Epilogue 【時間の支配者】は新たな物語を渇望する

「――かくして、黒宮家は墨守家からの脅威に打ち勝ち、無魔法の使い手の少女は黒の魔導士の未来の生涯の伴侶になれました。めでたしめでたし……っていうのがこの事件の結末でいいのかな?」

「勝手に芝居みたいに扱うなや。あとワイはまだ認めへんからな、日向が黒宮のお嫁さんになるのは」

「ははっ、さっすがシスコン! 【五星】の異名も台無しだ」


 聖天学園本校舎地下五階のセキュリティルームでは、管理者は丸テーブルの上に置かれた料理に舌鼓を打ちながら、「認めへん……お兄ちゃんは絶対認めへん……」とブツブツ言った陽のことをケラケラ笑っていた。

 皿の上には本校舎の食堂のおばちゃんに頼んで作らせて貰ったA5ランクの黒毛和牛のステーキと一緒に付け合わせでマッシュポテト、にんじんグラッセ、アシパラガスのバター炒めが添えられている。


 分厚く切られた肉にかかっているソースは和風わさび醤油ソースで、わさびのピリ辛さが肉の味をさらに引き立てている。

 管理者は肉の断面から溢れた肉汁が混じったソースを四等分にした丸パンの一つにつけて頬張りながら、左手出来ボードを操作する。


「それにしても、まさか海外から魔導犯罪者を連れてくるのは予想外だったなぁ。それだけ向こうも本気だったってわけだ」

「……せやなぁ、『七色家』の名は墨守にとってそんだけ価値あるモンやったんやろ。今となっては無駄骨やけど」

「だねー」


 陽と同意見なのか、スープカップに入っているオニオンコンソメスープを呑みながら管理者はクスクスと笑う。

 管理者の前にある巨大ディスプレイには世界各国の国際魔導士連盟本部・支部が所有している情報が載っているウインドウが数十個も表示されており、それを管理者のアバターである銀コウモリがパタパタと羽を動かしながらセキュリティを破り、各国首脳しか知らないはずの情報を入手している。


 傍から見れば犯罪行為だが、管理者にはその許可を政府から貰っているため問題ないのだ。

 聖天学園は世界各国から選ばれた優秀な魔導士候補生が一箇所に集まっている。

 国籍問わず優秀な魔導士を手に入れるために、学園の決まりを破ってでも非合法的に手に入れようとする輩から守るために、凄腕のハッカーがいち早く情報を入手し、それを学園側および日本支部に伝えることで、教師として勤める選りすぐりの魔導士が事態を未然に防ぐという防衛システムがある。


 学園設立当初はなかったシステムだが、そのシステム発案者である管理者の登場によって学園側の被害は例年減少している。

 あまり認めたくないが、学園がこんなに平和なのは全てこの男の力のおかげというわけだ。


「ところでさあ」

「なんや?」

「君はなんで知ってたの? 無魔法の秘密」


 無魔法という単語に陽がピクリと眉を動かし管理者を見ると、彼はメタルフレームの奥にある黒い瞳をギラギラと獰猛に光らせており、瞳からは『言い逃れするな』という重圧を感じた。


「……いきなりなんや」

「とぼけないでよ。無魔法は今の研究者達さえも解明出来ていない部分が多い魔法なんだ。それを何故、?」


 管理者の言葉に、陽は国道16号の下水道でのことを思い出した。

 右藤を眠らせて無力化した時、まるでタイミングを計ったかのように彼から着信があった。あの時にすでにお得意のハッキングで盗み聞ぎしていたと考えれば、すんなりと納得できる。


 ――だが、


 陽は管理者の足元に魔法陣を生み出すと、そこから愛用の棒を出現させる。棒の先には普段は取り外しできる穂先がついており、鈍色に輝くそれが管理者の首の皮ギリギリに迫る。

 だが管理者も陽と同じタイミングで動いていた。陽の喉元に長針を模した剣が迫っており、彼の背後には管理者が契約している顔が時計になっている紳士姿の魔物――クロノスが宙に浮いていた。


