第8話 特訓

 豊崎日向。

 東京都内で暮らす、数ヶ月まではなんの変哲もないただの普通の女の子。

 父と母は一般家庭で生まれた魔導士で、兄も両親の魔導士としての才能を受け継いだ。


 なのに妹の彼女にはその才能は一切なく、魔法を使える両親と兄のことは羨ましかったが、別になくても困らなかったからそこまで悲嘆していなかった。

 父は魔導犯罪課の職員、母は慈善活動を主にする部署に配属されていて、出世にも名声にも興味がない両親を周りは変人呼ばわりしたけど、日向にとってはかっこいい正義のヒーローそのものだった。


 そんな両親が交通事故で死んだと知らされた時、日向はショックで茫然自失のまま、その後連れて行かれた病院の霊安室で物言わぬ両親、そして葬式で飾られている遺影を見つめることしかできなかった。

 喪中はひどく塞ぎこんで部屋に篭もり、食事もできなかったけど陽のおかげでなんとか持ち直し、聖天学園に入学した兄の代わりに家を守った。


 一人しかいない家は静かで、両親がいないという事実を何度も突きつけられて泣いたけど、近所のおばちゃんの力を借りてなんとかやっていった。

 小学校に上がり、ボランティアを知った日向は両親のように慈善活動をするようになった。


 単純に親の背を見て育ったというのもあったが、物心ついた頃から抱く〝何かになりたい〟という渇望を叶えようとしていただけかもしれない。

 でも、日向のその行動は周囲に認められるも中には『点数稼ぎ』と言ってバカにしたり、虐めてくる子もいた。


 水をかけられても、物を隠されても、陰口を叩かれても、日向は逃げなかった。

 ……いいや、正確に言えば逃げたくなかった。

 ここで逃げたら自分がしたことは無駄になって、あの渇望を叶えることもできなくなると思ったから。


 だからこそ――あの日、魔導士崩れに撃たれた時はおしまいだと思った。

 脇腹から流れる血のあたたかさが現実だと教え、全身が痛みで悲鳴を上げる。

 痛い。苦しい。熱い。

 あの時の日向は、それしか感じることしかできなかった。


 でも再び銃口を向けられた時、このまま死ぬことへの恐怖が一気に襲いかかった。

 嫌だ。死にたくない。誰か。助けて。

 なんの力のない小娘の無様な声なき命乞いは、魔導士としての覚醒と共に叶った。


 でも、その後が大変だった。

 事件の後処理はともかく、日向が後天的覚醒者かつ無魔法が使えるということはIMFの職員すら驚愕し、保護という名目で聖天学園に入学させられ、やむを得ず志望校を諦めるしかなかった。

 怪我の治療と魔力が比較的安定するまでの間、日向は思った。


 これは、何かの思し召しではないかと。

 自分がずっと抱いていたあの渇望を叶えられるのではないかと。

 そう考えると、不思議とこの先の未来への恐怖も和らいだ。


 たとえきっかけが予想外だったとしても、たくさん努力して、頑張ろうと決めた。

 なのに……ああ、自分はまたやってしまった。

 誰も傷つけたくないのに、よりにもよって彼を傷つけてしまった。


 傷つけたくないと願うのに、どうしてこうなるの……?

 己の行為にショックを受け、悲愴感に打ちひしがれて項垂れていた。


『それは――あなたが忘れているからよ』


 その時だ。

 耳元で、聞き覚えのある声が囁いた。



☆★☆★☆



「……っ!?」


 体に電気が走ったかのように痙攣し、上半身を思いきり起き上がらせる。

 荒い息を吐き、じっとりとした汗が額から頬を伝っていく。しばらくすると息が落ち着て行き、何度も深呼吸する。

 一瞬どこか分からなかったけど、ここが病室なのはすぐに気づいた。


「なんか……怖い夢見たな……」


 内容は目覚めた時に曖昧になったからあまり覚えてないけど、耳元で囁かれた言葉は覚えている。


『それは――あなたが忘れているからよ』


 あの時、姿なき声の持ち主はそう言っていた。

 悲しげに、辛そうに、思い出して欲しいという気持ちが伝わる声で。


(忘れてる? 何を?)


