第23話 剣術訓練

 昼下がり、エドガーと教え子たちはようやく、魔術学院が運営する合宿所にたどり着いた。

 合宿所は王都から約50キロ程度離れており、周囲は森林に囲まれていて近くには小山まである。


 到着から1時間程度経過したあと。

 休憩と準備を終えたエドガーたち1年A組のメンバーは、合宿所付近の開けた場所に集合していた。


 エドガーは生徒たちに、今日の訓練内容を伝える。


「今日は事前に決めたパーティに分かれて、各自で剣術の訓練をやってもらう」


 王立魔術学院では、魔術だけではなく剣術も正規課程のうちに入っている。

 その理由は二つある。


 第一に、白兵戦を得意とする騎士たちの動きや技を理解するため。

 第二に、魔術が通用しない相手に対処できるようにするため。


 エドガーは剣術の授業は担当していないものの、ある程度は指導できるほどの知識と技がある。


 教え子たちは様々な反応を見せている。


 剣術の方が得意だと言わんばかりに張り切っている者。

 そして、剣術が苦手で不安を抱えている者。


「ううっ……心配ですっ……」

「もし不安や疑問点があるならいつでも呼んでくれ。先生はそのへんをうろうろして、みんなの様子をチェックしておくから」


 エドガーは生徒たちにフォローと注意事項を伝えたあと、彼らを解散させた。



◇ ◇ ◇



 教師エドガーの指示で、ルイーズ・アリス・ベアトリスの3人は一箇所に集まった。


 彼女たちは軽装の防具と、そして両手半剣を模した木剣を装備している。

 防具は自前、木剣は合宿所の備品である。


 ルイーズはパーティメンバーに向き合う。


「みんな、剣術は得意?」

「えっと……実は最近始めたばっかりで……苦手です……」

「わたしは子供の頃からやってますけど、得意かって言われるとー……んー……」


 アリスは平民なので、免許がなければ武器の所有は認められていない。

 魔術学院に進学・編入してから剣術を始めてもおかしくはない。

 彼女はとても不安そうな表情をしている。


 一方のベアトリスはというと、彼女は貴族令嬢である。

 しかし彼女はおっとりしていて、武術が得意な部類だとは考えにくい。

 唇に指を当てて考えているような仕草をしているが、やはり剣術に自信がないのだろう。


 一方のルイーズは幼少期から剣術を修めており、一流の剣士には及ばないものの得意な方である。

 王族だからこそ厳しく教えられ、彼女自身も必死に食らいついたのだ。


「じゃあ、今日は掛かり稽古にしましょう。私は防御に徹するから、あなたたちは攻撃してね」

「は、はいっ……!」

「ありがとうございますー」

「まずは初心者のアリスからね」


 ルイーズとアリスは木剣を両手に持ち、上段に構える。

 ベアトリスは少し離れた位置で、彼女たちを見守っている。


 まず、アリスは間合いを詰めながら木剣を振り上げ、真っ直ぐ振り下ろす。

 ルイーズはそれを防ぎ、アリスの木剣を勢いよく払う。

 アリスは木剣を落としそうになったが、グッとこらえた。


「よく耐えたわね。でも、次はもっと強く握ってね」

「はいっ!」


 アリスは次に、ルイーズの胴に向けて打ち込む。

 が、ルイーズは再び木剣で弾く。

 アリスは何度も木剣を振るうがあまりにも弱々しく、技の冴えやキレがない。


 不審に思ったルイーズは、彼女に問う。


「もしかして、私に遠慮してる?」

「し、してないです! 痛いのはお互い様ですから……」

「そうよね……やっぱり筋力とか練習量が足りてないのかしら……」

「──手の内が甘いんだ」


 突如、エドガーが声をかけてきた。

 彼は各班を巡回して、色々と見て指導してくれているようだ。


 アリスはホッとした表情で、エドガーに駆け寄る。


「エドガー先生、『手の内』ってなんですか?」

「あー……そうか。アリスは前の学校では剣術をやってなかったんだな──剣の握り方、ということだ。今見ている分だと、打突の瞬間に両手の薬指と小指を締めると改善すると思う」


 エドガーが指導した通りに打突時に指を締めると、剣の切っ先が僅かに、しかしながら瞬発的に動く。

 これが技の冴えやキレとなり、打突直後の威力は上がる。


 ルイーズは手の内の重要性を当然知っていたが、アリスの間違いにまでは気付けなかった。

 エドガーは指導力があると同時に、剣術に対する深い理解があるとルイーズは感じた。


 エドガーはアリスに手本を見せ、実際にやってみせる。

 確かにアリスは、先程の打ち込みよりも技が冴えているようにも見えた。


「よし、ちゃんとできてるな。それでルイーズに打ち込んでみるんだ」

「はい、ありがとうございます!」


 エドガーはアリスへの指導を終え、別の班の練習を見に行った。

 アリスはなんとなくコツを掴んだのか、嬉しそうにしている。


 アリスとルイーズは再び向き合い、アリスはルイーズに向けて木剣を振るう。

 ルイーズは相変わらずそれを受け止めるが、しかし攻撃の速度や技のキレはある程度改善されていた。


 そうしてしばらく打ち込み、二人は剣を収める。

 アリスは攻撃に徹していたため、かなり息を切らしている。


 二人は一礼し、稽古の後の挨拶をした。


「はあ……はあ……ありがとうございました」

「ありがとうございました──次はベアトリスと私ね」

「はーい、よろしくおねがいしまーす」


 ベアトリスは落ち着いた様子で木剣を構える。

 彼女の構えはゆったりしており、かえって隙が見当たらない。


 まずベアトリスは、ガントレットで覆われているルイーズの右手に向けて剣を振るう。

 ルイーズは腕を動かしてかわし、再度彼女の攻撃に備える。

 ベアトリスは負けじと打ち込みを続け、ルイーズはそれをすべて受け切る。


 ベアトリスは当然、初心者アリスよりは実力がある。

 しかし他のクラスメイトや貴族令嬢と比べて、何かが突出しているわけではない。

 強いて言うなら「精神の安定」が彼女の持ち味ではあるが、それでもルイーズの牙城を崩すことは叶わない。


 しばらく稽古が続いたあと、二人は剣を収める。

 ベアトリスは笑顔で挨拶をする。


「ありがとうございましたー」

「ありがとうございました」


 ルイーズはこのとき、ふと気づいた。

 自分の剣術を、どうやって磨き上げればよいのかを。


 確かに、アリスとベアトリスへの手合わせも重要だ。

 パーティメンバーをある程度鍛え上げなければ、魔物討伐にて不慮の事故が起きかねない。


 しかし、そういった現実的な視点とは別に、ルイーズは本気で打ち合いたいと思っていた。

 さりとて、初心者アリスや令嬢ベアトリス相手に本気を出すわけにはいかない。


 さて、どうすればいいか──


「そうだわ……! エドガー先生へのリベンジマッチよ!」


 ルイーズはエドガーが赴任した初日に決闘を申し込んが、降参してしまった。


 いずれまたエドガーと勝負がしたいと、ルイーズは常々思っていた。

 今回は魔術戦ではないものの、今度こそは絶対に勝ってみせる。


 彼女は決意とともに両手を握りしめ、エドガーのもとへ向かった。

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