第263話 今はまだ
翌日。再びIMFに来た日向達は、上階にある会議室を貸し切っていた。
今日はリリアーヌと今後の方針について話し合うが、生憎彼女は世界指名手配されているため、紅水晶玉からのいわゆるリモート参加になる。
外側の壁がガラス張りになっている会議室で、陽達を待っている間、ふと心菜と樹の方を見る。
普段なら緊張でじっとしている二人が、今日はいつもと違う様子だった。目の下には普段にはあまりない隈が薄らと浮かんでおり、何度も欠伸を噛み殺す。
しかも樹は瞼を閉じれはすぐに眠り、その数秒後に
これには日向だけでなく他の二人も心配になり、悠護が恐る恐る声をかけた。
「樹、大丈夫か?」
「ん……うぅん、ダイジョーブ……」
「全然大丈夫には見えんぞ。寝不足か?」
「うんん……そんなカンジだな~……、これ終わったらちゃんと寝るから安心しとけー……」
必死に目を擦り、ブラックコーヒー(アイス)を一気飲みする樹に、二人は顔を見合わせるもこれ以上は聞きだせないと思い、何も言わなくなった。
それは心菜も同じのようで。
「心菜、眠そうだけどどうしたの? 顔色も悪いし……」
「……ううん、なんでもないの。心配しないで」
へにゃりと弱々しく微笑む心菜を見て、日向もそれ以上口を開くことができなくなる。
微妙な空気になっていると、会議室のドアが開いて、大人組が入室する。
「全員揃っとるみらいやなー……って、なんやねん、この空気」
「何? 喧嘩?」
「……少し席を空けるか?」
「う、ううん! 大丈夫! 始めちゃって!」
空気を読んで退室しようとする三人を制止し、なんとか会議室に入らせた日向。
三人は顔を見合わせるも、すぐにため息を吐いて話を切り出した。
「んじゃ、これから共同作戦について話し合うで。ちなみに言うとくけど、これは非公式や。作戦内容は他言無用でよろしゅうな」
非公式……わざわざ陽が前置きとしてこの名を口にしたということは、一応上の許可は得られたが公にしないこととIMF側のサポートを借りないのを条件に出されたのだろう。
まあ、非常事態とはいえ本来捕まえるはずの危険な魔導犯罪組織と手を組んだのだ。これくらいの制限はあっても当然だ。
「ワイらの目的は『ノヴァエ・テッラエ』の壊滅、『
「元『レベリス』の本拠地、か。作った本人がいるんだし、居場所くらい分かるんじゃない?」
「そうしたいのは山々だが、フィリエのせいで拠点の所有権を丸ごと盗られている。追跡はほぼ不可能だと考えてくれ」
通常、異位相空間は作った術者のみ居場所を感知できるが、フィリエはその製作者の情報を丸ごとカロンに変えてしまったため、元所有者であるカロンですらその位置を感知することはできない。
……念のために言っておくが、異位相空間を乗っ取るなど普通はできない。空間干渉魔法の申し子である陽も本気を出せばできるかもしれないが、基本はやらないことだ。
「んじゃ、地道に探すしかないってか? 無理じゃね?」
「いや、その必要は無いだろう。向こうから出てくるはずだ」
「? 随分とはっきり言うね。理由でもあるの?」
樹が頭を抱えようとしたが、ギルベルトが先に否定する。
あまりにはっきりと言われたため、怜哉は疑念に満ちた眼差しを向けた。
「……ああ。先ほど烏羽志紀の個人情報を見たのだが、あやつの誕生日は一〇月三一日。前世でカロンが生まれた同じ日だ。もしあの呪いが発動するなら、その日だ」
ギルベルトの言葉に、日向は七月を思い出す。
カロンの肉体に刻まれた、黒紫色の痣。あれが呪いの浸食度を表し、全身が駆け巡った時は彼の死が決定付けられる。
まさか前世と同じ誕生日だとは思わなかったが。
「つまり……一〇月三一日の午前〇時〇分〇秒〇〇になれば、カロンは死ぬってこと?」
