第20話 校外学習に向けて

「みんな、おはよう!」

「おはようございます!」


 翌日……

 1日間の休校措置が終わり、エドガーは教室に足を運ぶ。

 彼が全体に向けて挨拶をすると、教え子たちは変わらず元気に返事をしてくれた。


 いくら学生とはいえ、彼らの大半は騎士や宮廷魔術師といった「戦士」を目指している。

 だから、校内で監禁事件が起こったからといって、不登校になるような軟弱者はいない。

 ルイーズやアリスも含め、襲われた女学生たちは通常通りに登校していた。


 エドガーが教卓につくと、女子生徒たちが彼のもとへやってきた。

 彼女たちの顔色はやや悪いが、しかしだいぶ落ち着いてきたようだ。


「先生、一昨日は誠に有難うございました」

「なに、気にしないでくれ。教え子が襲われてたら助ける、これは当たり前のことなんだから」

「そ、それでもです……わたしたちじゃどうこう出来る相手じゃなかったから……ほんとに、ありがとうございました……」

「いいんだよ別に。君たちが無事だっただけで、先生は嬉しいんだ」


 エドガーは女子たちに感謝され、とても照れくさかった。

 しかしそれと同時に、彼女たちの身を案じている。


「先生! 一昨日の事件を解決したのは、やっぱり先生だったんですね! すごいです!」


 女子たちが去った後、教え子であるマルクがやってきた。

 彼はエドガーが語った経歴を《設定》だと笑ってくれたことで、むしろエドガーの正体の秘匿に貢献してくれた救世主であった。


「ありがとう、マルク。でも大したことじゃないから」

「そんな事ないです! やっぱり、異端審問官っていう《設定》は本当だったんですか!?」

『い、いや……──カカカ、儂はこのエドガーなる矮小な人間を依代とした《邪竜》……死にたくなければ、儂の正体と弱点を詮索せぬことじゃな、《漆黒の勇者》よ』

「あっ、《漆黒の勇者》っていう俺の設定、覚えててくれたんですね! いやー、なんていうか……恥ずかしいような嬉しいような……」


 マルクは顔を真赤にして、気恥ずかしそうにしていた。

 他の男子生徒は「《漆黒の勇者》ってカッコいいじゃん!」と彼をいじり、女子生徒たちはそれを見て「男子ってバカね」と呆れている。

 ついでにエドガーの《邪竜》もツッコまれたし、女子たちの視線があまりにも痛かった。


 ふとマルクが思い出したかのように、エドガーの方を向いて言った。


「先生、もう学院内では先生の噂で持ちきりですよ。先生は《正義の執行者》だって」

「えっ!? 昨日まで休みだったのに、もうそんな噂が……」

「そうですよ! いやー、先生は本当に強くてカッコいいです! ルイーズ様やジャン先生に圧勝して、しかも不審者から生徒を救ったんですから。先生が有名になるのも当然ですよ」


