第32話 豚一家

クリスマス前の事務所。

クリスマスのファンミーティングに向けて、歌やダンスの練習に力が入る。アンコール含めて、2時間の長丁場を乗り切らねばならないからね。

オリジナル曲が15曲。実は歌詞を覚えるのが大変である。今までの積み重ねが、俺にはないのだ。カンニングペーパー用意すればいいだろ?って思うけど、お客さんにばれたらかっこ悪い。じゃ、どうする?

「大丈夫よ。私に秘策あり。ステージの前部にモニターを設置して歌詞を表示するわ。もちろん客席側からは見えないから。結構やってる歌手はいる」

中西さんのアイデア最高じゃないか。じっとモニター見たらばれるから、チラリと見る位だな。

歌詞はそれで大丈夫だけど、ダンスは大丈夫かな?

「ダンスは適当にアドリブ入れて誤魔化す。お客さんも完璧に覚えてないでしょ。客席に"のってるか~い!”ってマイクを向けたりして誤魔化し方もあるわ」

すげー、さすが年長者。これはもう勝ったと同じ。

「あとはMCね。上原君は曲が15曲しかないから喋りで時間を稼がないといけない」

おいおい、俺のトーク力ってどうなの?何を話せばいいの?

「挨拶・感謝・意気込みを話せばいいんじゃないかしら」

他の人はどうなんですか?何を喋ってますか?

「うちの事務所に歌手はいないからわからないわ」

俺、ライブとか行ったことないし。レンタルビデオ屋でライブのDVD借りたほうがいいのでは?

「まぁ、若さと勢いで頑張りなさい。少しは私も考えるから」

うぅ、適当すぎる。


事務所に彩奈が帰ってきた。俺も彩奈も今日は仕事終了。

「彩奈、帰ろうか」

「ご飯食べてく?私行きたいお店がある」

「へぇ、いいよ行こうよ。どんなお店に行きたいの」

「豚一家」

え。

「それ何のお店?トンテキ?」

「ラーメン屋さん」

ほぅ、彩奈はラーメンが食べたいのか。しかし、店の名前からするとただのラーメン屋じゃないよね。

「私もモデルの先輩に聞いたの。体重計に喧嘩売ってるラーメンで美味しいって」

「それってボリュームが半端ないってことだよね?」

「わからないけど。先輩方は行った事ある人が何人かいる」

まぁ、1食位そんな料理食べても大丈夫だろうけど。彩奈とラーメン屋の組み合わせもギャップがあっていいな。

「いいよ、行ってみよう。店の名前にあるようにチャーシューが売りなのかな。場所はどこにあるの?」

彩奈から帰ってきた言葉は”しらない”。ですよね。

スマホで調べると2つほど隣の駅だった。それじゃ、行ってみましょうか。

電車にのって10分。俺たちは豚一家に着いた。

「人が並んでる。すごい」

「相当人気なんだな。俺たちも並ぼう。ラーメン屋ならそこまで待たないだろうし」

店の看板のラーメンの写真。なんかやばそう。だってチャーシューが、チャーシューじゃない。あれはチャーシューじゃなくて肉のブロックだ。

「これ一人で食べきれるか?俺は何とかなりそうだけどさ」

「大丈夫、麺・野菜少な目って言えばいいと教わった」

あぁ、なるほど。最初から量をセーブしたラーメンを頼めばいいのか。俺もそうしようかな」

ラーメン屋の行列には10人位並んでいる。会社帰りのサラリーマンが多い。

彩奈が小さな声で囁く。

「周りの人が私たちをチラチラみてるけど場違いな感じ?」

「可愛い女の子はあまりこないだろうからね。特に彩奈の美貌に目が釘付けなんじゃないか。あと、俺に対する怨念みたいな視線も感じる」

「でも先輩たちは結構食べに行くって言ってたよ」

「そりゃ女の子の来店は0じゃないだろうけど、めちゃくちゃ少ないと思うな」

そうなのかしらと、あまり気にしていないようだ。それより店内から漂う匂いに気持ちがいってる。

20分位だろうか。俺たちは2人掛けのテーブルに案内された。

チャーシューの量で小ブタ・中ブタ・大ブタ・豚皇帝の4種類。野菜や背脂、ニンニクの量を選べるみたい。

お店のお兄さんが注文を取りに来た。

「小ブタ2つ。どっちも野菜・ニンニク少な目で。どっちも味玉トッピングお願いします」

同じものを注文する。もし、物足りなかったら次回来た時に増やせばいい。

周りのお客さんが食べているラーメンを見ると量がすごい。すごいを通り過ぎておかしい」だってどんぶりから10センチ位の山になってるんだもん。しかも肉の塊がすごい。あれを一人で食べるのか。

「美味しそうだけど量がすごいね。これ豚皇帝ってどんなラーメンなのかな。千秋も挑戦してみれば?」

「絶対無理。きっと肉のタワーだよ。俊彦とか恵が大喜びしそう」

俺たちの前にラーメンがきた。

「なぁ、俺は小ブタで野菜少な目を頼んだよな」

「そうね、でも周りのテーブルみればわかるけど、これ小ブタであってると思うわ」

小ブタなのに普通のラーメン屋の大盛位あるんじゃないか?

どうこう言ってもしょうがないのでさっそく食べてみる。

「美味い」

「美味しい」

2人同時に言葉がでた。

俺はラーメンの種類に詳しくはないけど豚骨醤油ベース(書いてある)の背脂たっぷりスープに、極太のちぢれ麺、たっぷりもやしとキャベツ、味玉は半熟でよく味が染みてる。ラーメンにのっている豚の塊もジューシーだ。

彩奈も美味しかったのか、喋らないでどんどん食べてる。

いつも食べてるラーメンと随分違うが、こんなラーメンもたまにはいい。

「千秋、美味しいね。でも、量はすごいね。小ブタでも多い。千秋少し食べる?」

「確かにね。女の子にはきついよね。味もこってりだし。もし食べきれなければ、俺が食べるよ」

ギラン。一瞬周りの男性たちからの怨嗟を感じる。後ろの男からは”俺が食いたいよ、むしろ食わせろ”ってな呟きまで聞こえた。これ、俺たちに言ってるの。

なんかすごくアウェイな気がする。俺は何もしてないのに。ここで彩奈の手を握ったりしたら、みんな発狂するかも。自分たちも女の子誘ってくればいいのに。

自分の分を食べ終わり、彩奈が残した豚の塊を貰って完食。お腹パンパンになった。

帰り道でまた違ったラーメン屋に行きたいと言われた。次はもうちょっと量が少なくてもいいかな。

いつもより遠回りをして彩奈を送った。


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