第103話 魔物との遭遇

 進路を変えた帆船は急激に速度を上げ、あっという間に魔物に襲われている船との距離を縮める。


「速い!!これは…魔道具?」


「鋭いね、兄さん!そのとおり、これは魔道具の力だ。帆の力だけではこの大河は上れない。そのときに使うもんだが、緊急事態だからな!」


「船長はあの船の名前をリンドバル号って言ってたけど知ってる船なのかい?」


「ああ、別に親しいわけじゃないがあの船はリンドバル号。港湾国家カシーラス国王直属の船だ。乗っているのは恐らく国王か宰相の縁者だろうな…。だが今それは関係ない。俺たち船乗りは悪党ではない限りそれが誰であってもその窮地を見捨てない!必ず助けるぜ!」


「流石は船乗り!手伝うよ!」

「我もだ!」


 そう言っている内に、目的の船までの距離は数百メトルとなり、プレスは魔法が届く距離になったことを確認する。いや…、もっと遠間から攻撃する手段も無いわけではなかったが、ティアに索敵能力を最大限発揮させ、戦況が膠着状態で死者が出ていないことを把握していたプレスは力を隠し自重することを選んだ。


「ティア!行くぞ!」


「了解だ!主殿!」


「「火矢フレイムアロー!!」」


 プレスとティアが同時に火矢フレイムアローを唱える。途端に数百本の火矢が放たれ、船を取り囲んでいた魔物達を正確に迎撃する。素晴らしい威力を持つ青白い火矢は一撃で魔物の命を奪う。瞬く間に魔物達は駆逐された。


「「「「す、すげぇ!!」」」」


 武器を構えていた他の護衛をはじめ、戦闘準備に余念のなかった船員たちも目を丸くしている。


火矢フレイムアローってあんなに打てるもんだっけか?」


「威力も凄いが、精度が桁外れだ…。普通はあんなに命中しない…。魔物は全滅だな…」


「これは夢、きっと夢なんだ…」


 呆然としている船員たちを尻目に船長は檄を飛ばす。


「呆けているんじゃない!魔物の残りに注意しつつ、船を寄せろ!治療魔法ができる奴は乗り移って怪我人の治療だ!」


「「「「ア、アイAYEサーSIR!!!」」」」


 徐々に速度を落としながら襲われていた船との距離を詰める。中型の豪華な装いの船だ。船長が拡声魔法を使って声を掛ける。


「こちらは商船ウエストウッド!!俺は船長カールだ!!そちらの状況を知りたい!!」


 その声にあちらの船の甲板に現れた女性から拡声魔法を使った返答があった。


「こちらカシーラス所属リンドバル号!私は船長のグレイス!軽傷者がいるけどこちらで対処できる状況よ!カール!助力を感謝するわ!」


「グ、グレイス!?」


 船長の声が裏返る。グレイスと言う名前を聞いて商船ウエストウッドの船員たちが次々と声を上げる。


「あー!あねさん!お久しぶりです!」

「リンドバル号の船長たぁ、出世しましたね!」

あねさん!あいかわらずいい女っぷりですね!」

「やっぱりあねさんについていくべきだったかなぁ!?」

「だから言ったじゃねーか!あねさんのほうがいいって!!」


 どうやら船長のカールと知り合いらしい。


「うるさい!お前たち!だまって仕事しろ!!」


 その剣幕にまた蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく船員たち。プレスはその一人を捉まえる。


「ねえ、あっちの船長さんってこっちの船長の知り合い?」


 プレスの問いにその船員はプレスとティアの耳元で囁いた。


あねさんは元この船の副船長でカール船長の昔の女ってやつです…。とっても優秀な船乗りで船長と喧嘩してこの船を降りた後、どこかで船乗りをしているとは思っていたのですが、まさかリンドバル号とはね。おれたちも驚きです」


「へー。船長も隅に置けない…」


 そんなことを呟いたプレスは、巨大な気配を察知した。ティアを見ると同じことを感じたらしい。


「これは…。船長!!逃げる準備を!!河底からヤバいのが来る!!」


 声を張り上げるプレスに周囲の視線が集まる。


「兄さん、ヤバいってどんな…」


 カール船長が言いかけたとき、すぐ近くの川面が持ち上がり隣り合った二隻を合わせたよりもさらに大きい魔物の頭部が姿を見せる。そして激しい揺れが二隻を襲う。魔物は徐々に首をもたげながらその全身を水面へと押し上げる。『大きい』では形容しきれないほどの凄まじい巨体が船員たちの眼前に現れた。


 シャギョオオオオオオオオオオオオオオ!!!!


 耳をつんざく雄叫びが周囲に轟く。


「あー…………。なあ、ティア…。なんでこいつが河にいるんだ?」

「うーむ。我にも分からんぞ…」


 プレスとティアはいつもの調子なのだが、船員たちはそれどころではない。


「「「「リ、リ、リ、リヴァイアサンだー!!!」」」」


 悲鳴にも似た船員たちの叫び声が二隻の船内に響き渡った。

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