第212話 放浪神マルコ
かつてこの世界は神々によって創られた。神々は暇つぶしとしてこの世界に干渉し、そのことによって発生した超常の現象にこの世界の人々が慌てふためくさまを見て悦に浸っていた。この世界は神々が戯れに遊ぶ箱庭に過ぎなかった…。
しかしそんな神々の中にあってこの世界の者達にも自由に生きる権利があるのだと思い至る神が現れた。それは神々の中でも末端のものであったがその神は秘かに事を起こし、神々が起こす戯れに対抗できる力…、いや神そのものに対抗できる力をこの世界に生きる者へ与えたと言われる。それが
「この神は結構な変わり者だったらしいんだ。そしてそんな神と同じような変わり者の神が他にもいたってことになるんだよね…」
そう言ってプレスはニコニコ顔をティアに向けながら話を聞いている巨漢に視線を送る。
「そ、それは…。それはそれは…………」
マルコから笑顔を向けられて凍り付きながらも、なんとかそう呟きつつ引き攣った笑顔を返すティア。
「マルコによると、マルコには夢というか野望があったらしくてね…。神々の世界ではそれが実現できなくて…、そんな神々の世界で過ごす日々はとても退屈で空しいものだった。そんな時にこの世界の者達を見て寿命という有限である時の中で必死に生きて夢や野望を実現させようと努力する姿にある種の憧れを感じたらしいんだ…。そして
「あ、主殿…、その干渉というのが…?」
「この世界へ顕現すること…、だね…」
「ふふふ…」
マルコが笑顔のまま頷く。ティアは驚愕し困惑した…、そんな簡単にこの世界へ神は顕現することが出来るのだろうか…。それを察するかのようにプレスが言葉を繋ぐ。
「もちろん無限の存在である神が有限の世界であるこの世界に降り立つのは簡単じゃない。マルコは満身創痍の状態でこの世界…、もっと正確にはこの大陸…、現在レーヴェ神国の王都がある場所に堕ちたんだ。そこで偶々出会ったのがある国を出奔して冒険者をしていた一人の男…。後のレーヴェ神国初代国王になる人物だったんだよね…」
男はボロボロだったマルコを見て何の躊躇もなく助けたという。どこの誰とも分からない褐色の巨漢を躊躇なく助けたその理由は伝わっておらずマルコも多くを語ろうとしない。
ただマルコの夢を聞いた男はその夢を実現させることができる国を造ってやるとその場でマルコに約束したという。その十数年後、男は初代国王としてレーヴェ神国を立ち上げる。神国の神とはマルコのことを指しているのだとか…。建国までの十数年、マルコは男と共に旅をした。その最中に行った様々な超常の活躍こそが放浪神マルコとして今も各地で信仰される原型となったらしい。
「レーヴェ神国を立ち上げるとき、マルコは全身全霊をもって国に加護を与えた。それでレーヴェ神国は肥沃な国土と豊富なダンジョンを持つ豊かな国となって…、その関係で聖印騎士団も創設されることになった…。その代償としてマルコは神としての権能のほぼ全てを失ったんだ…」
本日、何度目かでティアが驚愕する。
「今のあたしはレーヴェ神国の外に出ることはできないわ。神国内の転移はできるけどね。それくらいのものよ♪」
ウフっと微笑む巨漢を見てプレスは眉間を押さえる。頭痛がしてきたらしい。
「ティア!それだけじゃないぞ!特殊な権能が使えないだけだ。マルコの力…、つまり攻撃力は神のそれのままだからね。現にさっきおれは死にかけた…」
ティアは気の毒そうにプレスに同意の意志を示す。そして何かに気付いたかのようにプレスへ問いかけた。
「主殿、一つ聞いても?」
「うん?」
「さっき言っていたマルコ様の夢というのは?」
「あー…、えっと、それは…」
プレスが説明しようとしたその瞬間、プレスを遮りものすごい勢いでマルコが立ち上がる。
「よくぞ聞いてくれたわ!!ティアちゃん!!あなたならぴったりよ!!スワンちゃん!!」
「はい」
気合を込めて呼びかけられたスワン司教は落ち着き払って応対する。まるでいつものことのように…。
「メイクルームは!?」
「以前のままです!」
「ディナーはこれからね!?」
「簡単なものは用意しようと思っていましたが…」
矢継ぎ早のマルコの問いかけに淡々と答えるスワン司教。
「わかったわ!プレスちゃん!彼女を借りるわね!!ディナーを楽しみにしてて頂戴!!」
そう言ったかと思った転瞬、太い腕がティアを子猫のように小脇へと抱えていた。対面で座っていた筈なのにいつの間に…、と思うプレス。
「マルコ…。素敵にしてあげてね…」
「ふふふ…。任せなさい!!」
どうやらプレスはマルコの意図を理解しているらしい。渦中のティアは状況がよく分かっていなかった。
「あ、主殿?」
呆然とした表情のティアにプレスは穏やかに話しかける。
「えっと…、ティア…、頑張ってね…。抵抗しちゃだめだよ?」
「が、頑張るとは…?」
「さっき言っていたマルコの夢だよ…。それは…」
「それは?」
「美の追求…」
「え?」
思わず聞き返したティアの言葉を最後にマルコとティアの姿は大広間から霞のように消え去るのだった。
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