第173話 最後の夜は御馳走で!

 そして今日が最後の夜。


 見事な腕前をずっと眺めていたせいか、最近はギゼルさんが料理をするところを見るのが楽しく感じる。


 ギゼルさんは大振りに切り分けたボアの油身が多めの肉…確かバラ肉って言ったっけ、を鍋に入れ調味料と葡萄酒ワインを肉の半分ぐらいに注いで蓋をする。

 それを風魔法で覆ったまま土魔法で作ったかまに火を焚いてその鍋をその内部に置いた。


 同時にパンを作り始める。見事な手並みで作ったパン生地をかまの鍋の側において焼き始めるとさらに別の工程に移る。


 今朝に狩ったロックバードの巣が近くにあったため運良く手に入れた卵を使い何やら作業を始めた。


「甘いものだ!教えてギゼルさん!あたしも手伝う!」


 そう言ったのは猫族ワーキャットのアミー。どうやらこの旅で甘いものが好きになったらしい。あんなに好きなら王都に着いた後いろいろ買ってやろう…。そんなことを思っていると卵黄だけをいくつか取り出して鍋に入れる。葡萄酒ワインと砂糖を投入してゆっくりと火にかけ始めた。


「アミーさん。火にかけすぎないで!ゆっくりとだぞ!固まらないようにゆーっくり…、ゆーーーーっくりと…」


 ギゼルさんはそんな指示をしているが大丈夫か?斥候として活動しているとき以外、あいつ意外とせっかちなところがあるから…。


「あ、あれ?あ、あ、あー!固まってきた!ど、ど、ど、どうしようギゼルさん!?」


 ギゼルさんの鍋の中でもったりとクリーム状になった黄色い液体と比べて、アミーの鍋は俺達もよく知っている炒り卵の半熟状態になっていた。


「ご、ごめんなさい…」


 可愛い立派な猫の耳をシュンと垂れさせながらアミーが謝る。しかしギゼルさんは笑顔のままだ。


「大丈夫だよ。よくあることさ!ちゃんと解決法もある!」


 そう言うとギゼルさんはマジックボックスからボウルと泡だて器を取り出す。残っていた卵白と砂糖をボウルに入れると氷魔法で冷たくしながら泡だて器で一気に泡立てる。同時進行で半熟の炒り卵状になった鍋を氷で冷やしたらその中に泡立てた卵白を投入しさっくりと混ぜ合わせた。少し残した卵白を人数分の小さな器に入れその上から先ほど混ぜ合わせた半熟卵と卵白を流し込む。


 ギゼルさんが作った方も同じく冷たくしてから、別に用意した人数分の器にそのまま流し込まれた。


「ザバイヨーネ完成!!それも二種類!!冷たくしておいて最後に食べよう!!」


 にこやかに宣言したギゼルさんだが本当に美味くできたのだろうか?


「さ、召し上がれ!今日は豚肉のブレゼとパン。最後にはデザートもある!」


 そう言われて出されたのが薄ピンク色の断面も美しい火を通されたボアのバラ肉。上からかけられた茶色のソースからもいい薫りがする。これは煮込みか?


「ブレゼ?煮込みとは違うのですか?」


 俺と同じように察したクレインが尋ねる。


「通常の煮込みとは作り方が少し違う。皆が知っている煮込みよりもちょっぴり固めかもしれないがその分だけ肉が美味いぜ!」


 そう言われて喰ってみる。


「おお!肉の味が濃い!確かに肉が美味いぞ!!」

「私が知っている煮込みはトロトロで歯ごたえもなくなる位のものですが、これはしっかりと肉の存在感を感じます。それでいてとても濃厚に味が入っている」

「ホントに不思議!ここまで味を入れるともっと柔らかくなるはずなのに…」

「美味しい!美味しいよ!」


 皆が絶賛する。ボアの肉なんてありふれている筈なのにこんなに美味い料理になるなんて考えたこともなかったな。


 いつもながら柔らかくて美味しいパンと共に堪能し、いよいよデザートの時間だ。冒険者が夜営の際に甘味にありつけるなんて常軌を逸した出来事だ。ちょっと当たり前になってきた自分が怖いな…。


 そう思っていると先ほど作っていた二種類の卵料理が運ばれてくる。何て言ったっけ…?


「ザバイヨーネ!!二種類だ!!黄色い方がおれの作ったやつで、白い卵白が混ざった方はアミーさんが作ったやつ。召し上がれ!!」


 じゃあ先ずはギゼルさんの方から…。うん!美味しい。柔らかで素敵な甘みとワインの風味がとっても合う。ま、アミーの作った方も失敗作だけど食ってみないと…。そう思ったが…。


「あれ…?美味い!?」

「こちらも素晴らしいですよ!アミーさん!トロトロ半熟の卵と泡立てた卵白の食感が素晴らしいです!」

「ギゼルさんには悪いけど、私はアミーが作った方が好みかも?」

「美味しい…?失敗したはずなんだけど…??」


 アミーも不思議そうだ。


「あはは。アミーさんの作った方も美味いだろう?本来は失敗を補う方法なんだけどザバイヨーネに関してはこちらの方が美味しいって思う人も多いんだ。言っただろう?大丈夫って!」


 そう言って笑うギゼルさん。落ち込んでいるようだったアミーも完璧に笑顔を取り戻せたようだ。


 魔物避けは出し惜しみせず使ってある。手前の街で入手した酒を開けて深夜まで楽しむ。こんな日があってもいいだろう。ギゼルさんが店を出すなら通わないとな…。賑やかに飲み食いする一同を眺めながらふとそんなことを思うのだった。

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