誰もいない、彼以外
石田夏目
第1話悪魔の子
AM11時
起床。
あくびをひとつ。
俺の朝は遅い。
不眠不休で働いていたあの頃が懐かしいなと思いつつテレビをつける。
世間では不倫だの、不祥事だの
いつの時代も変わらずそんな暗いニュース
が流れている。
相変わらずテレビのコメンテーターは当たりさわりのないことをいい、
周りのやつもへぇ。とかそうですね。
などどわけもわかっていないのに
同意している。
全く嫌な世の中だ。
ピーンポーン
チャイムが鳴るということは…あぁ今日は
月曜日か。
「先生!おはようございます!」
「ん。どうも」
「ん。どうも。じゃないですよ!この間
掃除したばかりなのにまた汚したんですか」
「汚してはいない。自然とこうなるだけだ」
「いや、普通に暮らしてたら
こんなちらかりませんから」
あちこちに散らばったゴミを拾いつつ
まずは部屋の掃除からですねと腕捲りをし
髪を束ねている彼女は俺の担当編集者である
若林だ。
彼女は初めて担当になったのが俺らしく
やたらと張り切っていて正直うざい。
「そんなことをしても俺はもう
書かないぞ。いい加減諦めろ。」
しかしそんな俺の話もどこ吹く風で鼻歌まじりに掃除機をかけ始めた。
彼女も仕事とはいえご苦労なことだ。
「着替えてくる。」
寝室に戻りTシャツとジーンズをはくと
リビングに戻りトーストとコーヒーという
簡単な食事を済ませると新聞を広げた。
掃除を終えた彼女は許可もなく
俺の対面の椅子に腰かけた。
「先生…やっぱり
書く気にはなれませんか」
「あぁ。悪いがもう小説は書かない。」
「でも先生の小説を読者は…」
「仕事は終わったんだろう?
俺に構わず他の先生のところへ
行ってこい。」
そうして彼女を半ば強引に外にだしガチャリと玄関の鍵を閉めた。
ピーンポーン
ピーンポーン
ピーンポーン
(うるさい。近所迷惑だ。)
何度もチャイムがなるので仕方なく玄関の鍵を開けた。
「すみません先生。これ郵便受けに入ってて差出人がなかったのでどなたからのかは
分かりませんが…。」
はぁとため息をつき、頭をポリポリとかきながらご苦労様。と受けとると
再び玄関の鍵をがちゃりとかけた。
受け取った白い封筒には几帳面な字で久本様と書かれている
あぁ、この字は俺が間違うはずもないな。
そうして老眼鏡をかけ手紙の封をきると
やはり先生からだった。
突然の手紙で申し訳ない。
この手紙が届く頃きっと私はこの世に
いないだろう。
死ぬ前に恥を忍んで君に頼みたいことがある
実は私は妻以外に過去に愛した女性との間に子供がいる。
その女性は亡くなってしまい私が
引き取る予定だったのだか私もどうやらそう長くはないらしい。
そこで君に私の娘を引き取って育ててほしい。
金は施設に預けた通帳にいくらか入っている。
頼む。この通りだ。
奈良屋
俺は老眼鏡をとり眉間を指でつまんだ。
手紙の主である先生は
俺の師匠でありベストセラー作家だった。
処女作 春は映画化もされ
作家としての地位も確立されていた。
そして昔先生の家で書生として
間借りしながら小説を書いていた。
先生は堅物でかなり真面目だったため
正直先生が不倫をしていてしかも娘までいるなんて信じられないが二枚目の手紙には児童養護施設の住所が書いてあったため
どうやら嘘ではないらしい。
俺も先生には衣食住とかなり世話になったため先生の頼みとあれば無下にはできない。
無精髭を剃り何年も着ていないスーツに
身を包むとスマホで施設の場所を検索し
その場所へとむかった。
児童養護施設へ着くと
そこにはたくさんの子供たちがわいわいと
楽しそうに遊んでいた。
その様子を目を細めて眺めた。
どんな状況でも子供というのは無邪気でいい。
そして玄関のインターフォンを鳴らすと
中から六十代くらいの女性が出てきた。
「あら、どちら様?」
「はじめまして。矢野と申します。
あの奈良屋先生から何か聞かれてませんか?」
「奈良屋…あぁ!もしかして桜ちゃんの?」
桜。おそらく先生の娘の名前だろう。
確か処女作に出てくる女性の名前と同じだ。
そんなことを思いつつその女性は
俺を応接室へと招き入れた。
「それで奈良屋先生からなんと?」
「いえ、詳しいことはなにも。
ただ、あなたが訪ねてきたら桜ちゃんに会わせてそしてこれを渡してほしいと。」
そうして差し出されたのは手紙にもあった通帳だった。
俺は失くさないようにそれを鞄にしまいこみ
出された茶を一口飲んで気持ちを落ち着かせた。
「あの、その子に会わせていただくことは
できますか?」
「―えぇ、もちろん。」
女性の後についていき小部屋に入ると
そこには一人で積み木遊びをしている少女がいた。
その少女は私に気がつくとふいと
視線をそらし再び積み木遊びをはじめた。
「ほら、桜ちゃん。こちら矢野さんよ。」
「矢野さん?」
「こんにちは。はじめまして。」
「今日からあなたは矢野さんの家で過ごすのよ。」
「私が?私は悪魔の子なのに?」
―それが俺と桜とのはじめての
出会いだった。
誰もいない、彼以外 石田夏目 @beerbeer
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