第21話 魔術と精神状態
放課後の教室にて、エドガーとルイーズは課外授業を行っている。
エドガーは最初に、ルイーズに対して「魔術の《二大要素》」を問うた。
するとルイーズはそれに対し「神に対する信仰心」と「生来の適性」と回答した。
エドガーは間違って教えられた知識を正すべく、ルイーズに今日の授業内容を宣言する。
「よし、今から本当に大事なことを教えよう。といっても、簡単すぎて拍子抜けするかもしれないが」
「簡単すぎる……? どういうことかしら?」
「『生来の適性』は間違いなく必要だ。家系や血筋ごとに得意な魔術は違う。そもそも親が魔術師じゃなければ、子は魔力を持つことはない。でも、『神に対する信仰心』はなくてもいい」
「えっ……そうなの!?」
エドガーの教えに対し、ルイーズはやはり驚いている。
なぜなら、今まで最重要事項とされていたことが、いきなり「必要ない」と否定されたからだ。
今までの常識を根底から覆されて、驚かないわけがない。
エドガーも、魔女から初めて真実を教えられた時、「そんなはずはない! 神に対する冒涜だ!」と反駁したものである。
「──それは瀆神行為よ、って否定しないのか?」
「してもしょうがないでしょ。先生の魔術が優れているのは確かだし──それに、教会に追われてる身分の魔女が、神を信じるはずがない。それでも魔女は魔術で人々に害を与えることができる。そう考えたらやっぱり、信仰心がなくてもどうにかなるんだわ」
ルイーズはとても聡明だと、エドガーは感心する。
もし彼女が何の根拠もなく「先生の言う事なら信じる」と言うのなら、エドガーはその心構えを改めさせなければならないところだった。
「で、その信仰心の代わりに教えたいのが『精神状態』、簡単に言えば『魔術に込める想い』だ」
「それって、例えば回復魔術だったら『早く治ってほしい』とか、攻撃魔術だったら『壊したい』とか『殺したい』とか……そういうこと?」
「そういうことだ」
「でも待って。それなら誰だって思ってることよ。怪我を治すために回復魔術を使うわけだし、人を殺すために攻撃魔術を使うわけでしょ?」
「パーセンテージの問題だ。えっと──」
従来の《正統魔術》における、魔術発動の理論は以下の通りだ。
1. 魔術師は神に詠唱を捧げる(詠唱はある程度省略・無詠唱が可能)
2. 神が魔術師の願いを受諾し、世界を改変する形で結果をもたらす。
このプロセス通りに魔術を起動すれば、魔術師の意識のほとんどは「神を信仰すること」に専有される。
いや、神と一体化しなくてはならないと、魔術学院や神学校では教わるのだ。
一方、とある魔術研究員は「無意識に放った魔術のほうが、殺傷能力が高い」という仮説を提示した。
例えばとある魔術師が暴漢に襲われたとする。
魔術師は「生きて帰りたい」、そしてその暴漢を「殺したい」という気持ちでいっぱいになる。
そんな精神状態の中で黒魔術を放つと、普段の訓練の時以上に破壊力が増すというのだ。
研究員はその仮説と事例から「神に祈りを捧げるよりも、殺意を込めて魔術を放ったほうが破壊力が増す。魔術の効能は精神状態に左右される」と結論づけた。
もちろんその研究員は他の研究員に密告され、教会によって「魔女」と認定された。
その後、異端審問官だったエドガーの手で抹殺されたのだ。
そしてエドガーはその研究成果を教会に持ち帰り、『教会編纂 異端魔術大全』という書物に記録を残した。
その大全は、教皇によって厳重に保管されている。
エドガーはそうやって魔術の衰退・独占に「貢献」していくうちに、仕事や教会に嫌気が差した。
それが、異端審問官を辞めた原因の一つである。
エドガーの説明を一通り聞いたルイーズは、眉間にシワを寄せていた。
「教会も随分とひどいことをするものね……そんなことをしたら魔術は衰退するばかりだし、そもそも教会は知識を独占してたってわけ!?」
「残念ながら、な。とにかく、今から対照実験をしてみよう」
「ええ……先生の言うことが本当か、今すぐにでも試したい!」
エドガーとルイーズは教室を出て、戸締まりをする。
そして更衣室で着替えることなく、エドガーは平服のまま、ルイーズは制服のままグラウンドに向かった。
◇ ◇ ◇
外に出た後、エドガーは魔術的処理が施された的を倉庫から借りていく。
