魔王にだって事情がある
トラック。
そう、俺に必要なのはトラックだった。負け犬として生きてきた俺が一発逆転できるとしたら、トラックに轢かれ異世界転生だか異世界転移だかってヤツに賭けるしかない。
とはいえ自分から道路に跳びこむ度胸や無謀さはない。そういう突き抜けた馬鹿さがあれば逆に負け犬から自力で脱却できるのかもしれないが。
俺は何もアクションを起こせず、異世界だかなんだかいう妄想を頭に満たし現実から逃避するだけの無意味な人生を生きてきた。
妄想で飽和した俺はどうやら注意力散漫だったらしい。けたたましいクラクションとブレーキの音が響き、獰猛な機械が俺に遅いかかろうとしていた。そう、待望のトラックだ。眼前に迫るトラックと運転席の男の硬直した顔が俺が死ぬ間際に見た最後の光景だった。
※ ※ ※
白い世界
ここはどこだ?
「はじめまして、私は女神」
背後から美しい声がする。これはいわゆるあれか……。俺が妄想の中で繰り返してきた女神との対面ってヤツか。
振り返ると俺の妄想以上に美しい女神(あるいは自称女神)が立っていた。
「あなたの人生を閲覧しましたがこのまま終わるのはあまりにも気の毒です。トラックに轢かれて死んだ者だけに与えられる特典です。あなたを異世界に転移させましょう。その地ではあなたの潜在能力のすべてが開放されます」
待ってました。そうこなくっちゃ。
※ ※ ※
目を開けると、心配そうに俺の顔を覗き込む金髪碧眼の美しい女性の顔があった。他にも中世ヨーロッパ風の衣服の村人らしき数人が俺を見下ろしている。
「ここはどこだ」
「気がついたのね。あなた、見かけない顔だけど旅人なの?」
テレパシーなのかどうかわからないが予想通り会話ができる。言語問題は気にしなくていいようだ。
俺は奇妙なオレンジ色の草原に横たわっていた。
ここが異世界か。俺はここで第二の人生、勇者をはじめるんだ。今度は負け犬なんかじゃない。
と、視界の片隅に何かゼリー状のものがうごめいていることに気がつく。おなじみのスライムってモンスターだ。ちょうどいい。腕試しに倒してやる。
立ち上がると、スライムに蹴りを入れた。スライムはあっけなく消滅する。この程度か。物足りなすぎる。
俺は賞賛の声を期待して村人たちのほうを見た。だが、予想外の反応が帰ってきた。
「なんて可哀想なことをするの? こんな可愛い小動物を虐待するなんて」
「えっ?」
どういうことだ。
「あんたみたいな人はこの村には居ついてもらいたくない。通報はしないからとっとと立ち去ってくれ」
老人が厳しい顔つきで吐き捨てた。
「ちょっと待ってくれ。俺はただモンスターを退治しただけだ。せっかくお前たちを助けたのに恩知らずにも程が……」
言いかけて言葉を詰まらせた。村人たちの背後から近づいてくるのは大型モンスターだ。オークとか呼ばれるタイプだ。いくら恩知らずとはいえ見てみぬふりをするわけにはいかない。
「お前ら逃げろ。ここは俺に任せるんだ!」
村人たちはきょとんとしている。何なんだこいつらは。
仕方がない。オークが襲いかかる前に俺が仕留めてやる。俺はオークの元に駆け寄った。
「おやおや、みかけない顔ですな。どなたですか?」
オークが笑顔で話しかけてくる。油断させようってわけか。その手に乗るか。
「俺は勇者だ! お前を殺す!」
唖然としたオークの顔面に右ストレート。続けて腹にキックをお見舞いした。
「ちょっとちょっと、何なんですか、あなたは?」
へたりこんだオークにとどめを刺そうとしたとき、さっきの女性が割り込んできた。
「どうしてこんなことするの? ユシアールさんが死んでしまうじゃない!」
「え?」
彼女はユシアールさんとかいうオークを抱きかかえ涙を流し俺を睨みつける。
もしかして、この世界ではモンスターと人間が共存共栄してるのか。いや、もしかしなくてもそうだよな。下手したらこの女の子とユシアールとかいうオークは相思相愛だったりするかもしれない。
とんでもない世界に転移してしまったようだ。こんな世界でチートでも無意味じゃないか。逆に俺がモンスター扱いされちまう。
気まずい……。
まるで部屋で矢沢永吉になりきって熱唱してるのを母親に見られたときのように気まずい。
気まずさをごまかすために俺は高笑いをした。
「愚かなものどもよ、我こそはこの世界を破壊するために降臨した魔王デスメタラーなるぞ。今回だけはお前の蛮勇に免じて見逃してやろう。次会ったときは死あるのみ!」
高笑いしながら去って行く。
色んな意味で怖がっている村人たちの視線が痛い。
もう一度、死んで異世界転移したいところだが、女神によると転移はトラックに轢かれた者だけへの特典だ。この世界にはおそらくトラックはない。
こういう次第で、俺……いや我デスメタラーは魔王としての道を歩みはじめたのであるぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます