第18話 エドガーの正体とルイーズの決意

 エドガーは女子更衣室にて女生徒たちを助けた後、職員室に駆け込んだ。

 教職員たちに事情を説明し、教職員総出で残党の捜索を行った。


 しかし結局の所、他に不審人物などはおらず、また被害者もいなかった。

 あの女子更衣室以外は平穏無事だったということだ。


 彼らの個人情報や目的が不明であることも含め、エドガーはその意味を測りかねていた。



◇ ◇ ◇



 夕方、エドガーは外の風に当たるために屋上に出ていた。

 普段は夕焼けを綺麗だと感じる彼だったが、今日だけは色合いが不気味に思えた。


「ふう……」

「──エドガー先生、探したわよ……!」


 突然女の声が聞こえてきたので、エドガーは振り向く。

 そこには、今回の事件の被害者の一人である王女ルイーズがいた。


 彼女は息を切らしている。

 口ぶりから察するに、長い間エドガーを探し続けていたのだろう。


「事情聴取が終わったら速やかに下校するように、指示を受けたんじゃなかったのか?」

「ええ、そうよ……おかげで先生を探すの、結構大変だったんだからね……」


 恐らくルイーズは、先生方と遭遇するたびに「早く帰りなさい」と言われ続けたのだろう。

 当然だ、魔術学院は事件直後から臨時休校となったからである。


「先生、私に本当の魔術を教えて下さい!」

「またか……俺が『本当の魔術』を知っているとして、何故それを求める?」

「私……あの事件の時、みんなを守れなかった……アリスが、大切な友達が殺されそうになっても、何も出来なかった……」


 ルイーズは心底悔しそうに、自らの思いを吐露する。

 その痛ましい姿を、エドガーは見ていられなかった。


「でもエドガー先生は違った……次々と敵を倒して私たちを助けてくれた。私もああなりたいって思ったの! 自分が守ると決めたものを、守り通したい! その力と心が欲しい!」

「待て、あれは後ろからの不意打ちだったから倒せただけなんだ。もし俺が君の立場だったら、すくんで動けなかったと思う」

「それは嘘よ! あなたは絶対にすくんだりしない。『たとえ無理だと思えることでも、諦めなければどうにかなることもある』って言ってたわよね? 私は事件の時すぐに諦めたけど、あなただったら何があっても諦めないはずよ!」


 ルイーズに次々と指摘され、エドガーは思い至る。

 ルイーズは普段の何気ない会話で、自分の考え方を学んでいたのだと。


 だがエドガーは、とある事情から魔術を教えることは出来ない。

 詭弁を弄してでもルイーズを諦めさせる必要がある。


「それが答えだ。要するに、不屈の精神があればそれで十分だ」

「でも、それだけじゃダメ。何をやっても勝てない相手はいる。さっきの殺し屋だって、1回攻撃しただけで勝てないって悟ったわ。でも、やっぱりあなたは違った。その殺し屋に勝ったんだから」

「さっきも言ったが、あれは不意打ちだったから勝てたんだ」

「それは違うわ! その殺し屋は入念な魔術対策をしてた。そんな相手を、あなたは念動力で吹き飛ばしたのよ。不意打ちだから勝てんたんじゃない、あなたが本当の魔術を知ってたから勝てたのよ!」


 いくらエドガーが詭弁を弄しても、ルイーズはその矛盾を指摘し続ける。

 まさに「不屈の精神」と言ったところだ。


 エドガーは彼女を褒めてあげたい気分ではある。

 だがそれ以上に、焦燥感に苛まれていた。


「あなた、実は魔女でしょう?」

「──なに?」


 魔女とは魔術を悪用するもの、あるいは教会が認めない《異端魔術》を行使するもの。

 そして問題を起こせば、即座に異端審問官に処刑されうるもの。


 エドガー動悸が激しくなり、顔がほてり始める。


「勘違いしないで。本当に魔女だったとしても、私はあなたを蔑んだりしない。みんなには秘密にするし、教会に密告したりしない。あなたのことは先生として好きだし、認めてるから」

「魔女だと推理した根拠を、説明してくれ」

「私が夜道で襲われた時、あなたは血糊を魔術で落としてくれた。そんな凡俗で低俗な魔術を教会は認めるはずがないし、事実『魔術大全』にも載ってない」

「何十冊もあるのに、よくそこまで調べたな……」


 『教会編纂 魔術大全』には、教会が認めたあらゆる《正統魔術》が掲載されている。

 それ以外の魔術はすべて異端扱いされ、その使い手は「魔女」として処刑の対象となることがある。


 もっとも、社会に悪影響を及ぼさないのであれば、教会は静観し続けることが多い。

 しかしそれでも、「魔女」は自由を束縛されることに変わりはないのだ。


「あの魔術を使ってくれた時、『このことは他言無用だ──命が惜しければな』って言ったわよね? それ、自分が魔女だってバラされたくなかったから脅したんでしょう?」

「違う、あれはいつもの《設定》だ。ああいうのがカッコいいって思ってただけだ!」

「まだあるわ! 射撃訓練のとき、百発百中だった。その授業の後、複数の魔術を並列処理して《全力疾走》してた。

 あなたはC級なのに、A級のジャン先生に無傷で勝った。ジャン先生に『魔女』だって疑われた時、あなたは顔色を変えた。そして理由はわからないけど、国王陛下とも繋がってた。