エドガーとルイーズはグラウンドの隅っこに的を設置した。
「──よし、まずはあの的を壊してほしい。的中した場所・点数は問わない」
「いいの? 弁償しないといけなくなるんじゃ……」
「あの的はそんなに高くないし、もちろん俺が全責任を取る──まずはきちんと神に祈りながら、正式な詠唱をしてくれ」
「分かったわ──《雷よ、矢となりて彼の者を貫け!》」
ルイーズは1本の雷の矢を生成し、勢いよく発射する。
その電流は真っ直ぐ的に向かい、そして命中した。
だが当然、対魔術処理を施されている的は、そう簡単には壊れない。
エドガーは次の指示を出す。
「次は『壊れろ!』って強く念じながら、短縮詠唱してくれ。もちろん、神のことはなにも考えるな。『破壊衝動』だけに身を委ねるんだ」
「な、なんかその言い方はちょっと怖いけど……《雷よ!》」
ルイーズは再び雷の矢を生成し射出した。
だが、電流の射出速度・音量・光のあらゆる面が、正式な詠唱を行ったときよりも凌駕している。
一筋の雷が的に命中するやいなや、的は大きな音を立てて爆発した。
的は粉々に砕け散り、黒煙が立ち上っている。
ルイーズはその様を見て、目を大きく見開いて驚愕していた。
「ち、ちょっとなにこれ……ほんとに壊れちゃった……」
「今ので分かったな? 下手な詠唱よりも上手な無詠唱の方が、魔術として優れている。『神への信仰心』は不必要であるどころか、魔術の妨げになるんだ」
「こんな大事なことを隠してただなんて、本当に教会ってひどいわね! こんなことをしてるから回復魔術の研究が進まないし、疫病で死んじゃう人が減らないんじゃない!」
「しーっ、静かに。もし教会の連中に聞かれたら面倒なことになるぞ」
エドガーは口元に指を持っていき、ルイーズを諌めた。
ルイーズが落ち着いたのを確認した後、彼は忠告する。
「もしテストや大学受験で『魔術で重要な因子』について出題されたとき、今日教えたことは絶対に書くな。友達にも教えるな。評価者が既存の枠に囚われているままじゃ、今日やったことは『異端』でしかないんだ」
「そんな、おかしいわよ! だって──ううん、なんでもない……」
ルイーズはなにかを言いたげだったが、しかしグッと堪えたようだ。
ふと、彼女はなにかに気づいたかのように、エドガーに問う。
「ところで先生、なんでこれを先に教えないで、最初に魅了魔術を教えてくれたの? 順番が逆なんじゃないの?」
「魅了魔術の被検体は的という無機物じゃなくて、俺という『心を持った人間』だ。もし君が魔術に何らかの想いを込めてしまったら、効果が増して取り返しがつかなくなる。そう判断したからなんだ」
「『何らかの想い』……ってまさか!?」
「『私のことを好きになってほしい』とか『キスしてほしい』とか『この人を誘惑して意のままに動かしたい』とか『破滅させたい』とか、色々あるな」
「な、なんだ……色んな考え方があるのね……あはは……」
ルイーズはとても気まずそうに、苦笑いしている。
「先生、私にも魅了魔術をかけてたでしょ? ほら、私に妹キャラを演じるように命令したじゃない。その時あなたは何を想ってたの?」
「えっと……確かあの時は《神の存在証明》について考えてた。神なんて今は信じてないけどな。だってほら、威力を減衰させないとだめだろ?」
「そ、そうなのね……へえ……」
エドガーが正直に答えると、ルイーズはとても気落ちしていた。
昨日の個別指導の際、彼女は急に泣き出して抱きついてきた。
監禁事件からそれほど日が経っておらず、精神的に不安定だったのだろう。
ルイーズは少し落ち着いたのか、しんみりした表情で言った。
「でも先生、ありがとう。私にこうして魔術を教えてくれて」
「どういたしまして。っていっても、まだまだいっぱい教えないといけないことがあるんだけどな」
「ええ……──私、頑張る。大切な人を守れるように、自由に魔術研究ができる世の中にするわ。とりあえず今の目標は、次の校外学習でアリスとベアトリスを守ることなんだけどね」
「君ならきっと出来る。頑張ってな」
エドガーとルイーズはしばらくの間、魔術の練習を続けた。
ルイーズは元々魔術の才能があったが、本人の弁によると「今までよりも調子がいい」とのことだった。
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