 そう言われるといくつか思い当たるところがある。

 日向には、両親を亡くなった時期の記憶がない。正確に言えば両親が亡くなる直前とその前の記憶がないのだ。それ以降の記憶はあるのだが、そこがまるで虫に食われたみたいに所々なくなっていた。

 小学校の頃に図工の授業の宿題で『家族との思い出』というお題で絵を描いて欲しいと言われたが、その時に両親との記憶を思い出そうとした時にひどい頭痛に襲われ、思い出すことができなかった。


 結局宿題は陽と一緒にスーパーの上にある小さい遊園地で遊んだ時のことを描いて提出したが、それでも写真以外の記憶の中の両親を思い出したいとわがままを言った日向に陽が都内でも有名な病院に連れてくれた。

 診断の結果、日向の記憶の欠落の原因は心因によるもの―――当時に起きた経験によって精神が激しいショックを受けたことによって記憶を失ったのだと医師は話した。


 思い出そうとした時に感じる頭痛のその後遺症によるものだと言われた時、不思議と納得したことを覚えている。


「あたし……何を忘れたんだろう……?」


 というか、そもそもどうして自分は病室にいるんだ?

 思い出そうとするとズキズキと痛み始める頭に顔を顰めてながら、完治して痕のない左脇腹を服越しから撫でていると、ドアの方から控えめなノックが二回聞こえてきた。


「はい?」

「私なんだけど……入ってもいいかな?」

「どうぞ」


 入室許可を貰うとすぐ心菜が入ってくる。彼女は細い腕で持つには重いだろう二人分の通学鞄の他に、大きなバスケットと布バッグを持っていた。


「日向、体の具合はどう? 大丈夫?」

「えっと、どういうこと?」

「覚えてないの? 昨日の魔法実技の授業で日向の様子がおかしくなったの。でも、豊崎先生がみんなを訓練場に追い出しちゃったからよく分からなかったけど……先生が言うにはちょっと魔力が暴走したんだって言ってた」


 昨日の魔法実技。様子がおかしくなった。魔力が暴走――上二つはさておき、最後の情報は陽が流した嘘だということはさすがに気づいた。

 それに関しては感謝しているけど、日向の心の中は穏やかではなかった。


(また……やってしまった)


 また自分の力を抑えられなかった。もしかして誰かを傷つけたのかと思って、日向は震える片手をもう片方の手で抑えながら心菜に訊く。


「その時さ……誰か、あたしのそばにいた……?」

「えっと……豊崎先生と悠護くんがいたよ。悠護くんの方は魔力切れで病院にいたけど、昨日の夜には帰ってきたんだ」

「そっか……」


 陽はともかく悠護がいたということは、きっと自分のことも聞いているに違いない。

 ちゃんと自分の口から伝えようと思ってたのにな……、と思わずため息を吐いた日向に、心菜は優しい笑みを浮かべて言った。


「……日向、昨日悠護くんが言ってたよ。『あいつには自分でも荷が重い問題を抱えてる。多分、俺達でも解決できるかどうか分からねぇけど……あいつのために力を貸してくれないか?』って」

「え……」


 心菜から聞かされた言葉に思わず目が点となる。


(悠護がそんなことを言ったの? どうして?)


 内心戸惑っていると、心菜は笑みを浮かべたまま日向の頭を撫でる。

 優しいその手つきに、かつて母がこうして撫でてくれたことを思い出した。


「私も悠護くんみたいにちゃんと日向のことを理解してないかもしれないけど……でも悩みがあるならいつでも相談しても大丈夫だよ。私も樹くんもそれくらいなら力になれるからさ」

「心菜……」


 彼女の名前を呼ぶ日向に心菜は着替えが入った布バックと通学鞄を押し付けるように渡してきた。


「それじゃあ私はそろそろ行くけど、日向も早く着替えないとまた遅刻しちゃうよ」

「あ、うん」

「じゃあ後でね」


 何も言えずそのまま病室を出て行く心菜の背中を見送った後、布バックの中に入っていた日向の制服を見て、思わず目頭を熱くさせながら小さく呟いた。


「……ありがとう、心菜」



 制服に着替え学校に行くとクラスは変わりなく、昨日の授業は陽が心菜に言った通りの内容を伝えているためあまり騒がれなかった。

 出席を取りに来た陽も相変わらずだった。昨日一昨日絡んで来た少女達も遠野さんも何も話しかけてこなくて、少し安堵しながらも時間は流れていく。


 特に何も起きないまま平穏な時間が流れ、お昼休みになった。

 今日は日向の件で話があるということで、お昼は食堂ではなく人があまり少ない屋上で取ることになった。

 基本お弁当を持参する生徒は少なく、大半は食堂で済ましている。そのせいか中央に不自然な形をした人口芝生が敷かれた屋上は誰もおらず、内緒話するならうってつけだった。


 今朝、心菜が持っていたバスケットには石の床に敷くカラフルな水玉のレジャーシートとお弁当が入っており、籠でできたそれを開けると中に入っていたのは四種類のサンドイッチとおかずだ。

