290ページ目…聖剣の鍛冶師【6】
翌朝、僕とクズハは朝から大忙しだった。
と言うのも…アルテイシアさんの胃袋は底なし…と思えるほど、大量に食料を欲するのだ。
そして、腹が減っては戦は出来ぬ…と言う言葉がある様に、当然ながらお腹が空いたままだと、集中して仕事に取りかかれないとの事…。
ならば、お腹いっぱいに食べさせよう…と言う事になった。
とは言え、昨日の夜から仕込みとかもしていたので、下処理から始めなくて良い分、なんぼかマシだったりする。
「そ、それで…何で、貴女は、つまみ食いをしようとしてるんですか?」
すこ~しばかり、こめかみに青筋が立てているクズハが、こっそりとつまみ食いをしようとしていたアルテイシアの背後へと高速移動して注意をする。
って言うか、クズハ…いつの間に移動したんだ?
ほんの一瞬前までは、俺の横でニコニコと料理を一緒に作っていたと言うのに、瞬きをした一瞬で5mは離れている距離を移動するとは…クズハ、恐るべし…。
「す、すいません…つい、出来心だったんです…だ、だから…い、命だけはどうかお助けを~~~!」
命だけはって…いくらなんでも大げさ…じゃないだとッ!?
クズハから殺気を感じるだけじゃなく、そのアルテイシアさんの首筋には包丁が突き付けられているではないか…。
あ~…そう言えば、クズハのヤツ、先程まで野菜を切っていたな…って、そうじゃないだろッ!!
「ち、ちょっと待てクズハッ!何でアルテイシアさんの首筋に包丁を押し当ててるんだッ!?」
「え、えッ!?…ご、ごめんなさいッ!!」
僕に言われて初めて気が付いたのであろう…。
アルテイシアさんの首筋に包丁を押し当てていた事に、今更ながら気が付いたクズハは、包丁から手を放して勢いよくその場から後ろへと飛び退く。
『カランッ!カラカラカラ…。』
今のって…もし、包丁持ったまま飛び退いてたら、今頃、アルテイシアさんの首から血が吹き出てたんじゃ…。
いや、考えたらダメだ考えたらダメだ…うん…想像するのは止めよう…。
そんな事よりも…今はアルテイシアさんだ…。
「アルテイシアさん、大丈夫ですか?」
「は、はい…でも、まさか、つまみ食いをしようとしただけで命乞いをするとは思いませんでした…。」
そう言って、胸を撫で下ろすアルテイシアさん…まぁ、確かに今のは僕も、やり過ぎだとは思うが…。
「でもまぁ、コレに懲りて、二度とつまみ食いはしない事ですね。」
「はい…そうします…。」
アルテイシアさんは出来心とは言え、つまみ食いは悪い事と認識がある所為か、素直に反省をする。
何となく、反省している姿が、子供が悪い事して見付かった時の様な落ち込み方に見えてくるのは何でだろう?
それを見ていて、ふと疑問に思った事があった。
「そう言えば…アルテイシアさんは、普段のご飯って、どうしてるんですか?」
そう…昨日、初めて会った時も空腹で倒れてたし、普段からちゃんとご飯を食べていないのだろうか?
「そ、それは…近くの食堂に食べに行くんですけど…それが、その…お金が無くなっちゃいまして…。」
「それで、お腹が空き過ぎて、動けなくなった…と?」
「はい…でも、そのお陰で、あんな美味しいご飯にありつけたんですから、逆に…お金が無くなって良かったのかも知れませんね♪」
と、とんでもない事を言い出した。
「いや、ダメでしょ…お金が無くなったなら、この先、どうやって工房を続ける気なんですか!」
そもそも…聖剣を打てる程の工房が、お金が無くなるほどの赤字に追い込まれていると言うのも妙な話だ。
「アハハ…本当、どうしましょうね…。」
そう言ってアルテイシアさんは再び落ち込む…。
ふむ…何やら、込み入った事情がありそうだ。
「もし僕達で良ければ…朝ご飯の後で事情を聞きますよ?」
今回のドワーフ産の聖剣は、確かに急ぎとは言え、せっぱ詰まった訳ではない。
まだ、幸いにも時間はある。
まぁ…自分で言うのも何だが、自分がトラブルに巻き込まれる体質ってのも自覚してるし訳だし…最後まで付き合ったって罰はあたらないだろう。
「本当ですかッ!?ご迷惑でなければ宜しくお願いします!」
そう言ってアルテイシアさんは僕の手を握る。
「ご、ご迷惑じゃなければ…って、ご迷惑に決まってるじゃないですか…。
って言うか、何を勝手に私の旦那様の手を握ってるんですか…ぶつぶつ…ぶつぶつ…。」
何やらクズハから妖気みたいな物が漏れ出している気がするが、気の所為だろうか?
