第746話 鬼人族

「カツさんが鬼だったなんて……はっ、そういえば前にコネコとミナがカツさんの事を鬼だと言っていたけど、二人はカツさんの正体を知ってたんですね」

「いや、それ意味が違うだろ!!あのガキ共め、俺の事をそんな風に思っていたのか……ああ、痒い痒い!!」

「カツ、まずは水浴びして樹液を落とせ。そのままだと変な病気になりかねないぞ」

「あちらの方に川が流れています。そこで身体を洗い流しなさい」



甲冑と全身に樹液を浴びたカツは気持ち悪そうな表情を浮かべ、仕方なく近くに流れている川へと向かうと、カツは身体と甲冑を洗い始める。その様子を見てレナは本当に彼が人間ではない事を改めて思う。



「そういえば、カツさんはどうしてずっと甲冑を身に付けてるんですか?ずっと身に付けていたら疲れると思いますけど……」

「別に俺だって好きで着てるわけじゃねえよ。だけど、俺はこんな外見だからな……初めて見る奴を怯えさせちまうだろ?」

「え?別に怖くないじゃないですか。ちょっと肌の色が赤くて角が生えてるだけなのに……」

「ははっ、ありがとよ」

「レナ君、カツは正体を晒すわけにはいかないんだ。イルミナ、説明してくれ」

「そうですね……」



レナの言葉を聞いてカツは笑みを浮かべ、自分の姿を見ても全く物怖じしないレナに彼は嬉しがる。しかし、話を聞いていたルイはイルミナへと振り返り、カツが正体を隠す理由を彼女の口から説明させた。



「レナ、いいですか?カツが鬼人族である事は絶対に内緒にしてください。彼の正体を知っているのは金色の隼の中でも数名しかいません」

「え?あ、はい……でも、どうして正体を隠しているんですか?」

「それが鬼人族がこの国では恐れられているからさ」



ルイの言葉にレナは疑問を抱き、そもそも鬼人族の存在を知ったのはレナは今日が初めてだった。だが、二人の話によると普通の人間の間では鬼人族は恐れられ、その名前を口にするのも恐れられる存在だという。





――遥か昔、世界中が「魔王軍」と呼ばれる存在に脅かされた時代、鬼人族は魔王軍の勢力として取り込まれ、その凶悪な力で多くの国々を震え上がらせた。鬼人族は巨人族にも勝る腕力、それでいながら人間離れした生命力を誇り、魔王軍の中でも一大勢力として恐れられていた。


しかし、そんな鬼人族も異界から召喚された「勇者」によって敗れ、魔王軍ごと壊滅されてしまった。魔王軍が壊滅した後、鬼人族の存在を恐れた世界中の国々は彼等を決して許さず、一時期は魔物と同じ存在に扱っていたという。


勇者や魔王という存在がいなくなってから数百年の月日が経過しても未だに鬼人族は恐れられ、国の中には未だに彼等の事を滅ぶべき存在として敵視している。ヒトノ国の場合でも彼等は魔人族として扱われているが、それでも鬼人族を恐れる者は多い。



「カツが正体を隠しているのは鬼人族を恐れる存在から身を守るためです。仮にカツの正体が知られれば黄金級冒険者の資格を剥奪され、国から追放される危険性もあります」

「でも、カツさんは何も悪い事はしてないのに……してませんよね?」

「してねえよ!!いや、喧嘩でよくあばれたりはするけどよ……それでも人様に迷惑をかけるような事はしてねえぞ!!」

「ほう、君と初めて会ったときは酒場で酔っ払って危うく店の客を半殺しにして憲兵に連れていかれそうになるのを僕とイルミナが助けてやった事を忘れたのかい?」

「……そんな昔の事は覚えてねえよ」



ルイの言葉にあからさまにカツは視線を外すが、先祖が悪い事をしていたからといって子孫であるカツに何の罪があるのかとレナは思うが、それほどまでに魔王軍に所属していた頃の鬼人族は世界中から恐れられた存在だったらしい。



「一応は帝国では魔人族は知能が高い種であれば人権は認められている。現に遊郭区のサキュバスや吸血鬼達は普通に働いているだろう?だが、鬼人族の場合は人権は認められていないんだ」

「そんな……」

「まあ、それは仕方ねえよ。俺の御先祖様はとんでもない悪事を引き起こしたからな。下手をしたら世界が滅びかねないほどの大罪を引き起こしたんだ、子孫の俺にとってはいい迷惑だけどよ」

「カツが常に正体を隠しているのは鬼人族だと知られればこの国の居場所を失うからです……今の金色の隼でも彼を守る事は出来ない。それほどまでに鬼人族とヒトノ国の間には大きな溝があるんです」



話を聞き終えたレナは何とも言えない気持ちを抱き、普段のカツは本当に気の良い冒険者先輩であるため、そんな彼がそこまで重い過去を背負っていた事を知って驚く。最もカツ本人は別に自分の正体を隠しながら生き続ける事は苦に思っておらず、改めて甲冑と身体を洗い終えると、再び身に付けていつも通りのカツへと戻る。

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