 サンドイッチはBLDサンド、タマゴサンド、鶏の照り焼きサンド、サバサンド。おかずは鶏の唐揚げ、玉子焼き、黄色いパプリカのマリネ、ポテトサラダ。彩りとして塩で味付けした茹でたブロッコリーとカリフラワー、プチトマトのおかげで華やかに見える。


 しかもデザートはイチゴにカットされたキウイとパイナップルが別のタッパーに入っている。さらには麦茶が入った大き目な水筒と人数分のプラスチックのコップ、そしておしぼりもあるという万全さだ。

 もはや良妻賢母の鑑である心菜の手作りお弁当に舌鼓を打ちながら、日向はここにいる友人達にちゃんと話した。


 どういう経緯で魔導士の力に目覚めたこと。無魔法というIMFからも危険視されている魔法を持っていること。そして、その力は日向でも制御できない代物であること。

 途中で喉が乾で何度も麦茶を飲んだけれど、すでに聞いた悠護も含めて二人は真剣に話を聞いてくれた。

 全てを話し終えると、樹は麦茶が入ったコップを持って一口飲む。


「そっか……結構苦労したんだな」

「……うん」

「でも、ちゃんと話してくえてありがとな。俺にできることならなんでも手伝うぜ」

「私もできる限り協力するよ」


 笑顔でそう言った二人は、太陽より眩しい笑顔を浮かべていた。

 それを見て、日向が胸に抱いたのは感謝でも恩義でもない―――純粋な疑問だった。


「……で?」

「え?」

「なんで、そんなに優しくしてくれるの?」


 思わず出た言葉。それを聞いてみんなはきょとんとするが、口は勝手に動き出す。

 やめて、言わないで、と心の中で叫ぶ声を無視して。


「あたし達、まだ会って一週間どころか数日しか経ってないんだよ? なのに……どうしてあたしのことを気遣ってくれるの? どうして……そんなこと言ってくれるの……?」


 今までいた周りには、日向に対して気に入らないという感情を持っている子もいれば、ちゃんと理解してくれて仲良くなった子もいる。

 時間をかけて仲良くなったその子達の中には一緒にボランティアに参加してくれる子もいれば、ご飯に誘ってくれる子もいた。

 日向が魔導士になった時も心配してくれたり、見物しに来た他の生徒達にあまりジロジロ見ないよう注意もしてくれて、ちゃんと「ありがとう」と毎日のように言っていた。


 でも、悠護達は違う。まだ会ってそんなに時間も経っていないのに、こんなに助けてくれる。こんなにも心配してくれる。こんなにも優しくしてくれる。

 嬉しいのは確かだ。でもそれ以上に申しわけなさが強くなる。自分の問題に巻き込ませてしまった彼らに……。


(……どうしよう、なんて言えばいいのか分からない……)


 せっかくの雰囲気を壊してしまった日向は本当なら謝罪の言葉を言ったのが正解だが、この時ばかりは頭の中がぐちゃぐちゃになって言葉が出なかった。

 呼吸を求める魚みたいに口をパクパクする日向の額に、小さくも鋭い痛みが走る。バチン、と音もなった。


「あうっ」


 思わず声を出して額を押さえると、目の前には呆れ顔の悠護がいた。

 彼の右手が上がっていることと額の痛みを考えると、彼がデコピンをしたのだようやく理解した。

 頭にハテナマークを浮かべながらぽかんとする日向に悠護がため息交じりに言った。


「バカ、時間とかそういうのは関係ねーんだよ。俺達は単純にお前の力になりたいんだ。俺はパートナーとして、心菜と樹は友達として、日向を助けたいんだ。ただそれだけなんだ、変に考えるんじゃねぇよ」


