第六話

 ヒューは、店を出て、街を走り抜け、一軒の屋敷の前で止まる。


ここだ。間違いない。東の魔女ハンナの屋敷だ。

「わんっ、わんっ」吠えるが誰も出て来ない。

少し待っていると、年は取っているが上品そうな女性が屋敷に近付いて来る。

「おやっ、珍しいお客様だこと。私を待っていたんでしょ?」

「わんっ」と返事をする。

「さぁ、お入り」

門を開けて、屋敷へ案内してくれる。


部屋へ入ると、

「アンブラの呪いね。可哀想に....」

「わんっ、わんっ」と吠える。

「どうにかしてくれって言われてもね。申し訳ないけど、呪いは、呪いをかけた本人しかとけないの。それか、アンブラが死ぬかどちらかよ....」

「そうだ、これしか出来ないけど、喋れるようにしてあげましょうね」

ハンナは指をパンっと鳴らすと、ラッセルに人の声が戻る。

「しゃ、喋れる.....」

「驚いた?」

「ああ、今はこれだけでも、十分だ」

「それで、何があったの?」

自分が、皇太子で、レオの事、アンブラの事を話す。

「そう。城は今大騒ぎになってるわ。王子がいなくなったって。アンブラも私も疑いがかかったんだけど、レオ王子とアンブラが、必死になって探してるふりをしているわ。やっぱりあの二人が犯人だったのね....」

「そうなのか.....」

「もうすぐ、パレードがあるでしょ?」

「ああ、それまでには間に合いそうにないな」

すると、ベルの鳴る音がする。

「今日は、お客が多いわね。ちょっと待っててちょうだい」

ハンナが部屋から出ていき、訪問者の男を部屋へ通す。


カイルっ!直ぐにでも名乗り出たかったが犬の姿だ。疑われてしまったら、この先誰も味方がいなくなる。

「ハンナ殿、立派な犬を飼ってらっしゃるのですね」カイルが尋ねる。

「ふふふ、そうでしょ?この犬に見覚えない?」

「はて?どこと無く、このグレーの瞳に立派な毛並み....ラッセル王子に出で立ちは似てますがね....それよりっ、ハンナ殿ラッセル王子を探して下さいっ!」

「あなたの目の前にいるわよ?」

「またご冗談を.....」

カイルは、じっと犬を見つめる。

意を決して、ラッセルは

「カイルか。久しぶりだな....」

カイルの動きが止まる。

「ラ、ラッセル王子?」

「ああ、そうだ.....」

「この声、この瞳、この出で立ち、ラッセル王子なのですねっ」

ラッセルは、カイルが素直なやつで心から良かったと思った。


カイルはとても優秀な従者で、性格はちょっと天然な所があるのだが、剣の腕は間違いなく強い。ラッセルとも幼い頃から一緒で、心通わせる数少ない一人だ。


「王子、どうして、そんなお姿に...」

カイルがラッセルに抱きつく。

「や、やめろ。暑苦しいぞ」

「間違い無いです。このぶっきらぼうな喋り方はラッセル王子です.....」

「おまえは.....」

カイルに呪いの事、レオの事アンブラの事を話す。

「くっそう、あいつらめっ。今すぐ私が

アンブラを成敗します」

「ダメだ。今、アンブラの契約は解かれた。真実を知ったと分かれば、お前は殺される」

「しかし.....」

「何か策をたててからだ。それまでカイルはレオとアンブラを見張っていてくれ」

ハンナが何か思いついたようで

「そうだっ!1日だけど、呪いが解ける薬があるわ。これを飲んだらパレードに出席出来るわっ」

ハンナは、部屋の奥から小瓶に入った薬を持ってくる。

「とりあえずは、市民や城の皆を安心させないと....」

ハンナは大きな風呂敷に薬の瓶をくるんでラッセルの首に巻き付ける。

「私は、城に戻り、王子が見つかったと言って参ります。そして、王子は、旅に出たと」

「苦しい言い訳だが、今はそれしか無さそうだな。今、街のパン屋に身を置いている。何かあれば、見つからないように訪ねてこい。サラに何かあったら大変だ」

「王子、サラとは?」

「な、何でも無い.....」

カイルとハンナは顔を見合わせる。


「とにかくだ、3日後のパレードの日には戻る。早朝、城の近くの川で待っている。分かったな?」

「かしこまりましたっ」

ハンナが

「一日だけよ。それを忘れないでね」

「ハンナ殿、感謝します」

ラッセルとカイルは、ハンナの屋敷を後にすると、

「カイル、くれぐれも知らないふりをしろよ。お前は、すぐ顔に出るからな」

「王子、なんとか助けますから、それまで辛抱して下さいっ」

「ああ、ではなっ」

ラッセルは、街へと走り出す。カイルは、その後ろ姿を見えなくなるまで見送ると

「王子.....待ってて下さいね」

と呟いたのだった。

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