第191話 竜の到着

 プレスが冒険者ギルドに飛び込む少し前…。


 現場で指揮を任された現領主ストア家所属の騎士団で隊長をしているゴルリアは憮然とした表情を崩せなかった。魔道具を使い屋敷の門を魔法の一撃で破壊し、門の裏手にあった衛兵の詰所と思しき小屋を燃え上がらせたまではよかった。


 今、ゴルリアの眼前には気絶させられた数人の部下達が横たわっている。さらにその先に立ちこちらを見据えているのは一人の執事。


「たとえ領主殿の命とはいえこのような無法は看過できません。ロヨラ家の執事としてこのブライ、ご抵抗させて頂きます」


 そんな言葉と共に立ちふさがった壮年の執事が凄まじい戦闘力で騎士達の前に立ち塞がったのである。騎士達は破壊された門をまだ一歩も超えることが出来なかった。敷地の周囲は冒険者が包囲しているが、主であるジルハイド=ストアからは『これが正当な捕縛であることを証明するため、騎士団のみで正面から堂々と敷地に入りキャロライン=ロヨラを捕え連行せよ』という命を受けている。この執事をどうにかしない限りどうしようもないが、問題はこの執事の戦闘力だった。もうすぐ後詰めとして主であるジルハイド=ストアが到着する。


「それまでに屋敷を制圧せねば…」


 その顔には焦りがあった。


「冒険者ども!!貴様たちも加勢しろ!!」


 そう周囲を包囲している冒険者に命令するが彼らは一歩も動かない。


「悪いな!俺達はロヨラ家の包囲っつう依頼を受けただけで、戦闘に参加するとは聞いてない。このことはギルマスとも合意済みだ。文句があるならギルマスに言ってくれ!」


 そんなつれない返事を聞かされ額に青筋を浮かべるゴルリア。執事のブライは百人いる騎士団を前に一歩も退かないつもりらしい。


「くそがっ!!あとで見ておれよ…」


 そう吐き捨てるが冒険者がそんな言葉に怯むはずがない。結局は指揮に集中するしかなかった。


「ゴルリア!!」


 背後から声がかかった。


「!」


 振り向いたゴルリアの視線の先に十分すぎるほどに肥えた体を持て余すかのように馬に跨り、その荒い息で白い顔面を真っ赤にしながら大汗をかいている頭部の禿げ上がった男がいた。ストア家当主にして現領主ジルハイド=ストアである。ゴルリアは黙って跪拝した。


「キャロラインは!?キャロライン=ロヨラは捕らえたのか!?」


「も、申し訳ありません。今だ捕えるに至ってはおりません…」


「何をしているのだ!ロヨラ家には門番のみで騎士はいないということだったぞ!?何故、そのように時間を要するのだ!?」


「お、恐れながら…」


 ゴルリアは観念して状況を報告する。


「貴様は執事一人に手を焼いているのか!?」


「恐るべき手練れでして…」


「どれほどの手練れといっても一人ではないか!?」


 叱責をする領主と叱責を受ける騎士団長。門では騎士団と執事の睨み合いが続いている。こちらは膠着状態のようだ。そんなやり取りを冒険者達は冷めた目で眺め続ける。


 元々、冒険者達にとって現領主のストア家も前領主のロヨラ家も貴族とあって縁遠い存在だ。この世界は基本的に貴族と冒険者の折り合いが悪い。今回のような依頼であっても…、


「………リーダー…、あんたの言う通りあの執事に手を出すのは間違いだ…」

「当たり前だろ。あれは執事の姿をしているが以前はレーヴェ神国の近衛騎士団所属だった筈だ…」

「ってことは実力ならS級…」

「ああ、それくらいはあるだろうな…」

「リーダーがギルマスから周囲を囲むのみで戦闘には一切参加しないことで構わないって言質をとっていてくれて助かった…」

「な?」

「ちょっと疑っていた…、ごめん…」

「だろ?」


 そんな会話が敷地を囲んでいる冒険者達から聞こえてくる。そもそもの依頼が『ロヨラ邸に危険人物を捕えに行くストア家付き騎士団のサポートをする』といった内容だった。冒険者は無法者も多いが階級を上げている者は決して愚かではない。自身の生存に関することならなおのことである。ロヨラ家の執事であるブライの実力を知っている者達はその実力から仲間を護るため、執事の実力を知らない者達も、都合の良い使われ方が多い貴族からの依頼で余計な危険性を排除するために『その依頼ならばサポートはするが戦闘には参加しないことを認める』という言質をとって依頼を受けていた。


 冒険者達の話は続いている。


「それにな…、ロヨラ家と直接ことを構えるのはマズい…」

「リーダー?どういうことだ?」

「おれはこの辺りの生まれだからな…。ここはかつてエルデニア王国スライン侯ロヨラ家が統治する街だった。そして五年前の大戦の後もロヨラ家が引き続きここの統治を任された…」

「何を言っている?」

「あの戦いでこの辺りにあった五つの国は無くなった…」

「んなことは知っているぞ?」

「五つの国が無くなったのなら、と思う?」

「「「「「え??」」」」」


 それを聞いた冒険者達には思い当たる国が一つだけあった。


「「「「「リーダー…、まさか…?」」」」」

「…………レーヴェ神国だ…」


 リーダーの言葉に冒険者達が青くなる。


「おれが戦闘をしない意味が分かったか?」

「「「「「……………」」」」」

「何事もなければいいが…」


 そんなリーダーの言葉が終るかどうかの時、


 グゥルアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!


 耳をつんざくような雄叫びと共に、秋の太陽に照らされていたはずの彼らを大きな影が覆いつくした。その場の全員が凍りつきながらも必死で上空を確認する。


「遅かったか…」


 のリーダーが呟く。その視線の先には巨大なドラゴンのような魔物が凄まじい勢いで上空からこちらへと飛行している様子が映っていた。

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