第3話 決闘 《教師 vs 王女》

「みんな、遅れてごめん」


 授業開始のチャイムが鳴ってから数分後、エドガーはようやくグラウンドに辿り着いた。


 教え子たちの反応は様々だ。


 「ちょっとだけでも授業サボれてよかった」と喜ぶ者。

 「不真面目にも程がありますね」と呆れる者。


 そして──


「エドガー先生、この私と決闘しなさい!」


 一人の女生徒が大声で叫び、エドガーに挑戦してくる。


 彼女は先程、女子更衣室にてエドガーを叱りつけた銀髪の少女と、同一人物である。

 それと同時に、黒の下着を身に着けていたエロい子だ。


 女生徒たちは「がんばれー」と声援を送っている。

 一方の男子生徒たちは、挑戦者である女の子の勇姿に見惚れているようだった。


 ──断ったらどうなるか、分かっているわよね?──

 そう言わんばかりに、彼女は鋭い光を放つ赤眼で睨みつける。


 エドガーは「これから授業しないといけないのに……」と溜息をつきながら、その少女を睨み返す。


「──決闘の理由は?」

「あんたが私たちの先生に相応しいか試させてもらう。それが理由よ」

「そうか……だが、決闘を申し込むならばまずは自分の名を名乗れ。教え子たちのデータはすでに頭に入れてあるが、顔までは知らないんだ」

「──っ! うそ……でしょ……!?」


 エドガーの声を聞いた途端、先程まで強気だった銀髪の少女が狼狽え始める。

 他の生徒たちにも彼女の動揺が伝わっているのか、ひそひそと話をし始めた。


 「やばっ、殺気を出しすぎたか」と思ったエドガーは、少しだけ表情を緩める。


「いいわよ、教えてあげる……──私はルイーズ、この王国の第三王女よ!」

「──えっ?」


 この時エドガーは、自分の耳を疑った。


 彼は最近、この国に移住してきた外国出身者である。

 なので、王女の顔など知る由もなかったのだ。

 確かに教え子のリストには王女ルイーズの情報も載っていたが、まさかこの少女が王女だとは思っていなかったのだ。


 マズいマズいマズいマズいッ! やべえ、どうしよう!

 殺される! 絶対に殺される!


 エドガーの次の一手は、一瞬で決定した。


「申し訳ありませんでした!」

「ちょっ……え!?」


 エドガーは勢いよく土下座した。

 そしてチラチラと、王女ルイーズの顔を伺う。


 腰の高さほどまで伸ばしており、しっかり手入れされていると思われる美しい銀髪。

 背が高くスタイルがよくて、綺麗な印象を受ける。


 ──はずだが、今の彼女は怒りに表情を歪ませているため、エドガーにはむしろ「怖い」としか思えなかった。

 血のように真っ赤で、それでいてギラギラと輝いている瞳も、その恐怖心に拍車をかけている。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「謝罪はもういいわ! それよりも決闘の返事は!? 受けるの!? 受けないの!?」

