第89話 練武場
亜人協会の面々とプレスを伴ったティアは倉庫街に設けられた広場のような一角に到着した。話を聞きつけたのか観客席のような一角には既に何人かが歓声を上げている。
「広いね…。ここは練武場かな?そして彼が対戦相手?さっきあなたの後ろに立っていた…」
木箱を背負い長剣を腰に差したプレスは、舞台の中央で待機している獣人に目を向ける。おそらく豹の獣人だろう。そんなプレスに獅子の獣人である亜人協会会長のレムルートは鋭い視線と言葉を投げつけた。
「その通り!ここは亜人協会が管理する練武場。そなたらの実力を見せてもらうとしよう。対戦相手は我が護衛の副官を務める者だ。そして対戦前に一ついいことを教えよう。ここは特殊な魔道具が使用されており魔法が使えぬのだ!」
そう言われてプレスは空間を確認する。確かに何やら魔法の構築を阻害する作用が空間に満たされているらしい。しかしこの程度ではプレスやティアの魔力行使を妨げることは出来ないだろう。ただ現時点でプレスに魔法を使うつもりはない。淡々と質問する。
「ルールは?」
「魔法が使えないため使用できるものは武器のみ!そして相手を戦闘不能にした場合に勝利とする!」
プレスはやや怪訝な表情を浮かべた。
「戦闘不能?死亡も含まれるってことかな?」
「勿論!我ら亜人の戦いは常に死と隣り合わせ!不殺などという小賢しいルールは設けておらん!生死を問わず勝敗を決するものとしている!副官の実力はA級冒険者のそれとさして変わらん。そなたが負けを認めて辞退するなら止めはしない」
「……」
まさかここで護衛を斬り殺す訳にはいかない。できないことはないが依頼内容はあくまで護衛だ。生死を問わずと言ってはいるが大体にしてこういったときは遺恨が生まれる。それでは護衛の任務に支障が出ることは明白であった。
「了解したよ。最初はおれが闘うってことでいいかな?」
いつもの調子で答えるプレス。その言葉には余裕がある。しかしレムルートはその余裕を鼻で笑い飛ばす。
「そうか…。ふふん。怖気づかなかったことは褒めてやろう」
そんなレムルートの言葉を無視するかのようにプレスはティアに背中の木箱を渡す。
「ティア!これを頼む」
その言葉に頷くティアは声を潜めてプレスに話しかける。
「承った。しかし大丈夫なのか?」
「大丈夫とは?」
「いや…。武器のみで主殿に挑むなどとは愚かの極みであるとは思うが、戦闘不能にするとなると結構な怪我を負わせることになるのではないか?生死を問わずと言ってはいるが恐らく遺恨が生まれるであろう?あと…先ほど階級を蔑ろにされたことに少しだけ怒っているのか?主殿?」
ティアの言葉にプレスは微笑む。そしてティアの頭に手を置いて優しく撫でる。
「ど、ど、どうしたのだ?」
「いや…。ティアもおれと同じことを感じてくれていたからさ…。そう思ったら嬉しくなったよ」
プレスの言葉にティアが赤くなる。
「と、唐突に何なのだ!そ、そんなことを言う余裕があるのなら、子竜の姿の時だけでなく人の姿の時でも、も、も、もっとこう、優しく…」
後半が極小になってしまいプレスの耳に届かない。そんなプレスは獲物として壁に掛けられた訓練用であろう木剣を手に取る。長剣は腰に差したままだ。
「きっちりと勝ってくるさ!」
「あう…」
ティアの頭から煙のようなものが見えたのはきっと気のせいだろう。しかしティアの指摘通り、このときプレスはその穏やかな表情とは裏腹に圧倒的な強さを見せつけて勝つことを考えていた。勝たなければ護衛の仕事を相手に納得させられないという理由もあったがC級という階級を蔑ろにされたことにほんの少しだけ怒りを覚えていたのである。
「双方、こちらへ!」
審判をする亜人の声が響く。兎の獣人だろうか…。眼鏡をしていた。
「お待たせしたね」
清々しい笑顔を浮かべ木剣を手にして舞台に立ったプレスを見て対戦相手である豹の獣人は長剣と盾を携えながら顔を歪ませる。
「その獲物は…俺が相手ならばその程度の武器がお似合いと言いたいのか…」
「殺すわけにもいかないからね…」
「ぐっ!」
挑発であると感じたのだろう。獣人はそれ以上は乗ってこない。
「勝敗はどちらかが戦闘不能となることでの決着とする!」
頷く二人。異議がないことを確認した審判が手を掲げ、見物人たちの席から歓声が沸く。距離を取る二人。豹の獣人は長剣と盾を構えた。プレスは右手の木剣をだらりと下げた自然体のままだ。
「始め!!」
その言葉と同時に豹の獣人が仕掛ける。亜人で構成される観客も協会の面々も獣人側の勝利を微塵も疑ってはいなかった。しかし飛び掛かるように全速で間合いを詰めた獣人とプレスが交錯した後、地面に伏したのは豹の獣人であった。
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