第66話2.4 マリ教授
ここは魔法学園の敷地内でも隅の方、多くの木々が生えた林の中にある研究棟。
様々な魔法の研究を行う為だけの建物だ。
研究棟は学園内でも離れた場所に建てられており、また建物にも強固な保護魔法が掛けられている。
それは稀に魔法に失敗して爆発を起こす人がいる為の保安上の措置である。
時間は昼過ぎ、トモマサ達が、ちょうど昼ご飯を食べている頃だ。
「どうして発動しないんだ? まだ、知識量が足りて無いのか? 手に入れた
学園の教授であるマリは、どうやら何かの文献を手に入れた様だが見当違いの物であるようだった。
誰かの創作物だろう、呪文で怪我が治るのは、魔法であり、科学では無い事には気付かない。
1000年も経てば、科学のことを忘れてしまったかのようである。
何度も『キュアー』『キュアー』と言いながら自分の下腹部に手を当てているマリ。
一体何を復元しようとしているのか?
「ダメだ、私の破られた膜を復元して、あの馬鹿な男のことを忘れたいのに、望みは叶わないのか」
何だかダメな感じのするマリ、「今日は止めだ」と棚の酒を手にしたところでドアをノックする音がした。
「マリ教授、カーチャです。お話ししたい事があって参りました」
「おお、カーチャ王女。入学式は終わったのかい? 研究を手伝うのは明日からという話だったが、何か急ぎの用かな?」
手にした酒を素早く棚に戻してからカーチャを迎え入れたマリ。
何事もなかったのように振舞っているが少し顔が引きつっていた。
「はい、教授、復元魔法の研究を進められそうな知識を持った新入生がおれらまして、その新入生に是非会っていただきたいのです」
「新入生が、遺失魔法である復元魔法に必要な知識を持っている?」
マリは怪訝な顔をしている。
それはそうだろう。
高々10代前半の学園生にそんな知識があるはずが無いのが普通だ。
何年も研究して教授となっているマリですら持って無いのだから。
「はい。ひょっとすると他の遺失魔法についても何かご存知かもしれません。ですので、是非にお会いしていただきたいです。ただ、お話を聞く為には、守秘義務契約を行っていただく必要がありますけど。必ず有効な知識が得られると思います」
「守秘義務契約って、あの奴隷になるやつか? そこまで必要なのか? たかが、新入生の話を聞くのに。いやカーチャ王女を疑っているわけでは無いのだがな」
カーチャは目を輝かせて返事を待っている。
だが、どうしても納得が行かないマリ。
そもそも復元魔法が失われてから500年は経ち、しかも何人もの先人達が復活の為に研究を重ねたが誰も成し得なかった事なのだ。
そう、あのヤヨイですら。
それをただの新入生が有効な情報を持っている? とても信じられない。と訝しんでしまうマリ。
だが仮にも一国の王女の言葉を簡単に断るわけにもいかず、もう少し詳しく聞くことにした。
「カーチャ王女は、その新入生から話は聞いたのかい?」
「ほんの少しだけですが。でもその少しでもこれまで全く聞いた事の無い話でした。ですので、これは何としてもマリ教授に聞いて貰わないといけないと思い、こちらに参りました」
カーチャの言葉にマリは考える。
カーチャが幼少の頃から回復魔法を習っていた事、教えていたのは国を代表する回復魔法の使い手ゲンパク先生である事などを鑑みて。
結果、それなら希望があるかと考えたマリが再び口を開く。
「もう一つ教えてくれ。その学園生は、男か?」
「はい、男性の方です」
男と聞いたマリの顔が、どんより陰っていく。
騙されて振られた男の事を思い出しているようだ。
「そいつは、私を奴隷にしたいだけなのでは無いのか? 奴隷にして魔素量を上げたらどこかに売られるんだ。きっとそうだ」
「マリ教授、絶対にそんな事はありません! そもそも、あの方の魔素量は、マリ教授では足元にも及びませんよ。分かりました、そこまで心配なら、私も連帯で守秘義務契約いたします。マリ教授が奴隷にされるなら私もなります。それなら、よろしいですよね」
マリ教授の魔素量は、1500を超えており人族最上位クラスなのである。
「この私の魔素量が足元にも及ばない?」
その言葉に疑問を覚えるマリ教授だが、そんな事よりも、一国の王女が奴隷になる? こっちの方が重要だった。
「いや、そんな事はさせられない。もし奴隷になってしまったらどうするんだ? 私は国王様に殺されても文句を言えないではないか」
「大丈夫です。お父様も何も言いません。あの方の奴隷であれば、むしろ私はなりたいぐらいです」
「は? 奴隷になりたい?」
カーチャ王女の爆弾発言にマリ、驚きすぎて固まってしまう。
「それでは、契約しましょうか。契約用紙は持ってきております。あちらの許可も取ってありますので、あとは、私とマリ教授のサインと血判だけで大丈夫です。はい、私の分は終わりました。マリ教授もお願いします」
差し出された契約書を見ると、確かにカーチャも奴隷になる守秘義務契約がなされている。
やり手の訪問販売セールスマンに押し切られている感じがするのだが、カーチャの爆弾発言で固まったままのマリ教授は気付かない。
言われるがまま、契約書にサインを入れてしまった。
マリの血判が入って、有効になった契約書は、一瞬の光の後、灰も残さず燃え尽きてしまう。
「マリ教授、ありがとうございます。それでは、トモマサ様を呼んで参ります」
大急ぎで研究室を後にするカーチャ。しかし、いつの間にトモマサの血判入り契約書を用意していたのだろうか? 不思議に思う方がおられるだろう。
実は、この手の契約書、今後必要になるであろうとヤヨイが大量に準備してアズキに渡していたのである。
寝ているトモマサから血判まで取って。
流石、1000年寝坊したトモマサ。
血判程度の傷では起きなかったらしい。
アズキとカリン先生と3人でナニして疲れていたのもあるのだろうが。
――
昼食後、とっとと寮の部屋で寛いでいたトモマサは、カーチャに見つかって連れ出される。
アズキとルリをモフって楽しんでいた所だったのを中断されて少し不機嫌な様子だ。
「カーチャ王女、明日ではダメなのですか?」
「申し訳ありません。トモマサ様。もう少し、私のわがままにお付き合いください」
本当に美人は得である。
王女の言葉に、トモマサは仕方がないと従ってしまうのだから。
「マリ教授、お連れしました」
よほど嬉しかったのか、ノックを忘れたカーチャ。突然ドアを開けてしまう。
それに驚いたのは、マリのほうである。棚の酒瓶を掴んだところだったから。
笑いながら酒瓶を戻すが後の祭りである。
「マリ教授、お酒は話の後でお願いしますね」
カーチャ王女に釘を刺されたマリ教授、赤い顔して肯いている。
その姿にトモマサは親近感を抱いていた。
そう昼間から飲む酒は美味いのを知っているからだ。
今は、子供の体なので酒は飲めないのだが、かつては休日によく飲んでいた。娘達には嫌な顔をされていたが。
「さ、トモマサ様もお入りください」
促されて部屋に入る。10畳程の研究室だ。
四方の棚は、本で埋まっている。机の上も含めて。
そんな中、比較的本の少ないソファーに腰掛けて話が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます