第84話 教団の司祭
『クレティアス教の司祭か?』
ティアの念話が飛んでくる。
『ああ、あの装束は司祭特有のものだ。あの衣装を目にするのはあんまり愉快なことではないよ。あいつらが関わってくるとあまりいいことが起こらない…』
『それにしても主殿…。あの者、かなりの使い手ではないか?武器は分からんが鍛えているし魔力も大きいようだ』
ティアの問いに頷くプレス。
『あいつらは戦闘能力も高い…。どの辺が人類愛を謳う教団なのか分からないくらいにね…。この前の異端審問官が可愛く見えるくらいにあいつは強いと思う。そこそこの冒険者では手も足も出ないだろうさ。それにあいつらは冒険者と同じように奥の手を使う』
『奥の手?』
『噂だけどね…。司祭まで出世すると彼らの信じる神の遺産とやらを下賜されるらしい。様々な奇跡を起こすそうだ』
『奇跡…?呪いの類か?主殿や我に影響を与えるようなものなどそうそうあるとは思えないが…』
『ま、念のためってことだね。面倒な呪いや毒関係なら完全に防げない場合があるかもしれないからね』
『了解した』
プレス達がそんな念話のやり取りを行っている中、受付嬢がニコライ=ローレンシアに対応している。
「あの…。申し訳ありません。なぜあなたが当冒険者ギルドのマスター代理を務められるのですか?」
この場にいる一同を代表した質問と言ってよい。既に獣人の冒険者達は固い表情をしている。そんな雰囲気を気にもせずクレティアス教の司祭を名乗ったニコライ=ローレンシアは気取った笑顔で回答する。
「各地にある冒険者ギルドはその街の当主と取り決めを交わしているね?街に危機的状況が発生した場合、ギルドマスター(もし役職を設置していた場合はサブマスター)に次ぐ地位(序列二位もしくは三位)のものを街の当主はギルドに派遣することができる。知っているかな?」
「それは存じています。しかし、現時点でマスターもサブマスターも行方が分かりません。速やかに代理のものを立てます。まずその者がギルドマスターの代理として対応するのが適切な順序かと存じますが…?」
至極真っ当な意見だと周囲のものは思っていた。プレスはほんの少し怪訝な顔をした。受付嬢の言葉を聞いたニコライが一瞬だけ不敵な笑みを浮かべたことを見逃さなかったのだ。
「君は聞いていなかったのかな?一年前に取り決めが改訂されたのだよ。いまはギルドマスター不在時の状況について条件が付いている」
「条件ですか?」
「そう。病気、死亡など明確な理由がある場合にのみ代理人を立てることができるっていうね。現在は二人とも行方不明と聞いている。これは明確な理由が不明な状態であると街の領主様は判断された。ここに書きつけがあるよ」
それを渡されて読む宇受付嬢の表情がよくない。周囲の冒険者たちも現状があまりよくないことを感じ始めているようだ。
「そういったところで、以後、宜しくお願いします」
気取った態度を崩さないニコライ。
「誰がお前のことをマスターと認めるか!このギルドを教団の好き勝手にされてたまるかってんだ!おいさっさとここから出て…」
そう言いながら一人の狼の獣人がニコライの肩に掴みかかった瞬間。
「ぶっ!」
いつのまにか後頭部を鷲掴みにされた狼の獣人は顔面から床に叩きつけられる。想像以上の早業とニコライが持つ潜在的な戦闘能力を感じたホールの面々は騒然とする。
「うるさい犬っころだ。私は神の言葉を伝える司祭。神の御前にただ黙って顔を伏せていれば何もされなかったものを…」
どこからか取り出したハンカチで手を拭いながら淡々と語るニコライ。獣人の冒険者達から鋭い視線が投げかけられるがどこ吹く風と言ったようだ。獣人たちも先ほどの早業を見て迂闊には動けないらしい。
「さて、もうご存じかは分かりませんが、商業ギルドの方でも同じように我が教団の者がギルドマスター代理を務めさせて頂きます。多少の混乱はあるでしょうがこれまで通りの対応をお願いしますよ?あ、それと冒険者の皆さん!当分の間、街の外に出ることを禁止します。ギルドマスターにも容疑がかかっていますが、皆さんも武器の使用に馴れた方々です。一応、昨日の夜の行動について一通り聞かせてくださいね」
そんな声を聞きながらプレスとティアは人目に付かないようにギルドの外へと移動し、ギルドから距離を取るようにコボルト亭を目指していた。
「主殿。無理をするならいざ知らず、冒険者証を提示するのであれば街から出られそうにないぞ?」
「面倒なことになったね。最悪ティアの背中に乗って飛んで逃げれば問題ないけど…」
「これからどうするのだ?」
「ちょっとギルドを出たときから気になることがあってね…あっ、やっぱり…」
そう言って指をさすプレスの先にフードを目深に被った何者かが横道の物陰で手招きしている。
「ティア…。ちょっと話を聞いてみよう…」
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