第6話 都会での生活マニュアル



 今から一週間ほど前。田舎から王都へと上京してきた、おのぼりさんのダン。

 市場に並ぶ、田舎ではお目にかかれない食材の数々。若い人達が楽しむ飲食店や洋服店。大人の男しか入ってはいけない、エロい女性が営業する夜の店。見る物全てが初めて見るものばかり。

 ダンの生まれ故郷から最も近い、小さな港町から二週間かけて、貨物船の日雇いの仕事をしながら辿り着いたのは、エクレア王国の王都。


「ふはははは!これが夢にまで見た都会!田舎暮らしでは絶対に知る事のない、ナウなヤングが住む街!そして俺も今日からこの王都で生活を始めるのだ!そう、つまり!このダン様も、ナウなヤングの仲間入り!30cmマグナムのダンと呼ばれた俺様も、今日からナウなヤングの30cmマグナムのダンと呼ばれるのだ!」


 王都に住む若者達は、自身をナウなヤングなどと自称しない。つまり、田舎者丸出しのダン。それでも初めて見る都会に大はしゃぎ。


「ふっふっふっ♪さあて、どうするか?まずは腹ごしらえか?都会でしか味わえない料理に舌鼓を…いや、待て!落ち着け、ナウなヤングの30cmマグナムのダンよ!こんな時の為に、物知りのゴンベーさんから都会でのノウハウを伝授して貰ったのではないのか⁉︎計画的に…そう、この日の為に立ててきた計画を実行しなければ!」


 そう言うとダンはポケットから虎の巻と書かれた手帳を取り出した。


【都会での生活マニュアル、その1…田舎者と感づかれるべからず。都会は怖い所である。人を騙すことが当たり前の世であり、特に世間知らずの田舎者は格好の餌食。まずは身嗜みだしなみを整え、田舎者であることを悟られないようにすること。最近の流行の服で着飾り、余裕があれば香水もつけるように。女の子にモッテモテだ。あとは田舎者にありがちな、物珍しさから辺りをキョロキョロとする行為は、ご法度。田舎者丸出しだ。常に余裕を持って堂々とするべし…】


 読み終えたダンは大きく溜息をついた。


「ふう…危なかった!都会で生きていく上で最も重要な、田舎者と悟られないって事をすっかり忘れていた!あれだけ予習しておいた都会でのノウハウを、一瞬で忘却の彼方へと追いやるなんて…恐るべし、都会!凄いぞ、都会!」


 まずは身嗜みから。そう判断したダンは洋服店にて、ナウなヤングが着そうな服をチョイス。値段は高めだったが後悔はしていない。何故ならダンは、ナウなヤングだから!

 続いて香水。お金に余裕があれば購入するべきなのだが、これもダンは迷わず購入。お金に余裕などあるはずも無いのだが。

 …無駄な買い物。そう思われるかも知れない。しかし、ダンは今、都会にいるのだ。都会なら突然美女が現れて、30cmマグナムに一目惚れし、そして襲いかかってくるかも知れない。そうダンは認識している。

 勿論、そんな事は都会であり得るわけがない。しかし、田舎者のダンはそんな美女に襲われる可能性を、十二分にあり得ると確信していた。それ程までに自身の30cmマグナムに対して、絶大なる信頼を寄せていたからだ。


 全身に満遍なく香水を振りかけるダン。特に30cmマグナムには念入りに振りかける。念入りに振りかける。念入りに振りかける。念入りに…念入りに振りかける。


 あっという間に香水は底をついた。それなりの値段の高級な香水なのに。それでもダンは後悔をしない。自身の30cmマグナムが大きすぎるから、と。むしろ大きすぎるマグナムにニヤニヤと笑う。



 続いてこの王都にて、拠点となる宿屋を探すことに。


【都会での生活マニュアル、その2…安すぎる宿屋は敬遠するべし。睡眠という無防備状態になる場所にて、安すぎる宿屋は盗難の恐れあり。複数人での宿泊でもない限り、もしくは金欠にでもならない限り、安すぎる宿屋は宿泊せずに。一人なら最低限の防犯設備のある宿屋に。女の子と一緒なら、ムードのある部屋を多少無理してでも借りるべし…】


 ダンは結構高めのムード溢れる部屋を借りた。一週間分の料金を前払いで。かなりの額だ。それでもダンは後悔していない。何故ならダンは、30cmマグナムを有している世界一の肉体だと自負しているから。

 街中を歩いていたら、突然美女にナンパされ、部屋に連れ込むことになるかも知れない。そう考えれば多少の出費など、仕方のないことだと思われた。



 次にダンが目指したのは食事。衣食住の絶対に欠かせてはいけない要素だ。


【都会での生活マニュアル、その3…味よりもまず、バランスの良い食事を。都会に来たら、美味しいものが沢山ある。その為、食事に偏りがでる。バランスの良い食事で健康を維持する事は、一人で生活する者にとって必須条件。もし彼女ができたら彼女にバランスの良い手料理を振る舞ってもらい、彼女と外食する時は、お洒落な雰囲気の店を選ぶべし…】


 ダンは迷わずお洒落な雰囲気の飲食店を訪れた。彼女ができる事を全く疑うこともなく、彼女ができた時のことを第一に考え女性客が多い、かつ高めのお洒落なお店をチョイス。

 こういうお洒落な店での飲み食いに慣れておけば、いつ彼女ができても問題は無い。問題は無いのだが…別の問題が浮上してきた。


「ぐぬぬ…お金が無い!何故だ⁉︎コツコツ貯めて、2000 Gゴールド以上所持してたのに!計画的にお金を使ってきたのに!ひょっとして盗難⁉︎いや、使ったお金と残りのお金を計算しても、問題は無い!つまり…物価が高いのか⁉︎」


 都会での買い物は、田舎と比べて物価が違うのは正論だ。だが、ダンの場合はただの無駄遣いだ。

 長いこと、コツコツ貯めたお金も、一日にして散財。気がついた時には所持金が200 Gゴールドにまで減っていた。


「…こうなると、急いで仕事を探さないといけないな。折角、王都に来たのにすぐに仕事とは…トホホ…」


 そう言いながらも手帳を取り出し、マニュアルを確認する。


【都会での生活マニュアル、その4…仕事は飲食店がオススメ。飲食店であれば従業員に賄いが振る舞われることがある。賄いが無くても、破棄する食材を食べることができる。逆に危険な仕事は、貯金が無い時は忌避するべし。怪我をし、収入が無ければ奴隷として売られることもある。まずは食事に困らない環境で貯金をし、そこから自分にあった仕事を探すように…】


 ダンはゴンベーさんの助言に感心した。今の自分にピッタリのアドバイスだ。お金が無く、頼るあてもない田舎者の自分にとって、飲食店での仕事はまさにうってつけ!更に女性客の多い店での労働なら、可愛い女の子からナンパされる可能性もある!

 幸運なことに、ダンは女性客の多い飲食店を既に調査済み。先程食事をしていた女性客の多い飲食店へとUターンし、雇用してもらえるかどうか、聞きに行くのであった。


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