第15話 好き……かもしれない

混雑している砂浜に空きスペースをみつけてシートを広げる。別荘に保管してあったパラソルと椅子も2脚ほど持ってきている。

敏彦と恵は水に入りたくてうずうずしている。

「恵、行ってきていいよ。ここの設置が終わったすぐ行くから。俊彦はついて行ってあげて。絶対に迷子になるから」

ガッテン!と叫んで、俊彦と恵は海に向かって走っていった。

大きめの石を使いパラソルを砂に立てる。下に椅子を置き、椅子の前にシートを広げる。うん、完成だ。

「じゃぁ、俺たちも行くか」

秋司にも声かけて海に向かう。秋司には、常に桂子さんのそばにいるように言った。はぐれたら大変だし、ナンパ除けも必要だろう。桂子さんも十分可愛いから。

「彩奈、浮き輪の準備はOK?日焼け止め塗った?」

「OK」

行こうか。横に並んでさりげなく手をつないだ。振り払われたらどうしよう、と思ったが大丈夫だった。

人ごみの中をすり抜けてく俺たちだが、もう他の人からの視線が熱い。彩奈はやっぱり目立っている。

そして所々で、

「あの女めっちゃよくない?」

「あれ、安西彩奈に似てない?ってか本人じゃない?」

「あのカップルなんかすごくない?」

「すげー、天使が降臨している」

などと聞こえてきた。

そんな彩奈と手をつないでいる俺はもの凄く幸せです。


海に入り恵たちを探す。沖のほうにいた。

「ちょっと沖のほうに恵たちがいるよ。俺たちも行こうか。彩奈は浮き輪に入って。俺が引っ張っていくから」

腰の深さまでは歩き、そこからは彩奈を引っ張って沖に出る。

「千秋、手を離したらだめだよ」

「大丈夫、ずっと離さない」

離れないし離したくない。

もう足がつかない。遊泳区域の奥まできたようだ。

女性陣はみんな浮き輪を持ってきており、俊彦はシャチを持っている。秋司は桂子さんの浮き輪につかまっている。

「千秋遅いよ~。待ちくたびれたよ」

「お前らが早すぎるだけだ」

「浮き輪持ってこなかったの?」

「泳げるし、そもそも浮き輪持ってない」

「あたしの浮き輪大きいから入りたくなったら言ってね。特別に入れてあげるからね」

浮き輪に2人入れるの?お前の大きなおっぱいがつぶれるぞ。


俺と彩奈は海ので漂っていた。

恵は砂の城を作ると言い出し、砂浜に移動して行った。

俺たちは残ってのんびりプカプカと漂っている。

「千秋疲れるでしょ。浮き輪入る?」

よし。

俺は一度潜って、彩奈の背中側から浮き輪の中に浮上した。やはり大人二人だときつい。だが、作戦通り。

左手で浮き輪をつかみ、右手は彩奈の腰を抱いた。後ろから抱きしめてる体制。

「少し休憩。やっぱり浮き輪は楽だね」

「うん」

「たまにはのんびりした時間を楽しむのもいいね」

「千秋はいつものんびりしてない?」

「そうかな。じゃ、彩奈とのんびりする時間を楽しむってのは?」

「私と?」

「うん、彩奈と楽しみたい」

「恵だともっと楽しいかもよ」

「恵じゃなくて彩奈がいい。彩奈じゃないとだめだ」

抱きしめる手に力を入れる。自分で言ってて恥ずかしい。

「そう」

顔が近い。このままキスしたい。したい。してもいいですか?

もう少し顔を寄せる。彩奈の耳は真っ赤だ。彩奈も照れてるの?恥ずかしいの?まさか怒ってる!?

あぶなっ。キスしちゃうところだった。我慢しろー、俺。

心頭滅却・泰然自若・従容不迫、沈まれ俺のハート。

はぁはぁ

「そろそろみんなの所に戻ろうか」

「もう少しぎゅっとしてて」

俺たちは無言で波に揺られていた。



~安西彩奈~

ちょっとちょっと。どうしたの私。

千秋に浮き輪の中で腰を抱かれて舞い上がってるの??