 一つ一つは取るに足らない。『そういうこともあるだろう』って見過ごせる。でも、それら全てを兼ね備える人は、そうそういないわ!」

「くっ──!」

「あなたは魔女なの!? 教会に禁じられた魔術を知ってるの!? もしそうなら、私に本当の魔術を教えて!」


 エドガーは諦めた。

 これ以上、ルイーズには隠し事は出来ないと。

 彼女の不屈の精神が、エドガーの不屈の精神を上回ったのだ。


 そう、エドガーは魔女である。

 異端審問官として魔女狩りをする中で、彼らの持つ強力な魔術を吸収していった。

 教会が説く《正統魔術》よりも効率の良い手段で、魔術を習得していった。

 彼は「ミイラ取りがミイラになる」ということわざの典型例にして、真実を知る者である。


 その秘密を隠すため、《設定》を用いて道化を演じていたのだ。

 周囲に溶け込むために、あえて馬鹿なふりをして生きてきたのだ。


 エドガーが魔女であることを知る者は、国王シャルルと極一部の人間だけである。

 上層部以外には決して知られてはならない、機密事項だったのだ。


「確かに俺は魔女だ。だがルイーズ、君は死ぬ気か? 《異端魔術》を学べば異端審問官に処刑される。命が惜しくないのか?」

「私は死なない。魔術に正邪があると説き、嬉々として異端者を殺し尽くす。そんな教会組織と世界は、私が変えてみせるわ。この次期女王がね」


 ルイーズの目つきは真剣そのものだ。

 ふざけて言っているわけでも、自分を罠にはめようしているわけでもないと、エドガーは感じた。


 彼はルイーズの本気を確かめるために、揺さぶりをかける。


「君の命は君一人のものじゃない。次期女王ならなおのこと、自分の命を大切にするべきだ」

「本当の魔術を学んだくらいでは死なないわ。そんなことよりも、魔術の発展が大事よ。教会の規制のせいで魔術は今衰退してるんだから」


 ルイーズの考えは正しい。


 現代では、魔術の研究や開発は一切といっていいほど進んでいないし、神話伝承に語られる魔術よりも数次元劣っている。

 なぜなら、せっかくの研究が教会によって「異端」と認定され、最悪処刑されるからである。

 そんな監視社会のもとでは、新たな魔術や理論が生まれるはずがない。


 ルイーズは空を物憂げに見つめ、小さく呟く。


「──私、魔術で人々を救いたい。救えるような社会にしたいの」

「え?」

「小さい頃、兄と姉が流行病で死んじゃってね……魔術が自由に使えたなら、自由に研究開発出来る社会だったなら、みんな死なずに済んだんじゃないかって、今はそう思ってる」


 ルイーズの表情は物悲しく感じた。

 魔術師を志す理由は人それぞれだがルイーズも苦労したんだなと、エドガーは共感出来る。

 なぜならエドガー自身もまた、他人のために魔術を学んだ人間だからである。


 確かに魔術が自由に使えるようになれば、多くの人々を救うことが出来るだろう。

 産業も発達して、社会や人類は繁栄することだろう。


 エドガーはルイーズの考えには賛同するが、しかし疑問が残る。


「そうか……もし君が俺から魔術を学んだとする。だが、どうやって社会を変えるつもりなんだ?」

「まずはこの魔術学院に本当の魔術を伝える。その次は王立魔術大学を変える。そして最終的には、世界中の教育機関で自由に魔術を研究開発出来るようにしたい」

「その教会を無視したやり方では、途中で宗教戦争が起こってしまう。いくら秘密裏に事を進めようとしても、密告者は必ず現れるからな」

「確かに戦争は避けるべきね。避けるための努力はする。でも、今の世界を変えるための戦いなら、やり抜く覚悟はあるわ」


 ルイーズの戦争に対する心構えについては、一概に賛同できるものではない。

 しかし未来への可能性を繋ぐにはそうするより他にないと、エドガーは理解している。


 もし話し合いで解決出来るのであれば、もうとっくに教会は規制を完全撤廃しているはずだ。

 だが今なお規制がかけられている以上、少々強引な手段を取ってでも推し進めなければならないだろう。


 もうエドガーには、ルイーズへの指導を断る理由がない。

 彼女に秘密を知られてしまった以上、断れば教会に密告されて居場所がなくなるのは明白だ。


 それに何より、魔術の規制を行う教会組織の改革と、魔術の自由化に伴う人類の発展と救済。

 それらはエドガーが求めるところでもある。

 

「分かったよ。俺の魔術をルイーズ、君に全部教える。だが、一度踏み入れたら二度と戻れなくなるぞ」

「ありがとう。もとよりそのつもりよ」


 エドガーが魔女と分かっても、変わらずに接してくれる。

 周囲に溶け込むために自分を偽ってきたエドガーだったが、そういうルイーズの態度はとても嬉しかった。

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