第62話1.62 閑話 バカ貴族

 赤い絨毯がひかれた広い部屋に黒檀で作られたシックな机が置かれた、とある地方都市の領主執務室。

 くどいほど金キラの服を着た小太りのおっさんが執務椅子に座っている。

 まるで肥満のブルドックに無理やり服を着せたような見た目なのだが、この男こそ、この街、カワバの街の領主、ヌマタ カゲヨシその人である。

 これは、その領主と執事の会話である。


「旦那様、王家より書状が届いております」

「王家から? 領主会議の日程連絡か? それにはまだ早いか」

 執事から書状を受け取り、印を確認する。

 確かに王家の家紋が入っていた。

「間違いなく王家の物だな。ふん」

 封を切り、中の文書を読んで行く。

「何だと、あのトモエの娘のメス犬が奴隷となった為、裁判は無期限で延期になっただと。どういう事だ。大罪に関する法の改定は賛成数が足りず棄却されたはずだろう。何があったらこの様な事になるのだ。あのメス犬は、私の奴隷にしてやろうと思っておったのに」

 おっさん領主は、真っ赤な顔している。

 怒り心頭のようだ。王家からの書状も投げ飛ばした。


 父が起こした大罪の為、子にまで罪が問われる31世紀。

 アズキは15歳の成人になれば裁判を待つ身であった。

 それを逃れる為にヤヨイとトモマサが取った策、それこそがアズキの奴隷化である。

「旦那様、大罪の法文の中に、加害者の親族であっても奴隷は除かれると言う一文が入っていた様に記憶しております」

「何故だ、奴隷であっても親族である事には変わり無いではないか。何の為にその様な例外を作っているのだ」

「は、恐らくですが、奴隷は他者の所有物と見なされる為、親族から外れるとの考えだと思われます」

 くそくそ、とおっさん領主は机を叩く。

 まるで、おもちゃを取り上げられた子供のように。

「それなら、あの馬鹿な被害者達はどうした。あのメス犬の購入代金は、慰謝料として奴らに支払われるはずだっただろう? それが無くなったのだぞ。王家に対して差し止めを申し立てていないのか?」

「それは、王都で聞き込んだ諜報部の話によりますと、アズキの購入者は被害者たちに義援金として大金を渡したようなのです。それで、大人しく引き下がったのでしょう」

「なんだと、どれ程の大金を渡せばそんな事になると言うのだ」

 執事は冷静に領主が投げ捨てた書状を読み込んでいく。

 今にも血管が切れそうな程激昂している、おっさん領主に変わって。


「どうした、もう情報は無いのか? 早く言え」

「書状によりますと、その購入者、トモマサ様の直筆の書を持っていたようで、その写しを義援金と共に被害者たちに渡したようです。また、その内容が問題でして、『親の罪を子に被せるなど有り得ない』とか、『奴隷なんて前時代的な制度は廃止すべきだ』などと書かれているそうです。こちらにも写しが同封されています。それを見た被害者たちも少し気が責めたのか、どうせ奴隷になるならと納得したようです」

「し、信じられん。あの被害者どもには、どれだけ金を払って焚き付けてきたと思っているんだ。何もせず、ただ金だけを要求する馬鹿ども達にだぞ。それをくそ、忌々しいヤヨイはメス犬をわたさぬし、その上、トモマサまで邪魔をするのか!」


「だ、旦那様!」

 執事が、青い顔で咎める。

 ヤヨイならまだしもトモマサを否定する。

 これをすると、この国では住めなくなる。

 あらゆる宗教を敵に回すようなものなので。

 この馬鹿貴族も一応、分かってはいるのだが、計画を邪魔されては文句の一つも言いたくなると言うものだ。

 分かってはいるのだ、多分……。


「くそ、トウキョウ遺跡から引き上げた科学の遺物まで使ってあの憎いトモエ一族をようやく潰す事に成功したのだ。最後にあのクソ女と同じ顔を持つメス犬を俺のおもちゃにしてやろうと思っていたのに、くそくそ、何とか取り戻す事は出来ないのか?」

 この男、実は昔、アズキの母に惚れていた。

 軍事訓練で無双する姿に一目惚れしたのだ。

 ただ恋は成就しなかったようであるが。


 純粋な旧日本人以外に差別意識を持つ関東の貴族が、犬獣人の娘と恋仲に成るなどあり得ない事なのだから。

 しかし、その事を逆恨みで街を一つ潰してしまう。

 本当に馬鹿である。

「あの方から何か連絡は入っているか?」

「いえ、何も」

「ふむ、そうか、自由にしろという事だな。よし、どうやって取り返すか考えようでは無いか」

 おっさん領主には、黒幕がいるようである。

 そりゃそうだ、この馬鹿に策を練る知恵など無い。

 猪突猛進、ワイルドボアと同じく突撃タイプである。

 顔はブルドックなのだが。

 大した策は無いのに、トモマサにちょっかいを掛けて来る事だけは確実である。

 何をしてくるかは分からないが、ロクでもない事であることだけは確かだ。

 トモマサの静かな学園生活はこの馬鹿達によって壊されて行くのであった。

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