 わしゃわしゃと日向の頭を撫でる悠護。その後ろで心菜と樹が笑っている。


「悠護の言った通りだぜ。俺達は友達を助けたいだけだ、それくらい当然だろ?」

「そうだよ。日向だけじゃ解決できないなら私達もその手助けだってできるよ。日向はもう一人じゃないんだから」


 日向はもう一人じゃない。その言葉に次第に目頭が熱くなるのを感じた。

 両親を亡くし、陽が聖天学園に入学してから、日向は一人でなんでもできるように頑張ってきた。料理も、掃除も、洗濯も、買い物も、時に手を貸しながらも一人でやってきた。

 けど、それは違った。日向は単純に『一人でできるようになる』ことに囚われていた。


 往来の負けず嫌いが変な意地を出して、ただ同情しているだけだと思って誰の手を借りず、ずっと一人でできるのだと思い込んでいた。

 だけど、もう違う。日向は一人じゃない。笑顔で手を差し伸べくれる人達がいる。

 自分でもどうにもできないことを一緒に考えてくれる。悩んでいる時に相談に乗ってくれる。それが必死に我慢しないと涙が出そうになるほど嬉しいのだと、ようやく気づいた。


「日向?」


 名前を呼んでくれるのは、自分の運命の相手だというパートナーの少年。

 その声に目の縁に浮かんでいた涙を手で拭い、笑顔を向ける。

 日向を『友達』だと呼んでくれた者達に。


「……あたし、もしかしたらいっぱい迷惑かけると思う。だけどみんながよかったら、どうか力を貸して欲しい。あたしを……みんなのような魔導士にして欲しい」


 日向の琥珀色の瞳にみんなの姿が映る。もちろん日向の姿もみんなの瞳に映る。

 それをどれくらい見ていたんだろう。しばらくすると、みんなは口元を緩める。


「ああ、当たり前だ」

「もちろん。色々と教えてあげるね」

「おうよ! 大船に乗ったつもりでいろよ!」


 満面の笑みでの答え。それを見て、日向はまた笑う。

 きっと一生の友達になるだろう彼らに感謝の言葉を伝えながら。


「ありがと、みんな」



☆★☆★☆



「と、いうわけで。今日から日向の魔法特訓するんやけど……なんの魔法を特訓する気や?」


 放課後になり、日向達は第三訓練場の地下にある個別訓練場の一つをなんとか借り、陽が付き添う形で特訓をすることになった。

 ただ問題は九系統魔法のどれかの魔法を特訓するのか。そう言われて日向が思いついたのが、陽が得意な干渉魔法だ。


 干渉魔法の中でも陽が得意としているのは空間干渉魔法で、瞬間移動や亜空間収納など便利な魔法がある。

 もちろん日向もすぐに瞬間移動ができるとは思わないが、亜空間収納ならなんとか身に付けられるはずだ。


「じゃあ陽兄の得意な干渉魔法から……」

「諦めな」

「即答!? もうちょっと考えてもよくない!?」


 まさかのお断りが入り思わず叫ぶと、陽はやれやれと肩を竦める。


「昨日も言ったけど、人には得意・不得意の魔法があるんや。中でも干渉魔法は他の魔法より扱いづらいし、下手すると事故を起こすで」

「そんなのやってみないと分からないじゃん」

「素養がある子ならすでに一度くらい成功しとるはずや。黒宮、お手本見してみぃ」

「ああ」


 陽に言われて悠護がズボンのポケットから取り出したのは、一本のネジ。

 それを手の平に乗せ、詠唱を紡ぐ。 


「『グラディウス』」


 詠唱が紡がれると、ネジがビキビキと音を立てる。

 手の平に乗っかっていたネジは宙を浮き、まるで意志があるように徐々に姿を変えていく。ネジ部が鈍色に輝く刃に、頭部は円柱の柄に変わる。

 そうしてたった一本のネジが、一振りの剣に変わるその過程を日向は目を逸らせなかった。

 それくらいとても鮮やかで、綺麗な光景だった。


「こんな感じでたった一本のネジをサイズ・質量関係なく剣に変えてしまうほどの力がある干渉魔法は素養ある子ならあっさりとできるけど、そうでない子は必ず失敗する。干渉魔法はそれが顕著に現れるんや。それに魔法についてはからっきしな日向がそんな高度な魔法を使えるとは思えんしな」

「うぅ……」


 陽に言われて、日向は何も言い返せず呻くような声しか出なかった。

 そもそも三ヶ月前まで普通の人間だった日向がこんな芸当ができるなんて思えなかった。

 悠護が作った剣が粒子となって消えるそれを横目に見ながら、自身の無謀さに内心反省する。


「干渉魔法がダメなら……どの魔法の特訓をしたらいいの?」

「本当なら無魔法を……と言いたいところやけど、それより先に防御魔法を覚えといた方がええな」

「防御魔法?」

「まあ確かに防御魔法は比較的簡単な魔法だからな。順番的にはそっちがいいかもな」


 樹の言った通り、魔法や物理攻撃から身を守る防御魔法は比較的簡単な上に魔導士が最初に教わる魔法だ。

 まだ初級攻撃魔法を取得していない日向にとって先に取得しないといけないと分かっているが……。


(一番面倒な無魔法を制御しなくていいのかな……?)


