第17話 殺し屋の目的

 女子更衣室の引き戸を蹴破って現れた、3人の男たち。

 彼らは剣を持っており、ルイーズたち10人の生徒に危害を加えようとしているのは間違いない。


 己の運命を悟ったのか、クラスメイトたちの一部が悲鳴を上げる。


「きゃあああああああっ!」

「誰か助けてええええっ!」

「おっと、大きな声出さないでよね」


 暴漢の一人が、ひょうきんさを感じる声で制止する。

 彼の声はあまりにも場違い感が強く、女生徒たちは怖がって声も出なくなった。


 みんなに怖い思いをさせてしまったのは自分のせいだ、とルイーズは自責の念に駆られる。

 なぜなら彼女は王族であり、命を狙われてもおかしくない存在だからである。


 ルイーズはクラスメイトを無傷で生還させるため、声を振り絞った。


「わ、私が……王女ルイーズが狙いなんでしょう……? どこへなりとも連れていきなさいよ……」

「えっ、マジすか……あっちゃー、王女さまがいたなんてなー……うわー、めんどくせー」

「……え?」


 ルイーズは意外すぎる回答を受け取り、思わず変な声が出てしまった。

 男たちがどんな目的でここに来ているのか、彼女は延々と考え続けるが、答えは見えない。


「さーてみんな、大人しくしててねー。そうすればちょっと縛ってサクッとやるだけですむからさー」

「《雷よ!》」


 ルイーズは身の危険を感じ、電流を男たちに向けて放つ。

 だが電流は彼らの魔術障壁によって阻まれ、失敗に終わった。


「言っとくけど、俺たちに半端な魔術は効かないからね。魔術障壁と防魔チョッキがあるから。魔術学院に乗り込むのに、なんで魔術対策してないって思ったの?」

「あっ……」


 ルイーズとアリスを含む女生徒たちは抵抗をやめ、大人しく両手両足を縛られる。


 ルイーズはこの時己の無力さと愚劣さに気づき、心が折れそうになっていた。

 「エドガー先生……助けて……」と、心の中で奇跡にすがることしか出来なかった。



◇ ◇ ◇



 教員用の更衣室にて。

 授業が終わったエドガーはスポーツウェアを脱ぎ、平服に着替えている。


「さて、次は空きコマだから雑用と事務作業だな」


 エドガーは次の予定を考え始める。

 彼は新人教師、やるべきことは山ほどあるのだ。


『──きゃあああああああっ!』

『──誰か助けてええええっ!』


 突如として、女の金切り声が聞こえてきた。

 その声は、自分のクラスの教え子の声に酷似している。


 嫌な予感がしたエドガーは抜剣し、静かに更衣室を出た。


「恐らく狙われたのはルイーズだな……」


 王族は常に、他者から命を狙われかねない存在である。

 王女ルイーズが抹殺対象になっていてもおかしくはない。


 この時間であれば、まだ着替えが終わっていない可能性が高い。

 そう考えたエドガーは女子更衣室へ向かった。



◇ ◇ ◇



「あ、あんたたちは一体……なにが狙いなの……?」

「それはもうしばらくしてからのお楽しみ」


 ルイーズは手足を縛られる最中、勇気を振り絞って男たち3人に尋ねる。

 しかし彼らは当然、目的を白状することはなかった。


「はい、あーんして? ──言うこと聞かなかったらどうなるか、分かってるよね?」


 ルイーズは言われた通り大きく口を開け、猿ぐつわを噛ませられる。

 他のクラスメイトも彼女と同様に、両手両足を縛られて身動きが取れなくなり、猿ぐつわによって発声出来なくなった。


「なーんで白昼堂々に殺さなきゃならないんだろうねー。もし誰か来たらどうするって話よー。依頼主がせっかちすぎるのがダメなんだなー」

「無駄口を叩く前に早くやれ。報酬カットするぞ」

「すいませーん」

「よし、あの金髪の女を殺せ」


 よく喋る殺し屋とは別の男が、指をさして静かに命令する。

 すると殺し屋は剣を取り、手始めに金髪ツーサイドアップのアリスに近づいた。


 アリスがあまりにも気弱だから、真っ先に狙われたのだろうか。

 殺し屋は手あたり次第に、ここにいる全員を殺すつもりなのだろうか。

 彼らの狙いが分からないルイーズは、恐怖しながら考える。


 大切な友人を目の前で殺されるなんて嫌だ、怖い。

 それに、危機に瀕している友人を助けられない自分が、悔しくて仕方がない。

 自分はまた、大切な人を失ってしまう。


 ルイーズは叫んで制止しようとしたが、猿ぐつわのせいできちんと声が出せない。

 殺し屋の男は彼女の声なき声を無視し、アリスの胸元に剣を突き立てようとする。


「──ぐあっ! あがあああああああっ!」


 が、男は念動力かなにかによって、勢いよく壁に激突した。

 まだ息はあるようだが、首があらぬ方向に曲がっている。


「ま、魔術か!? だが防魔チョッキは着ているはず……!」

「……っ!」


 仲間が吹き飛ばされた様子を目の当たりにした男2人は、慌てた様子で更衣室の出入り口に視線を向ける。