冷静沈着に行動よ。千秋はのんびりした時間を楽しみたいらしい。このままのんびりしていいのよ。

しかも、私とのんびりした時間を過ごしたいって。私に気があるのかな。

横をみればすぐそこに千秋の顔がある。とても近い。

振り向いた勢いでキスしちゃっても大丈夫かな。ぶつかっちゃったーって言えば不可抗力?

だめ、顔が熱い。多分耳真っ赤になってる。死ぬほど恥ずかしい。


え、みんなの所に戻る?

ダメっ、もう少しこのまま。もう少しギュっとしてて。

え?はっ?声に出てた?

千秋にギュってされてる。ずっとずっとこのままで。

たぶん私は千秋が好き……かもしれない。



海からあがって昼食を食べに海の家まできた。

たくさん並んでいる海の家。どこに入ろうか迷うね。多分食事メニューはどこも同じだと思うけど。

「では代表で桂子ちゃん、インスピレーションで決めてくださいね」

恵に突然言われた桂子さんは20秒ほど悩んである海の家を指さした。

「決め手の理由はなんでしょう?」

おい、インスピレーションが決め手じゃないのかよ。

「おんぼろの食堂は名店って法則を聞いたことあったので、一番古そうなところを選んでみました」

桂子さん、面白すぎだろ。

お洒落な海の家の前を通り過ぎて、一番地味で古そうな海の家に入った。店の見た目からか、他の海の家より空いてる。

席についてそれぞれが食べたいものを注文。俺は海鮮ラーメンを注文した。彩奈は?焼きそばね。

注文を取りに来た中学生位の女の子が、店の隅でこちらを見ながらもじもじしている。中学生はバイトできないから、あの子は家族で、家の手伝いかな。何か言いたそう。

あ、こっちきた。

「あの、安西彩奈さんですよね。私ファンなんですがサイン貰えませんか?」

おぅ、そういう事か。でも、彩奈は普段声をかけられても、プライベートの時は写真やサインを断ってる。マネージャーの西野さんが言ってた。どうするんだ。

今回も断るのかと思ったらOKしていた。

女の子は裏から彩奈のプロマイドを持ってきて、それにサインを貰っていた。本当にファンだったんだ。そんなの普通持ち歩かないもんな。

彩奈とその子が並んでいる写真を取って握手までしてた。俺が撮影スタッフだ。

しかし、いつもと全然違う対応。何かいい事でもあったのか?

「私も彩奈さんみたいな仕事をしたいと思っています。サインありがとうございます」

席に戻るとする俺は彩奈に呼ばれた。

「この人はうちの事務所の期待の新人なの。ほら千秋、あなたも一緒に写りましょう」

「はぁ、すごいです。モデルさんなんですね。どうりでかっこいいと思いました。一緒に写ってもいいですか?」

彩奈をみるとウインクしてる。はぁ、しょうがない。彩奈と俺でその子を挟んで何枚か写真を撮った。

「お店に飾っていいですか?」

彩奈は、プライベートに使うなら構わないと言う。

女の子は何回も何回も頭を下げて、店の奥に戻ってった。

「彩奈めずらしいな。西野さんから、彩奈はプライベートでサインや写真は断るって聞いてたぞ」

「今日は特別。気分いいし、家の手伝いを頑張ってる中学生に大サービスよ。うちの新人さんの宣伝も兼ねてね。海の家のモデルとか面白いんじゃないの?」

「それただの店員だろ」

俺たちは席に戻った。

恵たちは、彩奈に続いて俺も写真に写りだしたので、びっくりしたようだ。彩奈が新人と説明してる声は聞こえてないからね。だから勢いで撮ったと言っておく。

しばらくして、先ほどの女の子が食事を運んでくる。各々の前に注文した料理が並ぶ。

「これは写真のお礼です。皆さんで食べてください」

スイカが沢山盛られた皿を置いてくれた。

みんなでお礼を言うと女の子は嬉しそうに戻っていった。

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