第184話5.4 カンラの街

 戻ったスワの町では4つある各神社を回って必要な木材を出して御柱を立てて回って、その日の作業は終了した。

「ありがとう。助かりました。やっぱり御柱は、スワのシンボルですから、早く立てたかったのです」

「いえ、大丈夫です。ところで、少し聞きたいのですが、コハクに『龍の巫女』様って言ったら凄く怒ってたのですが、なぜだか知ってますか?」

 領主の館に帰って寛いでいるところに、カリン先生がやって来たのでこっそり聞いてみる。何か用があると言って、1人スワ湖の方へと出かけて行っていたので丁度いいタイミングだった。湖に変な生き物がいないか、解放から毎日探しに行っているそうだ。自分の家の掃除をしている気分なのかもしれない。


「そうなのですか? うーん、聞いてませんね。爺やに言われても、門番に言われても何とも思ってなさそうでしたけど?」

「いや、知らない人は、構わないって言ってましたね。ただ俺が言うなと、釘を刺されました。カリン先生は、どうですか?」

「私は呼んだ事ありませんね。そう言えば、数日前、リュウジさんが巫女さんに手を出しまくって……とか言ってましたね。それを思い出して怒ったのかもしれません」

「はぁ、またリュウジさん絡みですか。それなら、納得です。2度と口にしません」

「そうしてあげて」

 と応えるカリン先生。しかし、コハクも怒るならちゃんと理由を説明して欲しいところだ。まぁ、女心と言うか、だらし無い父親への対抗心と言うか、良く分からない怒りなのだろうから難しいかもしれないけど。

 そんな事を考えていると

「夕食の準備が出来ました」

 とアズキが呼びに来た。


 皆で夕食を食べた後、俺達はスワ温泉へと向かった。領主の館の風呂は、まだ出来ていないらしく、ヨリミツお義父さん達と一緒に歩いて行った。


 到着した温泉は、すっかり様相が変わっていた。21世紀で言う所のスーパー銭湯並みの大きな建物が完成しており、中には入浴の受付カウンターや休憩所、飲食スペースまで出来ていた。数日前に使った時、廃墟の状況を見ている俺としては、まるで別の温泉に来た気分だ。

「これは、領主様。ようこそ、おいで下さいました」

 中に入った俺達に『スワ温泉 湖畔の湯』と書かれた法被を来たおじさんが声をかけて来た。

「おお、支配人か。今日も風呂をいただきに来た。よろしく頼む。しかし、盛況だな。スワの町にこれ程の人が戻ってくれるとは、嬉しい事だ」

「左様でございます。私も再びこのスワ温泉へと戻ってくれるとは思ってもおりませんでした。ひとえに領主様が、街を解放してくださり、その上、御自身の館よりもこの温泉の復旧を急いでいただいたおかげでございます」

「ははは、儂などまだまだよ。何年も手をこまねいていた街の解放を、この婿殿が、やってくれたのよ」

 そう言いながら、俺の肩に手を置くヨリミツお義父さん。

 本当に嬉しそうだ。


「おお、そちらが、ドラゴンスレイヤーでカリンお嬢様の心を射止めたトモマサ様でしたか。お噂は予々聞いております。今日は、ようこそおいで下さいました。御ゆるりとスワ温泉を楽しんで行ってください」

 俺を見た支配人、慇懃に礼をして下がって行った。もっと大仰に礼を言われるかと思って身構えていたのに肩透かしを食らった気分だ。ヨリミツお義父さんから、俺を余り囃し立てるなとでも言われているのかもしれない。


 そして俺達は、ノンビリと温泉に浸かった。

 温泉は、当然男女別になっており、それぞれに内湯と露天の湯船を備えているようだった。本当に数日前まで廃墟だったとは思えないほどの変わりように驚きながら、温泉を楽しんだ。

 少し長めに温泉を楽しんだ俺は、休憩所でカキ氷を食べていた。長めに浸かっていたはずなのに上がってこない女性陣をただ待ちながら。横では、お義父さん達が風呂上がりの一杯を楽しんでいる。本当に羨ましい限りだ。

 暑い夏の風呂上がりの冷たい一杯。俺も飲みたいが、まだダメだった。誕生日まで後ひと月程の辛抱なのだが、その思いが余計に羨ましさを増幅させていく。


 そんな俺の目が気になるのか、お義父さん達は飲み終えると「お先に」と言って、そそくさと帰って行った。いかんいかん、気を使わせてしまったようだ。気を付けないと。

 それから、待つ事30分。ようやく出て来た女性陣達、皆心ゆくまで温泉を楽しんだようだ。

 その後は、皆と共に夜でも開いている露店を冷やかしながら領主の館へと帰った。

 晩は、数日ぶりにカリン先生とコハクと眠った。もちろん、それぞれとナニしたあとに。

 特にコハクには、たくさんサービスしておいた。昼間、図らずとも怒らせてしまったお詫びを込めて。


 翌朝早く俺達が朝食を食べ終えた頃に、ヤヨイ達はやって来た。シンゴ王子とカーチャ王女とメイド長を連れて。

「おはよう。皆揃ってるわね」

「ああ、おはよう。みんな準備万端だ」

「そう、それじゃ、軽く打ち合わせをしてから移動ね」

 応接室へと集まって会議が始まった。会議では、ほとんどヤヨイが話をしていた。大まかには、カンラの街に移動してクイナさんと合流後、領主を訪ねる。領主の所在についてはクイナさん達、情報部隊が逐次把握しているので問題ない。