 エドガーはマルクの言葉を聞き、これ以上は目立たないようにしなければならないと考えた。

 生徒たちが危機に瀕する状況であれば別だが、私闘はなるべく避けなければならない。


「──っと、チャイムだな。みんな、これからホームルームを始める」


 先程まで大勢の教え子がエドガーの周囲に集まっていたが、鐘の音とともに各々の席につく。

 昨日は休校だったせいで授業が出来なかったこともあり、エドガーは日常に戻りつつあることを嬉しく思っていた。



◇ ◇ ◇



 しばらく授業が続き、今は昼下がりとなった。

 6時限目である今は「総合的な学習の時間」であり、ホームルームに近しいものだ。


 ルイーズは教壇に立つエドガーと、黒板に書かれた「校外学習」という文字を見て驚く。

 一方のエドガーはやや困惑した表情で、生徒たちに呼びかけた。


「この時間は、1週間後に行われる校外学習について説明する。事件があった直後だが、予定通り行うことになった」


 王都から少し離れた山や森林で、数日間に渡る校外学習が実施される。

 主な内容は戦闘訓練で、各班に分かれての魔物討伐を行う予定となっている。


 事件が起こった直後なのに、学院は何を考えているのか。

 ルイーズは学院側の対応に不満を覚えつつ、しかし何も言わない。


 戦士を養成する魔術学院で、泣き言は許されない。

 他の生徒たちも同じことを思っているのか、誰も抗議の声をあげることはなかった。


 エドガーはクラスメイトたちに向けて、指示を出す。


「男女分かれて、3人か4人のパーティを組んでみてくれ。合宿期間中はそのパーティで固定するから、慎重に決めるように」


 このクラスは男子10人・女子10人、計20人で構成されている。

 3人パーティが6つ、4人パーティが2つ出来上がるという計算になる。


 ルイーズは立ち上がり、アリスのもとへ向かった。


 アリスはなんとしても自分が守ってあげたい。

 それが、女子更衣室にて殺されそうになった彼女を助けられなかった自分の責務だ。

 エドガー先生から教わるであろう魔術があれば、きっと彼女を助けられる。


 ルイーズはそう思いながら、アリスに話しかける。


「アリス、私と組みましょう?」

「えっ……ダ、ダメですよっ! わたし、戦いは苦手ですし平民ですからっ! 他の人と組んだほうがいいですよっ!」


 アリスは肩にかかる程度の金髪を、必死に振り乱しながら誘いを断る。

 目をぎゅっと閉じ、身体を縮こませている。


 そんなに遠慮しなくていいのにとルイーズは思いつつ、笑顔で説得することにした。


「いいのよ。戦いが苦手なら合宿中に強くなればいいんだし。それにあなたは可愛いし気立てがいいから、身分関係なく気に入ってるのよ?」

「か、かかかわいいだなんて、そんなっ……」


 アリスは顔を真っ赤にして身悶えしつつも、ルイーズの目を見据えた。


「わかりました……誘ってくださりありがとうございます……!」

「ええ、こちらこそありがとう」


 アリスと同じパーティになれて一安心だと、ルイーズは胸を撫で下ろす。

 次に、残りのメンバーをどうするべきか、彼女は考え始めた。


 ルイーズは現在進行形で、「魔女」エドガーから秘技を教わっている。

 その魔術を使う機会が訪れないことに越したことはないが、「万が一」ということもある。

 その「万が一」が起こった際、目撃者はなるべく少ないほうがいいため、メンバーはあと1人に絞るべきだ。


 だというのに──


「ルイーズ様、私と組みませんか?」

「あたしもパーティに入れてよ」

「わたしも入れてほしいなー、なんて……えへへ」


 控えめな子を除き、多くのクラスメイトたちがルイーズのもとに詰め寄ってきた。

 これは王女に課された「有名税」ねと思いつつ、ルイーズは一人の少女を選ぶ。


「ベアトリス。私、あなたと組むわ。よろしくね」

「ルイーズさま、ありがとうございまーす。アリスさんもよろしくお願いしますねー……うふふ」

「はい、よろしくお願いします!」


 女生徒ベアトリス・ルクレールは柔らかな笑みで、ルイーズの誘いに応じる。


 ベアトリスはウェーブのかかった桃色の長髪を後ろに結い、ハーフアップにしている。

 体格は女性の平均程度ではあるが胸は大きく、笑顔も相まって包容力が感じられる。


 彼女は女性であるルイーズから見ても、かなりふわふわしていておっとりしている。

 そしてルイーズは、落ち着きがあって人を癒す力がある彼女を気に入っている。


「ルイーズ様、あと1枠空いていますよね? 私があなたを絶対死守します」

「本当にごめんなさい。私たち3人で相性補完はある程度出来てるの。次の機会があればご一緒したいのだけれど……」

「そうですか……わかりました。こちらこそ申し訳ありません」

「いいのよ謝らなくて。気にしないで」


 メンバーの数を最小限にしたかったルイーズは、もっともらしい口実を使ってクラスメイトたちからの誘いを断る。

 断られた彼女たちは少し残念そうにしていたが、別の子たちとパーティを組み始めた。



◇ ◇ ◇



「先生、さようならー」

「ああ、さようなら」


 放課後。

 エドガーは校外学習の説明やホームルームを終わらせ、教室の掃除も見届けた。

 後は全ての生徒が教室から出るのを待つだけだったが、それもたった今終わった。


 今この場には、ルイーズとエドガーを除いて誰もいない。

 エドガーは遮光・遮音・施錠を行い、課外授業の準備を完了させた。


「ルイーズ、今日は魔術発動に重要なことを教える。魔術の《二大要素》は2つあるけど、どういうふうに教わった?」

「神に対する信仰心と、生来の適性よ。魔力は神から与えられた力であり血筋。その力を使うためには神に祈りを捧げて、神から力を借り受ける必要がある……っていうところね」


 エドガーは「半分はあってる」と、軽く頷く。

 だが、半分はのだ。


 エドガーはそんな従来の魔術よりも、もっと効率の良い魔術の使い方を知っている。


「よし、今から本当に大事なことを教えよう。といっても、簡単すぎて拍子抜けするかもしれないけどな」


 エドガーがそう宣言した途端、ルイーズは驚愕と期待の表情を向けた。

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