第172話 依頼者が食事を作る護衛依頼

 まだ初夏の頃…。


 港湾国家カシーラスの首都ヴァテントゥールでの依頼を達成し、レーヴェ神国に向かおうとしていた俺達にギルドの受付嬢が提示したのがレーヴェ神国の王都までの護衛依頼だった。

 報酬は金貨二十五枚で食事とそれに関連する燃料費等はあっち依頼者持ちとの依頼だ。話を聞いた直後は正直微妙な印象だった。レーヴェ神国までの道のりはどんなに急いでも六十日以上はかかる。二日で金貨一枚としても三十枚は欲しいところだ。

 だがメンバーと話し合い食材を持ち運ぶ等の面倒ごとやその出費を削れるのならそこまで悪い話ではないとの結論に至り、その依頼を受けることになった。


「宜しくお願いします!」


 そう言って同行することになったのが今目の前で料理を運んでくるギゼルさん。二十後半、男性の料理人でレーヴェ神国の王都で店を始めることが目標で王都を目指して旅をしているとのことだった。明るく朗らかな人で俺達は早速打ち解けた。そうして初日の夜から俺達は驚かされる。


「あ、ギゼルさん!マジックボックスを持っているのですか?」


 神官のクレインが驚いたような声を上げる。俺も驚く。マジックボックスは高位の冒険者であっても貴重品だ。あの品があるのとないのでは冒険の効率がまるで違う。


「ああ。これがあるから食事の用意をこっち持ちにさせてもらったんだ」


 そうギゼルさんは言う。既に口調はフランクだ。聞けばエルニサエル公国のカーマインの街で行われたオークションで競り落としたらしい。結構な金額をつぎ込んだと言っていた。マジックボックスに投入したものは時間経過や大気の影響を受けないため食材を運ぶには最適らしい。


 そんなギゼルさんはマジックボックスからいくつかの野菜を切り出し、干し肉、腸詰を取り出す。それらと水魔法で出した水、塩少々を鍋に投入すると、土魔法を使い小さいながらも内部で薪を燃やすタイプのかまを作る。火を焚いて鍋をその内部に置く。沸騰したところで鍋をかまから取り出して風魔法で鍋を覆った。


 不思議なことをするものだと思っているとマジックボックスから小麦粉を取り出し水魔法で水を加えて練り始める。乾燥酵母を砂糖水で溶いたものを加えてさらに練り込みまとめると小さな雷魔法を発動する。どうやら生地を温めているらしい。その後に切り分けた生地を風魔法で覆いさらに四半刻ほど休ませた後、形を整えて先ほどのかまに投入し火の近くに置いた。見事にパンが焼きあがる。鍋を風魔法で覆ったところから一刻といったところだろうか。


「今夜はポトフとパンだ!召し上がれ!」


 そう言って仕上げに胡椒をかけた煮込みとパンを作ってくれた。驚くほどの短時間で料理を作る腕にも驚いたが魔法使いのリンダは驚愕している。


「あ、あのギゼルさん?その魔法は?」


 やっとのことで口を開いたリンダが問う。


「え、ああ!おれはこういうちょっとした魔法なら使えるんだ。戦闘には全く役に立たないけどね…。きちんとした厨房があれば魔法は使わないで作った方が美味しいんだけど今は旅の空の下だからな」


「…」


 何気なく言うギゼルさんと無言で頷くしかないリンダ。だがこれは俺から見ても尋常な制御とは思えない。威力はないかもしれないがその制御は達人の域だ。


 そして料理も美味かった。

「うめぇー!そして温かい!サイコーだ!!」

「これは素晴らしいです」

「体の芯から温まりますね」

「旅の途中でこんな柔らかいパンに出会えるなんて…」


 全員が虜になったのは言うまでもない。だから途中で魔物を狩りその肉を使って貰ったし、街に寄った際は野菜や調味料を補充していた際に資金提供を申し出た。どの料理も本当に美味かった。ひと夏かけたこの旅路。もう夏も終わる。そして今日が最後の夜。とても楽しみだ。

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