292ページ目…聖剣の鍛冶師【8】

『カンッ!カンッ!カンッ!…。』


 僕からオリハルコンを受け取り、朝から工房に入ったアルテイシアさん。

 お昼になってもその音は鳴りやむ事はなかった。

 一切の休憩も取らず鳴り響く鎚の音、それは夕方になった頃…唐突に鎚の音が鳴りやんだ。


「お、終わった~…。」


 フラフラと工房から出てくるアルテイシアさん…その疲れ切った顔は、どこか満足気だった。


「お、お疲れ様です…。」


 そう言ってクズハはアルテイシアさんにコップを渡す。

 中身は冷たく冷やされたレモン水である。


「ぐびッぐびッぐびッ…ぷは~!生き返えった~!」


 まるで仕事帰りのサラリーマンが居酒屋でビールを一杯引っかけた様な飲みっぷりだ。

 とは言え、鎚を振るっていたと言う事は火も使っていたはず。

 だとすれば、かなりの暑さの中、作業をしてたはず…そこにすっきりとしたレモン水…僕なら、アルテイシアさんと同じ飲み方になってしまいそうだ。


「…それで、今まで何をしてたんですか?」


 昨日の時点で、打ち上がった聖剣は研ぎの作業を残すのみだったはずだ。

 それなのに、今日、再び鎚を振るう音がしていたのが気になる。


「えっと…ですね、貴方に依頼された聖剣…他人が使うのではなく、貴方が使う事になったじゃない?

 そう考えたら、あの聖剣じゃ全然ダメな気がしたのよ…。

 だから、貴方からオリハルコンを貰って、全く違う…新しい聖剣に打ち直したって所かな?」

「そ、それって…かなり大変だったんじゃ…。」


 それはつまり、完成した聖剣を再び溶かして、新たに素材を加えて別の聖剣へと生まれ変わらせたと言う事。

 それは、とてつもない労力を必要とするはずだ。


「えぇ、でも、そのお陰で全身全霊を込めた満足のいく一振りが打てたと思うわ。」


 そう言って、僕に笑顔を見せてくれる。

 だけど、それもほんの一瞬の事。


「お、お風呂の用意が出来てますから、先に入って来たらどうですか?

 かなり汗を掻きになられているみたいですから。」


 そう言って僕の視線を遮る様に僕の前に出てアルテイシアさんにお風呂を勧めるクズハ…。

 その手にはタオルがすでに用意されていて、直ぐにアルテイシアさんはお風呂場へと追いやられる。

 心なしか、クズハのその背中には怒気を背負ってる気がする。

 何はともあれ、何とかクズハの嫉妬の炎が燃え広がらなくて良かった…。


「ささ、ご主人様あなた…アルテイシアさんがお風呂に入ってる間に、私達はご飯の準備をしましょうね~。」


 クズハは笑いながら僕へと話し掛ける。

 ただし、その笑顔の…その目は笑っていない…どうやら、アルテイシアさんが僕と話すのが気にくわない様である。

 クズハさん…最近、嫉妬が凄くて怖い気がしますよ?


 なので、僕はクズハの頭を撫でながら話し掛ける。


「大丈夫だよクズハ、僕が好きなのはアルテイシアさんじゃなくクズハだから。」


 クズハがアルテイシアさんに嫉妬しているのが分かっているつもりだ。

 だが、頭を撫でる…たったそれだけで、クズハの目から嫉妬の炎が消え、元の優しい瞳へと変わる。

 その証拠に、感情と共に出ていた8本の尻尾が1本を残して消えているからだ。

 って、この工房に来るまでは7本だったはずなのだが…この短期間で嫉妬により力の根源たる尻尾を1本増やすと有り得んだろ…。

 僕はクズハの力の源である尻尾が1本増えた事に驚愕をしつつも、クズハにこれでもかと愛されている自分を嬉しく感じたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇


「「「いただきます!」」」


 ここに来て、何度目かの『いただきます』だ。

 その為、アルテイシアさんも慣れた様で、違和感なく食事が始まる。


「あ~もう!やっぱり、クズハさんの作るご飯は美味しいわ~!」


 どうやら今回のご飯もお気に召した様でアルテイシアさんがクズハの作ったご飯を褒める。


「そうでしょ?僕もクズハの作ったご飯は最高だと思う思うんですよ。」


 まるで自分が褒められた様に嬉しくなり、便乗してクズハの料理を褒める。


「そ、そんな事ないですよ…そ、それに…そんなに褒めてもプリンくらいしか出ませんよ?」


 と、クズハは言うのだが…普通は褒めても何も出ないのだから、それで十分だと思うぞ?

 とは言え、クズハの作るプリンは絶妙の甘さとカラメルの苦みが絶妙だから好物の一つである。

 故に…僕はクズハの手を取り、真剣な顔をしてクズハに話し掛ける。


「クズハ、僕…プリンは二個食べたい。」

「は、はい♪そう言うと思って、ちゃんとあなたには二つ用意してますよ♪」


 頬を赤く染め、笑顔で嬉しそうに答えるクズハ…。

 先読み…と言うのは大げさだが、僕の事をしっかりと分かっているクズハは、僕にだけプリンを二つ用意してくれていたみたいだ。

 そんな些細な事だが、僕の事を分かってくれるクズハに心が温かくなる。


「うぅ…ムゲンさんだけ、プリン二個、良いな~。」


 余程、羨ましいのか本気で涙を流して羨ましがるアルテイシアさん。

 それを見たクズハの口元が、ニヤリと歪んだ様に見えたのは気の所為だと、僕は自分に言い聞かせるのだった…。

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