もしかしたら、アレがクズハの嫉妬のオーラなのだろうか?
とは言え、これ以上、アルテイシアさんが僕の手を握っていると、クズハがどの様な行動をするか予測不能になるのは目に見えている。
ならば、僕がする事は1つ…だ。
「えぇ、迷惑ではありませんよ…ただ、手を握られるのは流石にちょっと迷惑ですけど…。」
「…あッ!すいません、私ったら!」
顔を真っ赤にして慌てて手を離すアルテイシアさんに、ちょっとだけ可愛いな…とは思うが、まずはフォローが大事だ。
「クズハ、そんな所に立ってないで、こっちおいで…料理の続きをするよ。」
そう言って僕はクズハを呼ぶ…ついでに、クズハの落とした包丁も拾うのを忘れない。
「は、はい。」
「アルテイシアさん、ご飯はもう少しで出来ますので、向こうの部屋で大人しく待っていてください。
流石に、今度つまみ食いしようとしたら命の保証は出来ませんので。」
と、脅すのも忘れず追加しておく。
すると、顔をヒク付かせながらアルテイシアさんは逃げる様にキッチンを出て行った。
そして、そこには僕とクズハの二人だけの空間となる。
「クズハ、勝手に相談に乗ると決めちゃってゴメンね?」
「い、いえ…私の方こそ、包丁をあんな事に…。」
「大丈夫、僕は気にしないよ。
それに…アルテイシアさんがつまみ食いしようとしてたのって、クズハが僕用に取って置いた分だったんでしょ?」
「し、知ってたんですか?」
只のつまみ食いだったら、そうでも無かったのだろうが、僕用だからこそ…の反応だったのだ。
「いや、知ってたも何も…クズハの反応を見れば、誰だって分かるって…。」
「そ、そうですか…ポッ…。」
そう…誰だって見れば分かる事…一目瞭然と言える。
何故なら…アルテイシアさんがつまみ食いをしようとした特定の容器には、僕の好きな料理が、綺麗に盛り付けられて収納されている。
これを持って、どこかに出掛けたら楽しいだろうな…と思えるほどの物だ。
そう…クズハが我を忘れ、アルテイシアさんの命を脅かした物の正体…。
それは、クズハが僕の為に…調理の合間に、こっそりと作っていたお弁当だったのだ。
「クズハ、ありがとう。」
『ちゅっ♪』
それだけでクズハの纏っていた妖気とも言える様なオーラは完全に四散する。
代わりにピンク色の甘ったるいオーラがキッチンに充満していく…しまった、キスはやり過ぎたかッ!?
だが、気が付いた時は既に遅い…クズハは僕に抱き付いて、再びキスのお
こうなっては説得するには時間が掛かりすぎる…仕方がないので数回、クズハの気持ちが落ち着くまでキスをしてか、ら調理を再開…時折、キスをしたりして料理を全て完成させリビングへ…。
すると、僕達を見たアルテイシアさんが顔を真っ赤にして、全力で視線を逸らす…。
その行為で、僕は理解した…お腹を空かせたアルテイシアさんは、待ちきれずキッチンを覗き、僕達のキスの現場を目撃したのだと…。
そして、クズハは…と言うと…。
「き」
「き?」
ん?『き』とは、いったい?
「き、きゃ~~~~~!」
顔を真っ赤にしてキッチンの奥へと走り去ってしまったのだった…。
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