 無魔法はかなり強い魔法であると同時に全ての魔法より扱いにくいものだと思っている。

 それが自由に扱うことが最優先にしていいはずなのに……と心の中で思っていたことが兄にバレた。


「……日向。アンタの無魔法の暴走は自動発動オートモード――防衛本能によって勝手に発動させてまう面倒なモンのせいや。そうなる前に防御魔法で攻撃を防いだほうがまた暴走せずにすむから、しっかり覚えるようにな?」

「は、はい! 精一杯覚えます!」


 あっさりと心を読まれ、陽が向けてくる視線に耐え切れず敬礼しながら答える。

 それを見ていた心菜はクスクス笑いながら日向の手を引っ張る。


「じゃあ日向、こっちで練習しよう。防御魔法なら私でも教えられるから」

「そうだな。じゃああっちで特訓しようぜ」

「う、うん! お願い!」


 じーっとこっちを睨みつける陽の視線から逃れるために、心菜と樹と一緒に少し離れた場所で特訓を始めた。



 心菜と樹から防御魔法を教わる日向を遠目で見ていた悠護は、壁にもたれながら腕を組む陽に視線をやる。

 日向を見つめる陽の目はひどく優しげで、二つ名持ちの凄腕魔導士の彼もやはりこの人は日向の実の兄なのだと再確認された。


「なんや?」

「いや、アンタって日向に対してかなり過保護だよな。シスコンなのか?」

「シスコンって……まあ否定できひんな」


 意外と早く自身をシスコンと認める陽を興味深そうに見る。

 悠護には妹がいるが腹違いだし、その母親ともあまり関係が良好ではないせいでそういう感情を抱いたことはない。

 だからなのか、自分の家とは違う家族関係を築いている日向と陽が自分には眩しく見えるのだ。


「両親はもうおらんし親戚もおらんから、日向にとってもワイにとっても互いが唯一の身内なんや。そりゃシスコンになってもおかしくないやろ」

「そういうものなのか?」

「そういうもんや」


 悠護の疑問にあっさり答える陽。

 視線の向こうではプルプルと腕を震えさせながら日向が必死に盾を出そうとしており、それを見て樹は喉を震わせながら笑い、心菜は必死に応援している。

 それを見つめながら、悠護はトーンを落とした口調で言った。


「――ところで今度の新入生実技試験、あいつは出ないとダメなのか?」


 その言葉に陽はさっきまで目の前の光景を微笑ましそうに見ていた顔を暗くする。


「……ああ。学園もIMFも日向の無魔法について目ぇつけとるし、今の実力を確かめるにはええ機会や」

「だけどもしそれであいつが『危険』ってみなされたらどうする気だ。親父はきっとあいつを魔導犯罪者と同じ扱いかそれ以上の仕打ちをさせるはずだ」

「それをしないよう説得するんが息子の役目やろ」


 痛いところを突かれ、悠護はぐっと息を呑んだ。

 悠護の中では父親の存在は『何を考えているのか分からない人』と認識しており、昨日も何度も父親に電話をしようとしたが、いざという時に指が震えて発信ボタンが押せなかった。

 無言でいる悠護に、陽はため息を吐きながら彼の頭を撫でる。


「スマンな、ちょいと意地悪な言い方してもうた」

「……いや……」

「まあなんにしても日向が出るのは決定事項や。もしもの時は黒宮、アンタに任せる。……今のワイには、見守ることしか出来ひんからな……」


 教師というのは平等に生徒と接し、決して一人の生徒だけをエコ贔屓してはならないものだ。

 たとえ家族であっても教師の立場上表立って庇うことはできない陽にとって、今の状況がどれだけ歯痒いものなのか想像できない。


 だが、パートナーである自分ならそれができる。

 たとえどれだけの責任を負わせていると分かっていても、【五星】という大層な二つ名を授かった彼でもそうすることしかできないのだ。

 その気持ちが痛いほど伝わったからこそ、悠護は頷いた。


「ああ、分かった」


 目の前で無事防御魔法を発動させた日向が心菜と樹に囲まれながら嬉しそうな笑顔を浮かべており、まるで太陽のように眩しいそれを悠護は目を細めながら見ていた。

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