第190話 あがる黒煙と受付嬢の想い

「ティア!街だ!!」


「うむ!」


 瞬時に駆け出す二人。ティアの転移魔法を使って地上に戻ってきた二人の目に飛び込んできたのはホワイトランドの街から上がる黒煙だった。全力で駆け出す二人。プレス達がダンジョン『白狼のあぎと』に潜ってから数日が経っている。時刻の感覚は曖昧だがどうやら今は午前であるらしい。何かがあったのだ。街中へ堂々と転移をするわけにもいかない。プレスはティアを伴い全速で冒険者ギルドを目指す。街へ近づくと黒煙はロヨラ邸の方から上がっているらしい。


「ちっ、『呪いの除去』の依頼を受けた冒険者のことを聞きつけて焦ったか…」


「主殿!あの依頼は主殿のように『呪いの除去』に興味を持つ冒険者を釣り上げるためのものだったのでは…?」


「ああ…、ちょっとそんな気がしてきたよ…。おれ達が『白狼のあぎと』に潜ったことを知って真実に迫っているとでも思ったかな…」


「ロヨラ邸に直接行かないのか?」


「まずギルドで情報を集める。あそこには執事のブライさんがいる。そんな簡単にどうこうは出来ない…」


 そんな話をしながらも黒煙が上がったことで騒然としている街中を駆け抜けた二人は冒険者ギルドへと飛び込んだ。いつもは賑やかなはずのギルド内には冒険者いなかった。たった一人で心配そうな表情を浮かべている『白狼のあぎと』のことを教えてくれた受付嬢に訊ねる。


「いまダンジョンから戻ってきたところなんだ。黒煙が上がっていたけど何があった?」


 受付嬢は震えながら口を開く。


「領主様が…、ジルハイド=ストア様がロヨラ家の御息女キャロライン=ロヨラ様の捕縛を命じられました…」


「何だ?その命令は…?まさか冒険者ギルドに依頼を?」


「その通りです。キャロライン様の存在は住民の脅威になるから…と、ストア家から騎士団が派遣されるとのことでその護衛の依頼があり、ほぼ全てのギルド職員と冒険者が付き従っています…。私は…、私は…、その依頼はおかしいと進言したのですが、一介の職員ではどうすることも出来ませんでした…。私は…、一度だけキャロライン様に声を掛けて頂いたことがあります。お屋敷に依頼の継続確認で伺ったときでした。私が冒険者ギルドの職員だと知ると興味を持たれたようでした…」


 その頬に涙が流れる。


『あなたのようにたくさんの人と会話ができると楽しいでしょうね…』


「そう言って儚げに笑って下さったあの方が私たちの脅威になるなんて…。きっと何かの間違いです…。そうに違いないんです…」


 最後は消え入りそうな声だった。プレスは自分の心に怒りの感情が湧いてくることを自覚していた。目を閉じてゆっくりと息を吸い…、そして吐いた。何をすべきかは決まっていた。しかしそれに加えてプレスはこの受付嬢にも何かをしてやりたかった。


「えっと、提案があるんだけど、君の名前は…?」


「名前…、ですか…?シルビアと申しますが…?」


「シルビア…。依頼を出さないか?内容は『キャロライン=ロヨラに迫る悪意の除去』だ」


「え…?それって…?」


「おれは冒険者だ。依頼があればそれを達成する。今ここにいるギルド職員は君だけだろう?君が依頼を発行できるはずだ!」


「そんなこと…、いえ…、それは…、出来ないことは無いです…。ですが…、確かC級冒険者のプレストンさんでしたよね…?C級冒険者の方にこの状況をどうにかできるとは思えないのですが…」


 プレスは自分がまだその役職についていることをこの時ばかりはレーヴェ神国の仲間に感謝した。


 困惑しているシルビアにプレスは懐のマジックボックスから一枚のプレートを取り出す。それは手のひらサイズの金属でできた一枚のプレート。そこには鷲と剣、そして背景に城があしらわれた美しい紋章が刻まれていた。


「そ、それは…」


 シルビアは言葉を無くす。冒険者ギルドの受付嬢であれば絶対に忘れてはならない紋章がそこに刻まれていたからだ。たった三人しかいない冒険者ギルドで落ち着いたプレスの声だけが聞こえた。


「おれはレーヴェ神国聖印騎士団で団長をしているプレストン=レイノルズ。必ずキャロラインを助けてみせるよ!」

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