第209話 大広間にて
「それでプレストン…、ここへは行方不明事件のことを聞いたからですか?」
スワン司教がそうプレスに問う。長年の無沙汰を詫びて改めて挨拶を交わしたプレスはティアと共にスワン司教に案内されて孤児院の広間へと場所を移して話を続けることになった。スワン司教の先導で孤児院の本館へと向かうプレスとティア。門前の地面に穿たれたクレーターは既にスワン司教が土魔法で跡形もなく修復されている。
「ああ。ギルドや騎士団よりも司教様の方が情報を知っていると思ったんだよ…」
プレスはそう答えながら孤児院に来た経緯をスワン司教に説明するのだった。程なくして大聖堂と呼んで差し支えない程の巨大な建造物が森の木々の隙間から現れた。これが教会だとしてもその大きさは尋常ではない荘厳な石造りの建物である。ドラゴンの姿に戻ったティアであっても簡単に入れそうな巨大な扉とそれを形作る大きなアーチには多種多様かつ複雑なモチーフの彫刻が施されていた。
「…主殿?孤児院と聞いていたが…、すまぬ…、我はもっと朴訥な造りの教会というものを考えていた…。これほどの大聖堂は見たことがない…。凄いものだ…。これを人族や亜人達の手が造ったのか…」
その荘厳さに圧倒されたのかティアがそんなことを呟く。
「ああ、おれも最初に見たときは驚いたよ。子供たちにとってはちょっと怖くなるような存在感だよね…。夏の肝試しにはいいかもしれないが…」
気楽な様子でプレスが答える。
「相変わらず罰当たりなことを言いますね…。放浪神の怒りに触れますよ?」
「ま、大丈夫だろう?」
スワン司教の注意を軽く受け流すプレス。司教も笑っているため特に気にしてはいないようだ。太陽は既に山々の彼方へと沈み幾つかの星も顔を覗かせ始めている。二人は大広間へと通された。突然の来訪にも関わらずシスターたちがお茶を運んでくれた。彼女たちもプレスのことはよく知っている。一息つくのもつかの間、プレスは話の続きに入るのだった。
「孤児院は司教様がいるからそれほど心配していないけど…。ギルドで聞いた孤児院を守る依頼をした伝手ってやつも気になったしね…」
「貴方もこの街に助力してくれるのですか?」
「司教様には世話になったからね」
「有難いことです。私としてもこの孤児院の子供たちを守るだけでなく事件そのものを解決したいと思っていました。しかし私は孤児院での結界の維持や警護であまり動きが取れないので…」
「依頼先っていうのは
「ええ…」
「誰が来るかは聞いている?」
「いえ…、人数も含めてそこまでは…、恐らく聖印騎士団の誰かだとは思うのですが…」
「サラあたりかな…」
「分隊長クラスが来るのは心強いですねぇ」
そう言いながらお茶をすするスワン司教。
「貴方が言うと…、なんかどうでもいい内容に聞こえるんだよね…」
そう呟きを返すプレス。聖印騎士団の分隊長は全員が一騎当千の化け物ばかり。各人が簡単に一つの国を亡ぼせるくらいの力を持っている。そんな港湾国家カシーラスの宰相と冒険者ギルドマスターが震え上がるような聖印騎士団の分隊長クラスの名前を聞いても平然としているスワン司教に不思議そうな視線を送るティアの姿があった。
「どのみち聖印騎士団が来るって言うならここの星雲騎士団はその指揮で動くことになるのだろうね…。おれ達は遊撃ってことで別行動の方がいいと思う…」
そう言っていたティーカップを手にしたまま突然プレスが固まる。その様子にスワン司教とティアがそれに気付くと同時に大広間がとんでもない量の魔力で満たされ空間に亀裂が生じた。
「やばい…」
気付いたプレスがそう呟きざまティーカップから手を離し神速で回避行動に移ろうとしたそのほんの僅かな動作の間隙を縫って…、
「ぐふっ!!」
プレスのくぐもった声が聞こえる。見ると空間の亀裂から褐色で筋肉ムキムキのぶっとい二本の腕がにゅっと伸びがっしりとプレスをホールドしていたのだった。
「プーーーーレーーーースーーーーちゃん!!!誰かと思ったらプレスちゃんじゃないの!!嬉しい!!!やーーーーっとあたしのところに帰ってくる気になったのね!!ずっと寂しかったのよ!!待ちわびたわーーーーーー!!」
そんな言葉と共に空間の亀裂から登場したのは身の丈二.五メトルを超える程の筋骨隆々にして見事に整えられた口ひげを蓄える褐色の大男だった。そしてそんな巨漢にがっしりとハグを極められ、抱きしめられた子犬のようになっているプレスがそこにはあった。
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