episode 1 夜襲

 終電を見送って数時間は経った地下鉄の入り口。

 夜の静寂が鳴り響く闇路を、右手に銃を携えて街灯に照らされながら従容しょうようと階段を下っていく影が一つ。

 その更に奥、階段下のすぐ右の通路の影にも、跳ね打つ心音を抑え込み、必死に押し殺した呼吸がもう一つ。


 足音と共に段々と近づいてくる人影は言う、

「いつまで逃げるつもりですか?」

 男の言葉が、追い詰められていることを自覚させ、私は息を荒げる。

  男は煽るように、

「他の離反者も、そうやって逃げ回ってたけど…今頃は棺桶の中だろうね。」

「…ッ!」

 怒りや焦り、恐れなどが綯交ないまぜになった感情で私の頭を掻き乱される。


足音が止まった


階段を降りてすぐにある、左右の分岐を警戒しているのだろう。


そのことに気付いた私は、どんどんと思考が鋭くなっていくのを感じた


 そうだ、男は武装しているとは云え、生きている人間だ。迷いはあるし、恐れる感情もある。そして何より、殺せば死ぬ。

 何も今までと変わらないではないか。

 

そこに普通を見出し、勝つための準備を始める。


 持っていたバックを通路の隅に置く。そして、ここに来る途中で拾った小石を右手で掴み、バックとは反対側の通路隅に投げる。


小石の跳ねる音を聞いた男は、再びゆっくりと歩き始める。

 

動きを確認した私は靴を脱ぎ捨てて、更に奥の角にもう一度身を潜める。


出来るだけ無様に敗走しているように見える風に


 これで準備は完了だ





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空は見えれど届かない フォトン @luciferin

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