の中にいると、ここが天然のプラネタリウムのように思えた。


「流れ星見えるかな」

「なにかお願いしたいことでもあるの?」


 僕が尋ねると彼女は「秘密」と言って教えてくれなかった。


「そういう君は?」

「僕? そうだな……」


 僕は考え込むように目を閉じる。といっても僕の願いはすでに決まっていた。


「また……こうやって星が見たい。君と一緒に」

「……うん」


 彼女が僕の手をそっと握り締める。僕も彼女の手を握り返した。


 ぬくもりがじんわりと伝わってきて、今、繋がっているのだと感じた。


「今度はもっと星が見えるところに行こう。父さんがさすごく星がきれいに見える場所を知ってるんだって」

「楽しみにしてる」


 僕は立ち上がると彼女の手を引く。


「それじゃ行こうか」

「手、離さないでよ。ハカセ」

「その呼び名やめろって言っただろ。僕には宮野翼って名前があるんだからさ」

「いいじゃない。星の博士。だからハカセ」

「……まったくもう」


 僕はやれやれと頭を振る。けれど嫌な気分じゃなかった。


「わたしお腹すいちゃった。帰りに千枝さんところ寄ってこ」

「食べ過ぎると太るよ」

「大丈夫! その分動くから。というわけでいろはまで競争! 負けたほうがおごりってことで!」

「……それに付き合わされる身にもなってくれよ、っておい! それ反則だろ! ちょっと! 紗季!」


 僕は彼女の背を追いかけた。彼女は振り返って笑っていた。


 きっと父さんもこうやって過ごしたのだろう。


 かけがえのない誰かと、大切な時間を。


 星と人はつながっていく。人と人をつなげるように。


 誰かの思いをつなげるように。


 ずっと永遠に。



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ひとなつプラネタリウム ウタノヤロク @alto3156

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