 ルイーズも彼らにつられてエントランスを見てみると、そこには一人の教師が立っていた。


 その教師の男は目にも留まらぬ動きで、次々と殺し屋たちを剣で刺していく。

 狭い室内なのにも関わらず彼は素早く動き回り、敵の鮮血を撒き散らしていった。


 男は剣を収め、ダガーに持ち替える。

 まず彼は、アリスを縛る縄や猿ぐつわを切断した。

 アリスは最初に殺されそうになった人物なので、早く恐怖から解放してあげたかったのだろう。


 アリスは涙を流しながら、勢いよくエドガーに抱きつく。

 元々彼女とエドガーは知り合いらしいので、彼女は安心できる相手にすがろうとしたと思われる。


「エドガーさん! 怖かったよ!」

「よしよし。もう大丈夫だ」

「わたし、これからどうすればいいの!?」

「それはまた後で考えよう」


 エドガーは彼女の背中を擦り優しく声をかけている。

 しかし表情だけは怒りに歪んでいるように見えた。


「アリス、何故殺されそうになったか、心当たりはあるか?」

「な……ない! そんなのあるわけないよ! わたし、なにも悪いことしてない!」

「ごめん、悪かった。落ち着いてくれ」


 アリスは怒声をあげつつも、エドガーを離さまいとギュッと抱きしめた。

 そんな状況に、エドガーは困ったような表情を見せている。


 ルイーズはこの時、アリスに嫉妬してしまった。

 心細いのはみんな同じなのに、どうして自分だけ先生に抱きつくのか。

 エドガーに抱きついている時間を、他のクラスメイトの解放に使うべきではないか、と。


 だがそれ以上に、ルイーズは己を恥じていた。

 今の緊迫した場面で、嫉妬心は場違いだ。

 さらに、殺人未遂事件の被害者アリスに対して抱いていい感情ではない。

 むしろ、アリスを助けられなかった自分を恥ずべきだと、ルイーズは自責している。


 しばらくしたあとエドガーはアリスから離れ、ルイーズの拘束を解く。

 ルイーズは心の底から安堵し、涙が出そうになった。


「あ、ありがとう……助けてくれて……」

「ルイーズ、あの男たちに何か脅されたりしなかったか? 王女の地位を利用しようとしていたか?」

「い、いえ……むしろ、私が王女だっていうことを知らない様子だったわ」

「まさか……快楽殺人だとでもいうのか……人の命を何だと思っている!?」


 真偽は不明だが、エドガーは自らの「正義」を果たすために、異端審問官として魔女狩りをしてきたという。

 彼は最初の自己紹介で「嬉々として人殺しをするような外道に、成り果てないように」と言っていた。

 そうした彼の信条と逆行しているため、快楽殺人者たちに怒りを覚えているのだろう。


 そのあとエドガーは他の女生徒たちに声掛けをしながら、ダガーで拘束具を切断していく。

 一連の作業はやけに手慣れており、彼の経験が豊富であることを如実に表していた。


「先生……助けてくださりありがとうございました……!」

「貴方が来てくださらなければ、私たちは殺されていました。感謝致します」

「わたし……とても怖かったです……でも、先生が来てくれてよかった……」

「教え子を助けるのは当たり前だ。とにかく、みんなが無事で良かった」


 女生徒たちは口々に感謝の言葉をかけ、恐怖心を吐露していた。

 それに対してエドガーは優しく接しているが、ルイーズにとっては少し無理をしている気がしてならなかった。


「あれだけの戦闘スキル──先生がバリバリの《異端審問官》だったっていうのは本当だったのか。あれは全部、《設定》だと思っていたのだが」

「いや、《設定》だから信じなくていいし笑い飛ばしてくれ……まったく、どうしてこうなった……」


 男勝りのクラスメイトがエドガーの《設定》について触れた途端、彼は頭を抱え始めた。

 彼の口ぶりから察するに、笑いを取るために自分の強さを誇示したつもりが、本気にされて笑われなくなってしまうことを恐れているのだろう。


 だがそれではおかしいと、ルイーズは考える。

 本当に笑われるためだけに自分の強さを誇張するのであれば、決闘の時などに見せたあの強さは一体なんだったのか。

 エドガーはC級なのにA級魔術師に完勝したことから察するに、かなりの実力を持ち合わせていることは明白だ。


 本当の力を隠すために、あえてバカを演じているというのであれば辻褄が合う。

 しかしあまりにも行動原理が不可解だ、ルイーズは思いつめていた。


 エドガーは気を取り直したのか、表情を引き締めて呼びかける。


「みんな、怖いだろうがここで待機していてくれ。他の先生方に報告しにいかなければならないし、まだ敵がいるかもしれない。敵がいたら、俺が殺す」

「あっ、ちょっと! ねえ、待ってよ!」


 エドガーはルイーズの制止を聞かず、勢いよく更衣室を飛び出した。

 ルイーズたちは不安感と心細さを抱えたまま、更衣室に取り残される形となってしまった。

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