 もし面会を断られたり抵抗された場合は、力づくで捕らえる、という事だった。

「分かった?」

「ああ、分かったけど、そんな簡単に事は運ぶのか? 領主軍なんて物が出て来たらどうするんだ? それに、転移で逃げられたら?」

 余りに簡潔な作戦に不安を抱いた俺が質問すると、ヤヨイがそんな事は対処済みとばかりに教えてくれた。

「大丈夫よ。あそこの領主軍は、今頃、こっちの流したデマに乗って近くの領域に出てるから。それにいざとなったら、イチジマから増援を呼ぶわ。それに、転移は、転移封じの魔法をかけるから大丈夫よ。逆にこっちも転移できないから気を付けてね。兎に角、父さんがする事は、何よりも迅速にオバタ伯爵を捕まえる事よ。国王からの許可を得てるから何の心配もいらないわ」

 その言葉を聞いて俺は大きく肯いた。皆も他に意見がないようなので、最終チェックと言うトイレタイムを取ってカンラの街へと転移した。


 転移して最初に見えたのは、隙間の多い木板で出来た壁だった。どうやら掘っ建て小屋のような所に転移したようだ。

「ヤヨイ様、お待ちしておりました」

 到着した俺達にクイナさんが驚きもせず声をかけてくる。

「ご苦労さん、こっちは、準備万端よ」

「こちらも問題無く……と言いたい所ですが、少々困った状況にあります」

 困った状況と聞いたヤヨイが眉を潜めるが、クイナさんに目をやって話を進めるように促した。

「実は、今朝方から、スラムに根付いていた獣人を中心とした亜人達が、領主の館に向けて反乱を起こしてしまいまして」

「何ですって!」

「どうも、春以降、着々と準備を進めていたようで、領主軍がいなくなったタイミングを見計らって決行したようです。我々情報部隊も領主の動向ばかり追っておりましたので、情報を掴み切れておりませんでした。申し訳ございません」

「ふーん、こっちの工作に便乗した形になってるのね。まぁ、大丈夫でしょう。この期に領主を捕まえれば、より民衆の心も掴めるし、後の仕事も楽になるというものよ」

 謝るクイナさんだったが、ヤヨイにとっては問題無いようだった。この状況すら利用するつもりのようだ。その言葉に苦笑いを浮かべている俺達に移動を促すヤヨイ。

 俺達は、領主の館を目指し小屋を出て歩き出した。


 小屋をでて分かったのだが、小屋のある場所はスラムの真っ只中のようだった。

 出て来た小屋と同じような建物が並び、辺り一面に饐えた臭いが漂ってくる場所だった。そして、そこにいるのは獣人を筆頭とする亜人達。多くは、老人や5歳ぐらいまでの子供達であった。


「本当に人が少ないわね。皆、反乱に加わってるのかしら?」

「はい、動ける大人達のほとんどは、領主の館に向かっているようです」

「それで、戦いの状況は?」

「領主軍は数がほとんどいません。ですので、領主の館に立て籠もっているようです。おかげで、正面激突は抑えられていますが、時間の問題かと」

 歩きながら話をする、ヤヨイとクイナさん。

 その時。


『ドカーーーン』


 大きな音がした。その音を聞いて、俺達は駆け出した。

「今の音は?」

「分かりませんが、恐らく、火魔法による攻撃かと」

「街中で、火魔法? どっちが? 街を壊す気か?」

「スラム出身の亜人達に、あの規模の魔法を使える魔法使いがいるとは思えません。領主軍が打って出たのかと」

「ヤヨイ急ぐぞ」

「分かってるわ」

 領主軍が打って出たと聞いて俺はヤヨイを急かしつつ、身体魔法を浸かって更に速く音のした方に走って行く。しばらくすると領主軍の兵士が武器すら持たず、ボロ切れだけを纏った人に向かって剣を振り下ろさんとしている所に出くわした。


「やめろ!」

 俺は、叫ぶが兵士は止まらない。間に合わない! と思ったところで俺の目に映ったのは、砕け散る剣だった。見ると、アズキが弓を使わず矢を風魔法で飛ばして剣を砕いたようだった。

 剣を砕かれた兵士、一瞬固まっていたが今度は砕けた剣で人を貫こうと腕を縮めた。だが、そこまでだった。ようやく兵士の元へと駆け寄った俺の体当たりを受けて飛んで行った。

「だから、やめろってんだろう」

 地面を転がって行く兵士がその言葉を聞いたかどうかはわからないが、兵士は動かなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る