第83話 事件発生

「どうしたのかな?」

「主殿、何かあったようだ」


 翌朝、コボルト亭のふかふかに焼き上げられたパンと自家製マーマレード、そして美味しく入れられたコーヒーで気持ちよく朝のスタートを切ったプレスとティアが訪れた冒険者ギルドはただならぬ雰囲気に包まれていた。

 パーティだろうか…依頼を検討するでもなくホールのそこかしこで何人かが集まり暗い表情で話し込んでいる。カウンターで受付嬢に説明を求めている者もいるようだ。プレスは近くにいた一人に声をかける。


「すみません。一体何があったんですか?」


 冒険者はならず者も多い。簡単には教えてくれないだろうかと思っていたが…。


「聞いてないのか?昨日の深夜、商業ギルドのギルドマスターが殺されたんだ」


 簡単に教えてくれた。この冒険者はいい人らしい。プレスは情報を引き出しにかかる。


「殺された?確か…昨日、冒険者ギルドのマスターと会談があったんじゃ…?」


「その通りだ。会談後二人一緒に会場だった店から出たことまでは目撃されているらしい…」


 あまりよくない内容のようだ。


「それって…?」


 プレスの問いに頷く冒険者。


「ああ、冒険者ギルドマスターに商業ギルドマスター殺害の容疑がかかっているってことになるな…」


 どうやら大変なことになっているらしい。プレスは質問を畳みかける。


「あの…。二人が一緒だったからと言ってそんな簡単に容疑者になってしまうのでしょうか?そもそも冒険者ギルドが商業ギルドを恨む理由なんて…?特にマスター同士なら…」


「きっとみんなそんな風に考えている。だけど今回は状況が悪い…。商業ギルドのマスターは肩から一刀両断に切り殺されていたらしい。それは見事な一撃だったと検死の情報が流れている。冒険者ギルドのマスターはかつては凄腕の長剣使いとして知られた元S級冒険者だ。街の騎士たちは疑わざるを得ないってことだな…」


「なるほど…それでこの状況ってことですね?」


「そう。商業ギルドも同じだろうが冒険者ギルドは大混乱ってとこだ。サブマスターもどこにいるんだか…」


「サブマスター?」


 聞きなれない単語にプレスは反応した。


「ああ、珍しいだろ?このギルドでは伝統的にサブマスターを据えることになっている。帝国と接していて何かと交渉ごとの多い街だからな。冒険者ギルドでも代表として発言できる者を複数おいて迅速に対応できるようにしようって目的らしい…」


「なるほど…。そのサブマスターも行方不明だと?」


「いや、そこまでは分からんが、さっき聞いた所では連絡がつかないらしい。じゃ、おれは行くぜ。今日は早仕舞いってやつだ」


 お礼を言って冒険者と別れるプレス。お礼際にポーションを渡す。喜んでくれたようだ。そんなプレスの背中にティアが声をかける。


「主殿…これはかなりマズい状況なのではないか?」


「ああ、ティア!こうなったら依頼を受けるのを諦めて南を目指そうか?とも思うけど…」


「どうしたのだ?そとの馬車が気になったのか?」


 プレスの索敵能力が外に止まった馬車を見つけていた。従魔であるティアもその反応を感じることができる。


「これは根が深いかもな…」


 ぐったりした様子でプレスが呟いたのと同時に冒険者ギルドの扉が勢いよく開かれた。


「おはよう!諸君!」


 場違いとも言えるくらい明るいトーンでの挨拶に全員の視線が集まる。開かれた扉には一人の男が立っていた。ローブを纏った神官風の男だ。ただ黒衣のローブに金のラインが入ったそれは『聖なる』という表現よりかは『禍々しい』といったほうがよいくらい不気味な雰囲気を湛えている。静まり返るホールの中、男は視線を気にすることもなくギルドのカウンターのところまで移動する。


『主殿…、主殿はあの者を知っているのか?』


 ティアの念話が飛んでくる。従魔のティアはプレスの感情をある程度共有することができる。プレスの微妙な心情を感じたのだろう。


『いや…あいつを直接知っているわけではないけど、何者かは知っている。どうやらこの街は厄介事に巻き込まれたらしい…』

『厄介事…?』

『ああ、ちょっとこの街に滞在することになるかもね…』


 そんな念話を交わしているとカウンターまで来た男が振り返り周囲を見渡して声を挙げた。


「私の名はニコライ!ニコライ=ローレンシア!クレティアス教の司祭にしてロンドルギア支部の副支部長をしているものだ!緊急事態の対応法に則り、いまこの時をもってロンドルギア冒険者ギルドのギルドマスター代行を務めさせてもらう!!」


 その場にいた冒険者達は驚きの表情を浮かべるのであった。

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