 トップの周りに歯車がついたシルクハットをかぶり、黒の燕尾服はピッシリと乱れ一つなく着こなすその魔物は、顔の時計の針をチクタク、チクタクと動かしながら剣の刃を少しずつ陽の喉元へ食い込ませていく。

 刃が触れた先から血が流れだすも、陽は平然としかし感情が読み取れない顔のままだ。それを見た管理者は黒い瞳を細めるとクスクスと妖艶に笑う。


「さすがやな。こんなところで引きこもっているんがもったいないほどやで、【時間の支配者テムプス・プリンケプス】」

「そっちこそ相変わらずすごい魔法の腕だね。僕じゃなかったら死んでいたよ、【五星】」


 管理者は首の動脈あたりに槍の刃が一ミリほど食い込んでいて、血を流しても陽と同じく平然としており、セキュリティルームの中は緊迫した空気が充満しつつある。

 だが二人は同時にため息を吐くと、陽は槍と魔法陣、管理者は魔物を消した。


「あーやめややめ、ここであんたを口封じで殺してもうたら学園のセキュリティがダメになる」

「そうだねー、僕も君を殺すとなると無傷で済まないらやめとくよ。痛いのは嫌いだしね」


 それぞれ個人的な感想を言いながら、自身が傷ついた部分に指を当てる。

 指先から魔力が灯り、そのまま横へ動かすと傷跡は流れていた血と共に消える。


「……とにかく、あのことはまだ話すワケにはいかん。その間黙っとると助かるわ」

「んー、僕としては気になるけど……豊崎くんとは今後とも上手くやっていきたいからいいよー」


 管理者自身としてはすぐさま陽を捕まえ、彼さえも耐え切れないほどの拷問などで吐かせて真実を聞きたいが、すでに過去の遺物扱いの自分の実力では力負けする可能性が高い。

 そもそも距離も質量も限度があるはずの空間干渉魔法を、まるで自身の手足のように無制限で扱える化け物の相手なんて圧倒的に不利だ。


 少なくとも上手くいかない人生だなー、と他人事のように考えるほどには。


「おおきにな。お礼に今度あんたが好きなマカロン買って来てやるわ」

「マカロン!? なら僕はやっぱり『パティスリー・エデン』のヤツがいいなぁ! あのフレーバーと生地が調和し過ぎているのに、何度食べても飽きないほど最高なんだよッ!」

「はいはい、わぁったわぁった。次会う時に楽しみにしとき」


 目を輝かせながらお気に入りのマカロンについて語る管理者の言葉を遮って、陽はやれやれと肩を竦めながらセキュリティルームを出て行く。

 陽がいなくなり静まり返った部屋で、管理者はすっかり冷めてしまったステーキを食べながら口元を歪ませる。


「ふふふ……本当に面白いなぁあの兄妹は。実に飽きないよ」


 世界最強の魔導士の一人である兄と、世界唯一の無魔法の使い手である妹。他の魔導士とは一線を越える二人に対する興味は尽きない。

 特に妹の方は長い時間、情報と知識を貪欲に求め続けた管理者にとっては絶好の観察対象であり、最高の役者だ。


 奇跡と波乱の星の元で生まれた少女が演じる物語を見ていたい。

 その物語に先にある、予想もできない結末も。


「ああ、ああ、楽しみだなぁ、楽しみだなぁ! この少女の周りで次はどんなことが起こるんだろう。喜劇? それとも悲劇? いいや、そんなことはどうでもいい! 彼女が紡ぐ物語なら僕はどんなものでも構わない!! 特等席で見られるだけ僕は世界で一番の贅沢者なんだからさッ!! ……君もそう思うだろ、クロノス?」


 愉悦と興奮で頬を紅潮させながら歪んだ笑みを浮かべる管理者は、いつの間にか自身の左隣に現れた魔物に問いかける。

 クロノスは何も言わず、ただ顔の針をチクタク、チクタクと規則正しく鳴らすだけだった。

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