第4話 射撃訓練

「さて、だいぶ遅れちゃったけど、授業を始めるぞ。今日の『雷属性魔術実技』は射撃訓練だ」


 射場から50メートルほど離れた、半径40センチの的。

 その中心から同心円が10個描かれている。

 1射につき10点満点で、あたった箇所によって点数が決まるというわけだ。


 これは騎士たちが弓術の競技にて用いる的と、ほぼ同型である。

 唯一違う点は、魔術的処理を施しているために耐久性が高いということだ。


「まずは俺が手本を見せる。とりあえず10射だな」


 エドガーは射場に立ち、位置決めをしっかりと行う。


 動かない的に対して行う射撃訓練はあまり実戦向きではないが、だからといって基礎を疎かには出来ない。

 実戦という応用を知り尽くしているからこそ、エドガーはそう思うのである。


「《雷よ、矢となりて彼の者を貫け──》」


 エドガーは手本のために正式な詠唱を行い、魔法陣を生成する。

 そこから1本ずつ雷の矢を生成させ、リズミカルに放ち続ける。


「おおっ、早速真ん中に中ったぞ!」

「すげえ、ちょっと見直したかも! 《設定》とかはアレだけど」


 生徒たちが驚くのも無理はない。

 なぜなら、10本の矢すべてが的の10点圏内に命中していたからだ。

 射撃訓練の際は視力を魔力で補正するため、どこに中ったのかは射手もギャラリーもきちんと見えている。


 ちなみに、王や皇帝に仕える宮廷魔術師であっても、ここまでの的中率を誇る者はまずいない。

 彼らなら1射8点以上は当たり前に叩き出せるが、10点を安定して出し続けるには卓越した魔術制御と精神力が必要なのである。


「ハア……ハア……《漆黒の闇》が俺を……侵食していくううううッ!」

「先生、大丈夫ですか!?」

「どうせ《設定》だから放っておいても大丈夫よ」


 エドガーは右腕を押さえながら必死に喘ぐ。

 本当は全然疲れていないのだが、あまり凄い凄いと騒がれても困るので、「それ相応の代償を支払っている」という演出を行っているのだ。


 もしこの演技がなければ、エドガーはおそらく生徒から色々と追求を受けることだろう。

 そのようなことで授業を中断させるのは粋ではない。

 それに、遅刻した上にルイーズと決闘してしまったせいで、授業時間が惜しいのだ。


 そこまで実力を隠したいならわざと外せばいいじゃないか、という意見もあるだろう。

 しかしそれでは生徒たちへの手本にはならないため、教師としては下策である。


 エドガーは5秒ほどで呼吸を整え、仕切り直す。


「ふう……じゃ、誰からやる?」

「はい!」


 真っ先に挙手したのは、先程の決闘にて審判役を買って出てくれたマルクだ。

 こういう積極性の高い生徒を見ていると、素直に応援したくなるエドガーである。


 マルクは射場に立ち、的を見据える。


「まずは5射だ。そこで俺が講評するから、その後もう5射してくれ」

「はい! 《雷よ、矢となりて彼の者を貫け!》」


 マルクは教科書どおりの詠唱を行い、電流を的に向けて放つ。


 0点・5点・3点・2点・0点──

 50点満点中の10点、的中率は60パーセント。


 マルクが叩き出したスコアは、まさに学生の平均といったところだ。

 少なくとも、学生時代のエドガーの周囲も、この平均値から大きく逸脱していなかった。


「先生、どうですか?」

「発射時の反動が少し目立ってた。《屹立した状態で黄金色の液体を射出する》ような姿勢を取れば、少しは安定するだろう。実戦ではそうはいかないだろうが、基礎は大事だ」

「え……つまり、どういうことですか?」

「あ、ああ……《立ちション》の体勢を取るといい、ってことだよ」

「あっ、そういうことなんですね。ありがとうございます、先生!」


 エドガーはあまりにも気恥ずかしかったため、思わず頭を掻いてしまっていた。

 しかしマルクは明るく礼儀正しく、彼に感謝している。


「はははははっ! 先生おもしれー!」

「きゃあっ……はずかしいっ……」

「うわっ……気持ち悪いです……」


 男子生徒はエドガーの下ネタに哄笑し、女生徒は顔を赤らめたり嫌悪感を抱いたりしている様子だ。

 ついに我慢の限界に達したのか女学生ルイーズは立ち上がり、エドガーを指差して注意した。


「ちょっと! 女の子もいるのに、そんなはしたない言葉使わないで!」


 先程エドガーとの決闘に敗れたルイーズは、ここぞとばかりに彼を糾弾する。

 さっきの更衣室の件と、決闘での敗北がそんなに悔しかったのか……と、エドガーはげんなりしていた。


「悪かったけどそれは誤解だ! 弓術でも実際にそうやって教える人はいるぞ」

「え……もしかして先生、弓術もやってたの? 魔術師なのに?」

「ああ……実はな。俺が通ってた神学校では戦闘要員を育成する学科があったから、そこでちょっと──」


 エドガーは遠い目をしながら語った。

 そしてすぐに、「少し喋りすぎたな」という雰囲気を放つ。


 だがマルクを始めとする男子生徒たちは、彼の話を笑い飛ばしていた。


「あはははっ! 先生、まだ異端審問官の《設定》引っ張るんですかー?」

「え、ええええええっ!? う、嘘じゃないよっ! ほんとだよっ!?」

「嘘つくの下手すぎー。でも、俺は嫌いじゃないですよ? 俺も前世は《漆黒の勇者》で、一時は世界を裏から支配していましたから」

「え、なにそれ怖い」


 マルクが必死になって考えたと思われる《設定》を、エドガーは真顔で無慈悲にツッコむ。

 その後エドガーが大笑いすると、マルクとその他の男子生徒たちもつられて笑っていた。


「──ははははっ……っと、時間がないからパパっとやっちゃってくれ。5射な」

「はい! 《雷よ、矢となりて彼の者を貫け!》」


 エドガーが促すことで、マルクは射撃を再開した。

 的に向けて、電流が勢いよく射出される。


 3点・8点・5点・4点・4点──

 50点満点中の24点、的中率は100パーセント。


 前回が10点、的中率6割であることを考慮すると、点数は2倍以上に跳ね上がり、的中率が大幅に改善したということになる。


「え……や、やった! 5射連続で中るなんて初めてだ!」

「マジかよ……! あの《万年平均男》のマルクが8点圏内に中ったって……!? すげえええええっ!」

「マルクも凄いけど、先生の教え方も的確だったのでしょうね! ──言葉遣いは少しはしたないですが」


 マルクの活躍に、男女問わず拍手喝采を送っていた。

 中には彼を指導したエドガーを称える声まであったが、エドガーは特に気にすることはなかった。


「さっきよりは反動が改善しているな。次は他のクラスメイトの一挙手一投足を確認するといい。ヒントが得られるはずだ」

「ありがとうございます!」


 マルクは笑顔で頭を下げ、生徒たちの列へ戻っていく。

 嬉しそうな彼の後ろ姿を見て、エドガーは「教師っていいな」と感慨にふけっていた。


 その後彼はたくさんの教え子の射撃を見守り、指導していく。

 ほとんどの生徒は彼の教えを活かし、改善の兆しを見せていった。

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