「可能性としては低くはない。だが、その時刻きっかりに呪いが発動するかは不明だが」
「……多分、発動すると思う。彼が二七歳に迎えたらすぐ死ぬよう、呪ったから」
今でも思い出す。
あの時、激情に駆られて呪いをかけた日にことを。
後悔はしていない。
だけど、あの選択が正しいかと問われれば自信はない。
静かに無言になる日向を見て、各々が察してくれたおかげで追及しなかった。
『……ねぇえ、いつまでしみったれてるつもり? 早く話を進めなさいよぉ』
「あ、ああ。スマンかった」
リリアーヌの声を聞いて、日向は今更彼女がカロンについて何も知らないことに気付く。
いくら敵だっとはいえ、今は協力関係にある。情報の共有は大事だ。
日向の意図を察したのか、陽はやや苦い顔をしながら言った。
「……安心しぃ。彼女はカロンのこともワイらのことも全部話しとる。ま、もちろん漏らしたら即処刑やけどな」
『ふふっ、そういうことよぉ。……それにしても、わたくし達の始祖である四大魔導士が全員揃っているなんて、とっても不思議ねぇ』
くすくすと紅水晶玉越しから笑い声が聞こえてきた。
さすがの陽も本当は話したくなかったのだろうが、今回ばかりは離せざるを得ないと思ったのだろう。
後々、この情報が他国に漏れないか心配になりながらも、用意されていたミネラルウォーターを飲んだ。
「えーっと、じゃあ俺達は何したらいいんだ?」
「ひとまずは各自戦力強化をしたらいいだろう。向こうから動きがない限り、私達は何もできない」
『そうねぇ……捕虜を確保できても、すぐ自害しちゃうからね。正直、面倒だわ』
「つまり……現時点で何もできないってことか」
「せやな。ま、今回は方針が確定しただけええやろ。何人か体調悪い子もおるみたいやし、今日はこの辺にしとくか」
陽の提案に誰も否定することはなく、話はそれで終わり、各自そのまま解散となった。
☆★☆★☆
「……樹達、なんか隠してるよな」
「うん」
IMFを出て、日向と悠護は近場のファミレスに来ていた。
各自で魔導犯罪が発生し、政府は飲食店の夜営業短縮を要請した。魔導犯罪者が営業中の飲食店を襲う可能性がある以上、この処置は的確だ。
現に店内ではランチタイムだというのに人数は少なく、出入り口の貼り紙には『しばらくの間、営業時間を19時まで短縮いたします』と書かれていた。
「きっと俺らと違って、人を殺すことができないことを気にしてるかもな」
「意外と真面目で頑固だしね」
自分達と違い、心菜と樹は
本当ならカロンとの問題に関わらせたくなかったが、あの二人はそれすら気にせず一緒に行動を共にしている。
前世のことを知ってもなお、普段と変わらず接してくれる二人には、日向だけでなく悠護もギルベルトも陽も感謝している。
「あの二人が話さないんじゃ無理に聞かねぇけどよ……なんかもどかしいな」
「でも、いつかちゃんと話してくれるよ」
「……そうだな」
カロンが動かない以上、日向達にできることは少ない。
現時点でできることは、何時攻撃が来てもいいように準備に備えておくことだけ。
何もできないもどかしさを感じて、日向はサラダのプチトマトをフォークでコロコロ転がした。
「……さて、お前達の隠し事、きっちり吐いてもらうぞ」
同時刻、ギルベルトはそそくさと帰ろうとした心菜と樹を捕まえ、ホテルの一階にある喫茶店に連れて行った。
このホテルの喫茶店は一昔前の内装をしており、現代のガジュアルな服装ではやや目立つ。しかし昔ながらのケーキと、イギリスとイタリアに留学し修業を積んだマスターの紅茶とコーヒーの味は絶品で、ギルベルトも食後のデザートは最上階のレストランではなくここで取るほどだ。
ギルベルトが頼んだのはティータイムセット。
