第7話 ルイーズとアリス

「アリス、エドガー先生。ランチをご一緒してもいいかしら?」

「はい、いいですよ! 一緒に食べましょう!」


 ルイーズの申し出に対し、アリスは嬉しそうに答えた。

 しかしエドガーは少しだけ胃が痛むような思いをしている。


「まさか君がここにいたとは……」

「いたらマズいの?」

「滅相もありません。さ、どうぞ」


 空いている椅子がなかったため、エドガーは他のテーブルから拝借し、ルイーズに献上した。

 ルイーズは「ありがとう」と礼を言い、配膳トレーを置いて着席する。


 そして一息つき、彼女は満面の笑みでエドガーを見つめ、問いを投げる。


「それでエドガー先生、さっき私の話をしていたわよね? 私が……なんですって?」

「怒らないで聞いてくれ。君がアリスに対して優しくしてくれたことを、意外に思ってたんだ。ほら……俺には結構厳しかったからさ。ごめんな?」

「はあ……なんだ、そういうことね。怒らないから安心しなさい」


 エドガーは心底ホッとしていた。

 少なくとも彼の中では、ルイーズはとても厳格な人物だと思っていたからである。


「それにしてもあなた達、とても仲が良さそうじゃない。知り合いだったっていうのは本当だったのね」

「なぜ君が、俺とアリスの関係性について知ってるんだ?」

「アリスが言ってたのよ、


 ルイーズは「女子更衣室」という単語を強調して返事した。

 アリスも彼女の言葉に、うんうんと頷いている。


 エドガーは更衣室での「」覗き見を思い出し、「うっ」などと変な声が出てしまった。

 断じて、下着姿や女子特有の甘い香りを思い出して、興奮したわけではない。

 特に、ルイーズが黒の下着を身に着けていてとてもエロかったことなど、思い出すはずがない。


 エドガーは深呼吸し、ルイーズに向けて笑みを向ける。


「あ、そうだルイーズ。お近づきの印に……これ、一口食べない? 美味しいよ?」


 エドガーはスパゲッティ・アラビアータの乗った皿を指差す。

 激辛料理をルイーズに食べさせ、喘ぎ苦しむ様を見ようと彼は画策しているのだ。


 先程アラビアータの洗礼を受けたアリスは「えっ、それは……」と呟いたが、それ以上は何も言わなかった。


「ま、まままままさか! 私に間接キスさせようとしてるんじゃないでしょうね!?」

「あはは、そんなわけないだろ。自分のフォークを使えばいいんだし」


 エドガーの目論見とは違ったが、ルイーズの反応はとても面白いものだった。

 ルイーズは顔を真赤にしており、狼狽えている。


 性職者エドガーにとって、彼女の表情は娯楽であり愉悦だ。


「ルイーズって結構うぶなんだな。あっ、本当は俺にあ~んして欲しかったとか?」

「そ、そそそそんなわけないでしょ、変態! もういいわよ、もらってあげるわッ!」


 ルイーズはエドガーから皿をひったくり、フォークを回して麺を巻きつけ口に運ぶ。


「か、辛いっ! これアラビアータじゃない!」

「あははははっ!」


 ルイーズはコップを持ち、水を一気に飲み干す。

 エドガーは哄笑し、先程被害を受けていたアリスは「むー」と唸りながら彼を睨んでいた。


 ルイーズは少し落ち着いたが、目がとても潤んでいる。

 アリスは申し訳無さそうにしながら彼女を気遣った。


「だ、大丈夫ですか……? うちのエドガーさんがすみません……!」

「え、ええ……大丈夫よ……それより、アリスも同じことされてないでしょうね!?」

「一口食べちゃいました……だ、黙っててごめんなさい……」

「謝らなくてもいいのよ! それより辛くなかった!? 大丈夫だったの!?」

「辛かったです……」

「エドガー先生、あんたって人は!」

「ごめーん!」


 ルイーズは心底、アリスのことを気にかけている様子だった。

 エドガーはそれを嬉しく思いつつもルイーズに謝り、「もう、こんなイタズラしちゃ駄目だからね!」という返事をもらった。


 そのやり取りの後、ルイーズは料理に手を付け始める。

 エドガーやアリスも食事を再開した。


 しばらくフォークを進めた後、エドガーはふと疑問が思い浮かんだ。


「アリスとルイーズはとても仲が良さそうだけど、出会ったきっかけは?」

「この子が転校してきた時、貴族の子に絡まれてたのよ。『平民の分際でいい気になるなよ!』ってね。ほら、魔術師って貴族出身がほとんどじゃない」

「その時、ルイーズさまに助けてもらったの。もうね、ビックリしちゃった。まさか王女さまに助けてもらえるなんて思ってもみなかったから」


 ルイーズはその貴族たちに対して呆れている様子である。

 一方のアリスはとても嬉しそうにしていた。


「ありがとう、ルイーズ。アリスは俺の大事な友達なんだ。これからも仲良くしてあげて欲しい」

「あ、あんたに言われなくてもそうするわよ。アリスは本当にいい子だし」


 ルイーズはとても照れていた。

 恥じらうことなどなにもないだろうと、エドガーは思っている。


「それで、アリスとエドガー先生はどういう関係? ──ってまさかアリス、この変態教師に襲われてないでしょうね!?」

「お、襲われてないよ! ヘンなこと聞かないで!」

「おいおい、俺の扱い酷くないか? アリスは俺の元同僚の妹だよ」


 ルイーズはエドガーを睨みながら、「ほんとに~」と言って真意を探ろうとする。

 エドガーとアリスは当然必死になって「ほんとだよ!」と言い張った。


「……でも良かったわね、アリス。頼りになりそうな人が増えて」

「はい……そうですね! 嬉しいです!」


 エドガーとアリスとの交友関係についてルイーズが納得した後。

 彼らは三人で仲良くランチを楽しんだ。


 アリスという旧友と再会して話が出来たこと。

 ルイーズという教え子の一面を垣間見る事が出来たこと。


 エドガーはとても満足していた。

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