第200話 神獣フェンリル

 離れの一室にいたキャロライン、エーデルハイド、ブライらロヨラ家の者とその執事の視線が白い子供の魔狼に集まる。


「あの頃はカタコトの念話しかできなかったけど、ここまで話せるようになるとはね…」


 子魔狼がプレスの言葉に顔を上げると、その全身が銀色に輝いた。


「きゃっ!」


 思わず目を閉じるキャロライン。腕に抱いていた子魔狼が飛び出す。すると天鵞絨ビロードのような舌が自分の頬を舐めるのを感じて恐る恐る目を開く。高い離れの天井に届くほどの巨大な白狼が彼女の頬を舐めていた。エーデルハイドとブライは言葉を無くしている。ティアはプレスの傍らで静かに佇んでいた。


「シロちゃんなの?」


 わん!


 キャロラインの問いに答えるかのように吠え、彼女の頬をひと舐めすると白狼はプレスとティアへ向き直る。


「身動きも出来ず、自我も保てない状況からこのような姿に助け出していたこと、感謝します」


 そう言って白狼…。神獣フェンリルは二人へ頭を下げた。


「主殿に感謝してくれ…。我もこのようなことが可能とは知らなかった。これは奇跡と言って差し支えあるまい…」

「ティアがいてくれたから出来たことさ…。それにしても大きくなったな…。でも無事にその姿を取り戻せてよかった…。これでおれもイグナーツさんに顔が立つ…」


 そう言いながらプレスはフェンリルの大きな顔へと近づきその鼻先を撫でる。その行為が気持ちよかったのかフェンリルが横たわり腹を見せて服従のようなポーズをとる。


 はっはっ!


 そのふさふさとした銀色のお腹の部分へとてとてと近づいたキャロルが飛びつく。


「シロちゃん!ずっと一緒だよ!!」

「キャロル…。もちろんですよ…」


 なでなで…。わふわふ…。


 少女と巨大な魔狼がじゃれあうその光景に優し気な視線を向けていたプレスはエーデルハイドへと向き直る。


「エーデルハイドさん、驚かせたかな?シロはこの通りだから元通りというか…、それ以上かな…?」


「いえ…。なんとお礼を述べればよいものでしょうか…。感謝の言葉もございません…」


 我に返ったエーデルハイドがそう答える。傍らのブライも黙って頭を下げた。


「それで一つお願いがあるのだけど…」


「なんでしょう?私にできることであれば一命を賭して…」


「いやいや、そんな大変な事じゃないよ…。これを填め込めるようなネックレスかブレスレットのようなものはあるかな?」


 エーデルハイドを宥めながら、そう言ってプレスはその手に握っていたごく小さな真っ白い石を二人に見せる。透き通るような見事なまでの白さを湛えた美しい石だった。


「これは…?」


「ちょっとした魔石のようなものだよ。ふふふ…。これをネックレスかブレスレットに填め込んでキャロルに御守りとして渡したいんだけど…」


 含み笑いを零しながらプレスはエーデルハイドへとそう答えエーデルハイドはメイドを呼び寄せいくつかネックレスを持って来させるのだった。


 余談ではあるが呼び寄せたメイドがフェンリルの余りの迫力に思わず意識を失ったのは彼女の名誉のため、秘密である。

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