第28話 大公の息子

「お止めください!」


 森の奥から声が掛かかる。


「サファイアのご無礼をどうか許して頂きたい」


 姿を現したのはまだ年端もいかない子供だった。十五歳くらいかと思われる。街に暮らす少年が遠出をするような服装をしているが、プレスは少年が腰に下げている短剣を見逃さない。彼の短剣の拵えは一般市民の手が届くようなものでないことは明らかだった。


「君は…?」


 サファイアを組み伏せたままプレスは尋ねる。


「貴様!無礼だぞ!」


 組み伏せられたサファイアがその殺気を隠しもせずに言葉を投げつける。


「いや…。おれは君に問答無用で斬りつけられたからこうしているだけだよ?さっきから言っているだろう?何か誤解しているから事情を話してくれって…」


 プレスも困り顔である。すると少年がプレスの前まで来て頭を下げた。サファイアが歯噛みするのが伝わってくる。


「本当に申し訳ありません。この者は我が国の騎士であり私を警護してくれているサファイア。彼女は私を思うあまりあなたに剣を向けました。しかしあなたは彼女を超える技量を持ちながらも殺さずにおいてくれた。このことにまず感謝申し上げます。私の名はトーマス。トーマス=ラーゼルハイド。エルニサエル公国で大公を務めるイサーク=ラーゼルハイドの長男です。もしお許しいただけるのでしたら、彼女を開放して頂きたい。そして彼女が誤解した内容についてもご説明させて頂きたく思います」


 そう言われたプレスはサファイアを開放する。立ち上がったサファイアはトーマスに目配せされ傍らに控えた。プレスは頭を下げる。呆然と見ているだけだったガーネットは既に平伏していた。


「大公様のご子息とは…。こちらこそご無礼した。おれの名はプレストン。C級の冒険者をしている」


 自由を愛し完全に実力主義の世界で生きる冒険者が権威におもねるることはない。中には貴族や王族の腰巾着となって雑用だけでなく暗殺紛いのことをやってのける連中もいるが、多くの冒険者はそれらの行為を恥ずべきものと考えていた。もちろんギルドを通して正式な依頼があればそれは問題とはならない。しかし貴族や王族といった階級の者の中には冒険者を野良犬のように考える者もいて溝は深いと言えた。


「プレストンさん…」

「プレス。プレスでいいよ。それとここは王宮とかじゃないからもっとフランクに話をさせてもらえると嬉しいな」


 いつもの調子に戻るプレス。トーマスは呆気に取られていたが笑顔を浮かべる。


「分かりました。ではあなたが年上なのでプレスさんと呼ばせて頂きます。私のことはトムと呼んでください。サファイアもそれでいいね?」


「はい…」


 不承不承といった感じではあるがサファイアも受け入れるらしい。プレスはやっと事情を聴くことが出来ることに安堵した。


「よかった。ありがとうサファイア。それでおれにいきなり斬りかかった事情というのは?聞いても大丈夫なことかな?」


 それにはトーマスが答える。


「後程詳しくお話ししますが、理由はあなたがそこにいるガーネットと一緒にいたからです」


「どういうこと?」


「とりあえず移動しましょう。数刻も歩けば大公家が離れとして使用している離宮に着きます。詳しい話はそこで…」


「ん…?ここは首都ハプスクラインの近くなのかい?」


「ええ。街の中心部は湖の反対側ではありますが、既にハプスクラインに到着といってもよい場所ではあります」


「魔物を追って猪に追われてそんなところまで進んだのか…」


 プレスはジトっとした視線をガーネットに向けるがガーネットは全力で目を逸らした。


「分かった。移動する前にこの魔物の魔石だけを取り出したい。少し時間をくれ」


 そう言ったプレスは手早く巨大な魔猪から魔石を取り出す。なかなかに大きい。ギルドに持っていけばこの巨大な魔物の情報を聞けるかもしれないとプレスは考えていた。。


 冒険者のプレス、商人のガーネット、大公の息子であるトーマス、その騎士であるサファイアの四人は大公の離宮を目指して移動を開始するのであった。

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