第182話 イグナーツ=ロヨラが託したもの

 当時のエルデニア王国は資源の豊かなレーヴェ神国を攻めるべし、という国内の意見が日増しに大きくなり、周辺の四ヵ国との同盟の話も進められていた。にもかかわらずエルデニア王国において純然たる影響力を持つ侯爵家の主であったイグナーツは強硬意見に反対を表明していた。レーヴェ神国とは友好的同盟を結び技術や人的な供与を受け国内の発展に努めるべし、という当時のエルデニア王国内では極めて異端の考えをプレスとユリアに披露したのである。


『ただ他のところから人や物を呼び込むのでは、この国が…、この街が食い潰されることになりかねない。この国の民がレーヴェ神国から学び取り、この国の民がこの国を発展させる…、その上で人や物を呼び込むことが肝要だと思うのだ…』


 身分を隠してのことではあったが、そんなイグナーツの考えに賛同したプレスとユリアは協力を申し出た。


「もう少しで色々と協力できるはずだった…。だけど戦いが止めようもなくなってね…。レーヴェ神国は降りかかる火の粉に決して容赦はしない…。だけど見境もなく相手を滅ぼすようなことはしないんだ…。あの戦いでは国内に攻め入った兵と戦いに賛同した貴族しか標的にしないと決めていた…。おれ達は各国に散って戦いに反対する貴族を探し秘かに投降を呼びかけたんだ。今でもレーヴェ神国内で暮らしているかつての貴族たちは結構いる筈だよ…。ロヨラ家もその一つで…」


 プレスの言葉に悔恨が宿る。


「秘かに会いに行った…。全てを話したよ…。聖印騎士団の団長と分隊長だって…。彼は笑っていた…。そしてそれまでのことに感謝されたよ。協力を申し出てくれてありがとう…って。おれは彼らが神国に来てくれると思った。だけどイグナーツさんは断ったんだ…。侯爵として領地に留まる義務があると…。そして戦いを止められなかったことの責任があると…」


「主殿…」


「イグナーツさんは二つのことをおれに願った。一命を賭してって言われてね…。一つが家族と使用人のことを頼むと…」


 プレスが握った拳が震える。


「もう一つが…、最強の騎士を差し向けてほしい、だったんだ…。あの時、戦いに反対していたロヨラ家が裏で神国に繋がっているのでは…、という疑惑があった。この地に残るのであればそれを払拭してして貴族の誇りを示す必要がある。そのため彼は騎士との一騎打ちを望んだんだ…。その剣で死ぬことをね…」


 プレスがティアを見る。


「本当はおれが出向くはずだった…。だけど五万の軍勢が神国の国境に迫ってね…。あれだけの人数を殺めることを部下にさせたくなかったおれは自分が出ることにした…。そしてロヨラ家にはミケを向かわせた。全てを説明してね…。二番隊隊長ミケランジェロ=ハーティアの名前は『真紅の剣姫』の二つ名と共にこの辺りでは死と同じ意味で知られていたから…。帰ってきたミケには本気で殴られたよ。なんであんないい人を斬らなくてはいけないのかって…。でもミケは勝ち名乗りの場でイグナーツさんのことを強者と認めその武勇を称えた。そのことが大きく影響してエルデニア王国が無くなった後もこの街の統治は引き続きロヨラ家が行うことになったんだ…」


「主殿はイグナーツ殿に託されたのだな…」


「ああ…。だから助ける…。必ずだ…」


「我も全力で助力することを誓おう」


 二人は陽光の下は頷き合った。


 その帰り道…。


「レイノルズ様…。これを…」


 門を出ようとするプレスにブライが封筒を渡して囁く。


「奥様が…。エーデルハイド様が申し上げることが出来なかった四年前に起きた出来事です。どうか…、どうかキャロライン様をお救い下さい…」


 プレスは頷き無言でその封筒を受け取るのだった。

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