「受けます!」


 エドガーは土下座をやめてすっくと立ち上がる。

 そして必死に呼吸を整え、教え子たちに問いかける。


「──誰か、審判役をお願いできるか?」

「立ち直るの早っ!」

「俺がやります! 俺、マルク・ランベールです。よろしくお願いします!」

「ああ、よろしく」


 このマルクという男子生徒は、ホームルーム中にエドガーの経歴を《設定》だと笑った生徒である。

 そして、「国のために働きたい」という熱い思いを表明してくれた生徒でもある。


 エドガーはそんな彼に、幾ばくかの期待をしていた。



◇ ◇ ◇



 ──準備は整った。


 グラウンドの中央には三人が屹立きつりつしている。

 決闘者であるエドガーとルイーズ、審判のマルクだ。


 彼らの結末を見守るように、教え子たちは静かに傍観している。


「王女殿下、もし御身おんみが勝利した場合、いかがなさるおつもりですか?」

「それは自分の胸に聞けばいいわ。っていうか、怒らないから敬語使うのやめて」


 覗き見と、「王女と知らず偉そうな口を利いてしまった」という不敬。

 恐らくエドガーはこの国、否、この世界にはいられなくなるかもしれない。


 その恐怖を何とかこらえつつ、彼はルイーズを見据える。


「先生は? もし先生が勝ったら私になにをして欲しい?」

「俺はただ挑まれただけだ。なにも望まない」

「殊勝な心がけね。分かったわ」


 ルイーズが腰を低くして構える一方、エドガーは棒立ちして敵を迎え撃つ準備に入る。

 彼は審判マルクに目配せし、試合開始を促した。


「一本先取。殺傷性の高い魔術、回復不能な障害を与える魔術、魔術障壁は禁止です──始め!」

「《雷よ、矢となりての者を貫け!》」


 決闘の幕は開けた。

 エドガーはあえて先手をルイーズに譲る。


 彼女の背後には10の魔法陣が生成され、それぞれが帯電している。

 その魔法陣から次々と雷の矢が現れ、エドガーに襲いかかる。


 1本目、2本目、3本目──

 エドガーは右横に跳び、それを難なくかわす。


 次なる4本目、5本目、6本目──

 エドガーの右側に飛来してくるそれを、今度は左に跳んで避ける。


 7本目はエドガーの左足元。

 8本目は右足元。


 魔術の規模・精度、そして使い方──どれをとっても一流だ。

 さすがは学年トップだと、エドガーはルイーズに心の中で賛辞を送る。


 エドガーの逃げ場を少しずつ減らしていくように、計算して放たれる雷。

 今の彼はルイーズによって動きを誘導されており、その状態で残り2本の矢をかわさなければならない。


 次の9本目と10本目が同時に、エドガーの右胸と左胸に向けて襲いかかってくる。

 今度は真横にかわさず上体を後ろに反らし、雷をやり過ごす。


 これでルイーズが放った魔術は、全てが無に帰す結果となった


「う、うそっ!」


 全ての攻撃が避けられると思っていなかったのか、ルイーズは狼狽えている。

 エドガーはその隙をついて一気に間合いを詰め、彼女の後ろに回り込む。


「チェックメイトだ。降参しろ」

「くっ……こ、降参するわ……」


 エドガーはルイーズの肩に軽く触れ、降伏勧告を行う。

 もしこれが戦場であれば、ルイーズの首から上は消滅していたことだろう。

 それを悟ったのかは分からないが、彼女はへなへなと膝を折った。


「し、勝者! エドガー先生!」

「な……なんですか先程の動きは!? ルイーズ様の魔術を全部かわすなんて、ありえません!」

「一瞬でルイーズの後ろを取るなんて、なんて脚が速えんだ!? 一体どうなってやがる!?」


 審判であるマルクを含め、教え子たちの反応は様々だ。

 だが共通して言えるのは、エドガーの実力を目の当たりにして戦慄しているということだ。


 エドガーはルイーズの正面に立ち、手を差し伸べる。


「立てるか?」

「ひ……ひとりで立てるわよ……変態……」


 ルイーズはエドガーの手を取ることなく、自力で立ち上がる。

 彼女の赤眼は涙で滲んでおり、悔しさがエドガーにも痛いほど伝わってくる。


「ど、どうせ私のこと……身の程知らずだってバカにしてるんでしょ……? 弱いって思って──」

「いい試合だった」

「……え?」


 エドガーは手を差し伸べたまま、ルイーズの双眸そうぼうを見据えて断言した。

 ルイーズはとても意外そうな表情をして、彼を見つめる。


「確かに、君よりも強い魔術師はたくさんいる。でも君はまだ学生だし、未来と可能性がある。それに、学生にしては本当に強かったって思ってる」

「ほんとに……?」

「ああ。今この瞬間、完璧じゃなくてもいい。卒業までに強くなって、また挑めばいい。もしその機会があれば相手になる」


 エドガーの言葉に、ルイーズは目を見張らせた。

 恐らく彼女の琴線に触れた言葉があったのだろう。


「完璧じゃなくても……いいの……? ほんとに……?」

「君が何を目指しているかは知らない。でも、人生はまだまだこれからなんだ。少しくらいのんびり構えていてもいいんじゃないか?」


 ルイーズは涙を拭い、エドガーの手を取った。

 表情は未だ歪んでいるものの、しかしつきものは落ちた様子である。


「よろしく……先生っ……!」

「こちらこそ」


 これにて決闘は、綺麗な形で幕を下ろした。

 他の教え子たちは一様に拍手喝采を送り、エドガーとルイーズを褒め称えていた。

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