本場に則り、ケーキスタンドには軽食、スコーン、ケーキと下から順に置かれている。
気まずそうにする二人を見ながら、ギルベルトは紅茶を一口飲んだ。
「たった一日経っただけで、そこまで目に見えるほど疲労することをしたな? 一体何をした?」
「それは……」
「…………」
ギルベルトが鋭く睨みつけると、心菜は言葉を濁し、樹はそっぽを向きながらスコーンに齧りつく。
絶対に何かを隠している二人を見て、ギルベルトは無言でじっと見つめる。
物心ついた頃から王族として魑魅魍魎に近い薄汚い大人の相手をしてきたため、相手の変化を見つけることができる。
最初に気付く変化は、格好だ。
良家の心菜はもちろん、意外としっかりしている樹の髪と服はいつも寝癖もシワもない。しかし、今日に限っては髪の梳き具合は甘く、服も急いで選んだのか少しだけヨレヨレになっている。
目の下には隈が目視でき、眠気があるのか何度か瞼が閉じかけていた。
(この二人のことだ、恐らくオレ達に秘密で何かをしているな)
二人が人を殺せないことを気にしているのは気付いている。
だが、殺生など他人が強要するものでも、絶対にする必要があるものではない。
たとえそう伝えても、心菜も樹も理解できても納得はしないだろう。
心菜も樹も決めたことは頑なに譲らない。
ここでギルベルトが問い詰めても、日向と悠護に話さないのは目に見えている。
「……言いたくないなら、言わなくていい。誰にだって秘密の一つくらい抱えていてもおかしくはない」
「「え?」」
「なんだ、その反応は。まさかこのオレが尋問でもするとでも思ったのか?」
「あ……うん、まぁちょっとは……」
「オレも空気くらい読める。今日のところは勘弁してやるが、時期が来たら話してもらうぞ。ほら、さっさと食べろ。ここは茶も菓子も絶品だぞ」
これで話を終了させ、ギルベルトはチーズケーキを取って食べ始める。
無言でケーキを食べる彼に、心菜と樹は顔を見合わせる。
正直なところ、ギルベルトなら王族オーラを出して尋問してくることを想定していた。
王子としての聡明な頭脳を持ち、全てを平等に見渡すガーネット色の双眸で見つめられると、自分達がその迫力に押し負けて包み隠さず話してしまう。
だが、ギルベルトはあえてそうしなかった。
メンバーの中で中立の立ち位置にいて、常に互いにとって納得のいく言葉をくれる。
その彼が絶好の機会に問い詰めなかったのは、ひとえに友としての情があったからだ。
『親しき中にも礼儀あり』という言葉があるように、誰にだって話したくないことはある。ギルベルトは、それを理解した上で話を中断させたのだ。
王子からの気遣いに、二人は顔を見合わせ苦笑する。
そのままギルベルトに倣って、ケーキスタンドから自分の好きなケーキを取り、そのまま一口食べる。
「ん、結構イケるな」
「本当だね。このタルト、すごく美味しい」
「気に入ってもらえてなによりだ。……そうだ、今から日向と悠護も呼ぶか」
「ああ、いいぜ」
いつものように感想を言い合いながら、三人は笑い合う。
話したいことも、聞きたいこともたくさんある。
だけど、今はまだこの時間を少しでも楽しみたかった。
ギルベルトの連絡を受けて、急いでやってきた日向と悠護は学園にいた時とように和気藹々とする三人を見て、目だけ合わせるとそのままくすくすと笑う。
そして、いつものお昼時のように五人は一つのテーブルを囲みながら、束の間のティータイムを楽しむ。
その光景を、カウンターでコーヒーを入れていたマスターは、微笑ましそうに見つめながら口元を緩めるのだった。
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